188 一方通行
水龍と風龍を無事に解放した後、双龍が弓と壺を残して消えていたことに気がつき、それらを回収してから来た道を引き返すのだった。
歩きながら、双龍が消える直前に告げてきた【ラフィルーナ】と呼ばれた正体が何なのか、心の中にモヤっとしたものが残ってしまった感覚が、双龍を解放した喜びを半減させていた。
そしてそのモヤっとした気持ちは、風の精霊にぶつけることでスッキリさせる、そう自分の中で納得させようと考えると、少しだけ足が軽くなった気がした。
しかし階段を上り封印門を出たところで、俺は思ってもいない事態に見舞われることになった。
「何で魔導エレベーターがないんだ?」
風の精霊とリディアの姿は何処にもなく、落ち着いて考えてみれば、双龍との修行で数日が経っているので、食料も持っていない二人がここに留まれる訳がなかったのだ。
俺は帰還するにあたり、魔導エレベーターがあった場所を入念に調べてみるが、魔導エレベーターが落下してくるような仕掛けはなく、どうやら下から上に行くようには出来ていないようだった。
「……なんて欠陥品なんだ。それとも此処に誰かが侵入した時に、外へ逃がさないためのシステムなのか?」
俺は上を見つめながら、普通の人間では辿り着くことが出来ない高さの魔導エレベーターに、早速風龍の力を使うか迷っていた。
「あそこに辿り着く前に落ちたら、下手すれば即死もありえる。例え行けたとしても、魔導エレベーターの下に張りつくだけで、操作出来る訳じゃないし……」
こんなことならリディアに魔通玉を持たせるか、オルフォードさんと魔通玉の力交換をしておくなりしておくべきだったと後悔した。
さらに念話のスキルがあることを思い出したのだが、これについてはスキルレベルが低いと、十数メートルの範囲でしか使用出来ないという制限があったので、仮に今回SPでスキルを取得したとしても意味がないのだった。
「どうする?」
頭の中を空っぽにして、一から情報を整理していく。
今までの迷宮であれば、土龍のいた洞窟も含めて、帰還の魔法陣が現れていた。
しかし今回は、迷宮になっていなかったからなのか、魔法陣が現れることがなかった。
仮に帰還の魔法陣をわざと消したのなら、この場所が外部に漏れる可能性を……!!
「そういえば邪神の魔石もなかったし、双龍があの場所にいるときに邪神と戦っていたのなら、秘匿にしたかった技術は浮遊する魔石や魔法陣じゃないのか?」
口に出しながら考えると、イメージがどんどん膨らんでいく。
「こういう場合を想定して、必ず緊急の脱出口はある筈だ」
そろそろナディアが戻ってくれば、ここに待機していてもらって、もしかしたら迎えに来るかもしれないリディアや風の精霊と行き違いにならないようにしたかったのだが……。
いつまでも、ないものねだりをしていては状況も変わらないので、再び封印の扉を潜ろうとした時だった。
封印の扉の裏側から、微かに光りが漏れていることに気がつき、まずはそちらへと向かってみることにした。
すると小さな巨大な封印の扉とは違い、高さ一メートル程の小さな扉から光が漏れていたのだった。
俺はその扉に近づいていくと、人の声らしきものが聞えていたのだが、あまりに小さく弱い声だったので、聞き取ることが出来なかった。
「誰かいるのか? 開くぞ? うぉ!?」
念のため声を掛けてから小さな扉を開くと、大量の金貨が中から雪崩れ落ちてきた。
しかし雪崩落ちてきたのは金貨だけではなかった。
武具に魔道具、家具などが扉から押し出されようとしていたのだった。
「……何故こんなにも大量なものがあったかは置いておこう」
人命が掛かっている可能性があるので、急いで魔法袋に片っ端からいれていく。
回収していくと中の様子が分かるようになってきて、そこでリディアと風の精霊の姿を見つけた。
「大丈夫か?」
しかし反応は乏しく、長い時間をこうして圧迫された可能性があった。
俺は直ぐにエクストラヒールを発動すると、二人の身体が光り出し、呼吸もしているようだったので、そこでようやく安心することが出来た。
