187 双龍の残すもの
全身を凍らされ、物理的に足が地に突かない状況を体験しながら、双龍の扱きに耐えていたら、あっという間に一週間が経過しようとしていた。
その間に自身が成長出来たと感じることはなかったが、扱きの難易度は着実に上がってきた。
それでも諦めずに努力することで、氷漬けにされるまで防御し続けるということはなくなり、空中に飛ばされても、空気の壁を受けることは少なくなった。
ちなみにエリアバリアを発動させないで、ハイヒールとエクストラヒールを多用するようになったことが、唯一変わった点ではある。
ハイヒールで失われてしまった細胞まで復活していく……そんな聖属性魔法に改めて感謝しながら、双龍の試練という扱きに耐えていた。
《賢者よ、何とか動けるようになったな》
《ここに来たときとは別人のように成長しているぞ》
「毎回氷漬けになったり、空中で弾かれたりするのが、嫌だったからな」
そう口では言いながらも、双龍に褒められることがなかったので、普通に嬉しかった。
《ルシエル、水は氷にも蒸気にもなる。その可能性もまた無限なり》
《ルシエルよ、風は無形ではあるが、無ではない。翼にもなれば、障壁としても使用が出来る》
「……急にどうしたんだ?」
急に名前を呼ばれて驚くが、今までのことがあるから、警戒を強めたところで、予期せぬことが頭の中で響く。
ピロン【称号 水龍の加護を獲得しました。】
ピロン【称号 風龍の加護を獲得しました。】
「……どういうことだ?」
まだ何も成し得ていないのにも関わらず、加護が与えられたことに困惑する。
遊ばれるだけでなく、ちゃんと一撃を加えたら加護がもらえると思っていたので、拍子抜けしてしまう。
《ルシエルよ、御主の諦めない気持ちと退かない勇気は見せてもらった》
《ルシエルよ、御主だったらいつの日か、我等の力も十全に扱える日が来るであろう》
双龍は宙に浮くのを止めて、地へ降り立った。
そして困惑している俺を見つめて、加護を何故くれたのかを説明し出した。
《我等に残された時間は、あまりにも短い》
《ならば本物の龍である我等の力を見てもらうのが早かろう?》
「何を言っているのか、分からないんだが……」
双龍は今にも消えていくような話をするが、それについて理解が出来る筈もなく、続く言葉を促がす。
双龍は互いの顔を見合わせてから、淡々と語りだす。
《我等にも邪神の呪いが掛けられているのだ》
《この強固な結界で守られているネルダールに、どうやって進入してきたのかは、未だに分からないままだ》
《幸いと言うべきか、我等が共にいた時に邪神が現れたので、返り討ちにしてやったのだが、その際にネルダールを空中に制御させる魔法陣が壊されてしまってな》
《我等がずっと修復を試みていたのだ》
風の精霊は一体何をしていたんだ? いつの間にか侵入されているなんて……本当に何しているんだよ。
やり場のない怒りが湧き起こってくる。
「……人為的なことは考えられないのか?」
《あれは邪気を放ってはいるが、それでも神なのだ。人為的であろうと操られているなら、仕方あるまい》
《幸いにして魔法陣は修復出来たから、ネルダールも落ちずに済んだ》
「その内容であれば、呪いはいつ掛けられたんですか?」
《魔法陣を修復すると、呪いが発動するようになっていたのだ》
《我等も気がつくことは出来ない程、巧妙に仕掛けられていたのだ》
双竜のテンションが少し下がった気がしたが、俺はこの世界に邪神だけが干渉することに腹を立てていた。
しかも世界の根幹に関わる転生龍を封印されているなど、管理者としての失態をどう考えているのか、聞きたいところだった。
しかし目の前にいる双龍が呪いに掛かっているなんて、本当に考えられない。
意識はしっかりしているし、良く動き会話も意思の疎通が取れていないのは、常識面だけだったし、何より苦しがる素振りも、一切見せていなかったからだ。
もしかして症状が軽いなら、治せるのでは? そう感じた俺は二人に解呪の提案をすることにした。
「水龍に風龍よ、今の俺なら邪神の呪いぐらい、きっと解呪出来る筈だから、試してみないか?」
《我等の呪いは既に解呪が不可能な状態だ》
《我等が互いに呪いの痛みを消せる方法を使用しているから、正気なだけで正直身体がうまく動かせないのだ》
「!? だから最初の戦闘以外、戦闘をすることがなかったのか?」