「気絶しているから、意識は戻らないか。……それにしてもここは一体?」
部屋の中を見渡すと本棚がいくつも浮遊しており、まるで御伽噺に出てきそうな魔導書庫がそこにはあった。
「って、此処が本当の魔導書庫何じゃないだろうな?」
「そうじゃ」
二人の意識が回復するまで、見回ろうかと思った時、何故か俺の呟きに反応する声があった。
振り返れば、オルフォードさんが起き上がっていた。
「無事だったんですね」
「オルフォードの肉体は死に掛けておったが、何とか御主の魔法で一命どころか、患っていた腹の病まで治ったようだぞ」
「回復魔法で病気は治せませんよ。それより、此処が本当の魔導書庫なんですか?」
「うむ。此処に入れるのは精霊の加護を持ち、本来は儂に認められた心に歪みがないものなのだが……よもや風龍が保持していたものが現れて、降ってくるなど思いもしなかったぞ」
「水龍と風龍を邪神の呪いから解き放ったからな」
「なっ!? 邪神だと……信じられん」
本当に驚いているようなリアクションを取る風の精霊だったが、それでもこの精霊に対して何故という思いが強く残っている。
このネルダールを支えてきたのは双龍とこの風の精霊だったのに、何故双龍の異変に気がつかなかったのか、理解に苦しむ。
数十年会っていなかったのが本当なら、彼等の溝が何故出来たのか、是非とも聞きたいと思っていたのだ。
「……本当に知らないのか、呆けているのかは、この際どうでもいい。ネルダールに邪神が入り込んでいたことに、風の精霊の貴方が何故、気がついていなかったんだ!」
こんなことを言っても意味がないのは分かっているが、どうしてもこれだけはちゃんと聞いておきたかったのだ。
「……風龍も水龍も龍の癖に優し過ぎるやつ等だったんじゃ。このネルダールが出来てからもレインを含めた四人で酒を飲んだものじゃ」
「四人? しかも酒を飲んだ?」
「左様。龍も精霊も魔力を用いて、人化することが出来るのじゃ。まぁ莫大な魔力が必要だから普通はすることはないが、当時はレインが魔力を負担して譲渡してくれたおかげで、時間制限はあったが人になったこともあるのだ」
……精霊の場合は顕現させるようなものだから、出来るかもしれないが、龍までしかもその話が本当なら、一精霊、二龍を人化させていたことになる。
魔王を知らないうちに倒した後の話だろうから、ありえない話ではなさそうだが、それならばレインスター卿を英霊召喚出来ないのだろうか?
そうすれば俺はのんびりと暮らせる気がするんだけどなぁ。
数年後に、またロックフォードでレインスター卿と邂逅する機会があれば、それについても聞いてみることにしようと思うのだった。
それよりも話を本題に戻すか。
「……本当は何かあると思っていたけど、遠ざけられていたのか?」
「……一度このネルダールが風龍と水龍がケンカをして落ちそうになった時に、色々とやり合ったのじゃ。それからは顔を見せようとしても、会ってくれなかったのだ」
今にも泣きそうになる老人の姿をした風の精霊を、これ以上責めることはさすがに出来なかった。
いつも通りの雰囲気にならないので、困りながら目を逸らすと、入ってきた筈の小さな扉が、跡形間もなく、なくなっていた。
「……小さな扉がなくなってる?」
「あちらからこちらへ来ることしか出来ない一方通行になっておるが、儂の許可がない者には見えなくなっている」
凄い仕掛けなんだっと思いながら、少し自慢気に語ったので、話題を変えることにした。
「……風龍と水龍が消えていく前に、世界に本当の危機が訪れてしまったら、ラフィルーナの封印を外せって言葉を残して消えていったんだけど、ラフィルーナって何だ? 人か龍か精霊か? それとも聖剣だったりするのか?」
「ふむ、それは教皇をしているフルーナに聞くが良い。儂もラフィルーナ様の真意が分からない以上、何かを語ることは出来ない」
どうやら人か龍か精霊のどれかなのだろう。
これ以上聞いても無駄そうなので、中々起きないリディアを隠者の棺に収容して、一度部屋に戻ることにするのだった。
お読みいただきありがとう御座います。