しかし双龍はそれについて語ることはなく、行動で示すことにしたらしく、再び宙へと浮かんだ。
《巫女もそろそろ戻る頃合だ》
《よって最後の試練を与える》
《《我等を浄化せよ》》
双龍は試練として、浄化を求めてきた。
《ここで学んだ全てのことを活かし、我等を屈服させてみよ》
《我等双龍を邪神の呪いから解き放ち、我等の力を引き継ぐのだ》
最後までその身を挺して試練を与えてくれるらしい。
感動したいところだが、試練として戦闘を要求されるのは、本当に辛い。
しかしレインスター卿が言っていた、基本四属性龍を解放すれば、勇者が魔王に負けることがないのなら、これで世界を守れるということになる。
隠居する前の大一番だと考えれば、魔族や魔王、邪神と戦わなくてもいいってことになるだろう。
俺は葛藤の末、答えを出した。
「……分かった。だが賢者になって魔法力が変わっているから、浄化したら骨の一本も残せないかもしれないぞ?」
《《がっはっは》》
《我等との戦闘の前に何と言う豪気なことよ》
《残すものなら、きちんと御主に託してあるではないか》
《足りないというのであれば、我等の力の全てをその身に刻め》
《そしてこの最後の試練を乗り越えてみせよ》
《《いくぞ》》
双龍の試練が二人を救うことだったら、良かったのに。
しかしそれを以上の考える暇を双龍は与えてくれることはなかった。
いきなりのブレスに、俺の死角である後方や上空から魔力の揺らぎを感じた。
「聖龍よこの身を守れ、雷龍よ全てを置き去りせよ」
俺は頭で反応するよりも早く、無意識だったが反射的に聖龍と雷龍を呼び出していた。
聖龍が身体に宿り、雷龍が足に巻きつくと、次の瞬間視界がブレ、景色が高速で流れる。
攻撃を回避したことを確信した俺は、聖域円環を無詠唱で発動した。
魔法陣詠唱では流石に魔法陣を紡いでいる時間を稼ぐことは出来ないと思ったのだ。
無詠唱で生じた聖域円環が、双龍の身体にグルグルと回り出したのだが、一瞬聖龍が見えた気がした。
一瞬の勝負だった。
最初に立っていた場所を見れば、地面は何かに抉り取られたような穴を開けていて、更にそこには氷の槍が数多に振り注いでいたと思われる残骸があった。
一瞬でも回避が遅れれば、普通に死んでいてもおかしくない攻撃の雨に晒されていたことだろう。
周囲の魔力を気にしていなかったら、どうなっていたのか分からないと思うとゾッとする。
《我等の死角からの攻撃を雷龍の力を使って避けるとは、見事だ》
《これはまさしく聖龍の慈愛の光だ》
聖域円環の青白い光を浴び、双龍は満足そうに笑っているように見えた。
「水龍、風龍……貴方方が本気なら、俺は一瞬でこの命を散らしていましたよ」
《それはそうだ》
《だが、それでも御主は見事に我等の最終試練を乗り越えたのだ》
《誇るが良い》
双竜の言葉はいつになく暖かかった。
《《またいつか会う日がくるだろう》》
《その時までに、我等の力を十全に使えるようになっていることを願う》
《我等の力を正しく使ってくれることを祈っている》
すると水色の光と緑色の光が幻想剣と首飾りに吸い込まれていった。
《賢者ルシエルよ、魔族の侵攻を止め、勇者が現れるまでこの世界を頼んだぞ》
《賢者ルシエルよ、世界を瘴気が支配する前に守ってくれ》
話が大きくなり過ぎているので、了承しかねるが、きっと双龍も全てを守れるとは思っていないだろう。
「……出来る範囲でしか動かないぞ」
だから俺はいつも通り、自分の守れる範囲を強調して、答えるのだった。
《賢者ルシエルよ、世界に本当の危機が訪れたら、ラフィルーナの封印を外せ》
《きっと賢者となった御主になら、応えてくれる筈だ》
「ラフィルーナ? 一体誰なんだ?」
《《老衰目指して頑張るのだぞ。がっはっは》》》
双龍は俺の問いかけには答えずに、その身は薄くなり消えていくのだった。
「何で龍族は言いたいことだけ言って、こちらが確認したい大事なことを話さないで、消えていくんだよ!!」
もう叫ばずにいることが出来なかった。
双龍が消えた後には弓と壺が残されていていたのだが、これに気がついたのは、暫らく経ってからのことだった。
こうして水龍と風龍を封印から解き放った俺はナディアの帰還を待たずに、封印の間を後にするのだった。
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