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世界で唯一の男魔術師 作者:赤野戸

第二章

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第八話 用務員じゃない俺と彼女の素顔



 夜。魔術機関ビルのオフィスで、恒例の食事会が開かれていた。


 今日のメニューはすき焼きだ。


「あっはっはっは!」


 氷科さんは俺の話に腹を抱えて笑いながら、箸で牛肉とレタスを口に放り込む。


「モグモグ、そりゃー逃げて大正解ってやつだぜ。あそこの部は昔っから集団で攻めてくるからな。伝統だろありゃ」


「東魔高の話なんて、懐かしいわねえ。あんまり椎名は自分の事話さないから、東くんの話は新鮮だわ。それにしても、もう四月の実地試験なのね。"周期の日"なんてあっという間に来るわね」


 何やらしみじみと呟く真中さんが、少し耳慣れない言葉を言った。


「周期の日、ですか?」


「ああ、言ってなかったかしら。四月八日は一年に一度、次元のひずみが大量発生すると決まっている日よ」


「ええっ、そんな日があるんですか!? 大変じゃないですか」


 慌てて立ち上がる俺に、しかし氷科さんたちは落ち着いた様子だ。


「大丈夫だぜアズマ。周期の日ってのはカチッとスケジュールが決まっててよ。そう怖い日ってわけでもねえんだよ」


「スケジュール?」


 俺が首をかしげると、真中さんが頷いて手を広げた。


「そう。毎年この日だけはひずみの発生する時間と場所が正確に予測できるの。その理由はまだ解明されてないけど、とにかく予定外の事はほとんど起きないのよね。だから、本部の指令通りに動けば被害を出す事なく対処できるのよ」


「そうなんですか。よかった……」


 ほっと息をつく俺に、真中さんは神妙な顔で続ける。


「ただやっぱり大量発生だから、魔術機関だけじゃ対処しきれなくてね。毎年魔術学校の生徒たちにも軽いひずみの対応を手伝ってもらうんだけど、それが学校側の実地試験になってるのよ」


「あ、なるほど」


 それが来週の試験ってわけか。新年度早々変な時期にやるなと思ったが、そういう事情があるなら仕方ないな。


「ふふ、あの頃は私たちも頑張ったわねー。バリアン一体倒すのにも必死になったものよ」


 真中さんは顎に手を当て、過去を思い出しているのだろうか。


「あの、ちょっと話題変わるんですけど。魔力暴走って知ってますか?」


 俺の問いかけに、正面に座る真中さんが少し考えるように宙を見上げる。


「魔力暴走っていうと、そうね。一般的には魔力の多い人が、自分の魔力を制御できなくなった時に起きる暴走現象だと言われてるけど。それがどうかしたの?」


「いえ、そういう人がいるらしくて。俺、こっちの魔術用語とか全然知らないからちょっとは勉強しておこうと思って」


「あら、さすがは東くん。向学心が高いわね。氷科とは大違いよ」


「うるせえな、いちいちアタシに振ってくんなよ」


 眉を寄せる氷科さんに、真中さんはクスクスと笑う。


「ふふ、つい癖よ癖。でもそうね。詳しく知りたいなら、本を読んだらいいと思うわ。えーと、うちにあったかしら」


 真中さんは立ち上がり、本棚を眺めて一冊の本を取り出す。そして、俺の前の机に置いてくれた。


 書籍のタイトルには、"魔術と人体"と書かれている。


「うちにはこれくらいしかないけど、本格的に調べるなら東魔高の図書館が良いと思うわ。専門書もいっぱいあるだろうし」


「ありがとうございます。これ、借りてもいいですか」


「ええ。好きなだけ読んでいいわよ。ふふ、東くん。やりたい事が出来たみたいね」


 真中さんは何やら心の中を見透かしたような目で俺を見つめてくる。


「はあ。まあ、そんな大層なものではないですけど……」


 少し、新しくできた友達について少し知りたいと思っただけだ。


「せっかくなんだから、頑張ってみなさい。出来るサポートは私たちがしてあげるから」


「はい。ありがとうございます」


 真中さんと氷科さんの頼もしい言葉に、俺は甘えて頷く事にした。




 洗い物を済ませた後、俺はオフィスの机に腰かけて真中さんに借りた本を読み始めた。


 すると、隣の机に座った椎名さんがこちらをのぞき込んで来る。


「東さん、やっぱり小森さんの事ですか?」


「ああ、うん。せっかく将棋友達になったからさ。それに俺、こういう事何も知らないから勉強しておこうと思って」


「そうですか。私、小森さんには一年間プリントを持って行ってましたけど、ほとんど喋れなかったんです。やっぱり、私の接し方が良くなかったんでしょうか」


 顔を落とす椎名さんに、俺は励ますように声をかける。


「それはしょうがないよ。相性もあると思うし。俺はたまたま趣味が同じだったんだ。それに、用務員さんなら気を許せるのかも」


「用務員さん、ですか?」


「そう。あの子、男が魔術学校に入ったなんて信じられないから用務員か何かだろうって言ってさ。ドア越しに将棋やってる間もずっと『用務員さん、次の手はまだですか、遅いですよー』ってさ」


「ぷ、ふふふふっ。小森さんって面白い子ですね」


「だろ?」


 椎名さんと笑い合いながら、零区の夜は更けていった。





 翌朝。


 俺は授業には出ず、学校の図書館で本を読んでいた。


 そして昼過ぎに、敷地内の西側にある女子寮へと向かった。


 寮の三階にある七号室の前に立ち、二回ノックをする。


 ガチャン。


 何かが開いた音がしたが、別にドアは開いたわけではない。


 見下ろせば、なぜかドアの下にある取っ手から、料理の皿が乗ったトレイが出て来ていた。


 そして、小森さんの少し怒ったような声が壁の向こうから響いてくる。


「今日のハンバーグにピーマンが入っていました。隠してもちゃんとわかります。ピーマンは入れないで下さいって言ったじゃないですか」


 どうやら俺を給仕当番と間違えて、昼食の文句を言っているらしい。


「へえ。小森さん、ピーマン苦手なのか?」


 悪戯心で問いかけてやると、ドタドタと慌ただしい音がした。


「えっ、そ、その声はっ、もしかして用務員さんっ?」


「あはは、そうそうそう。プリント係の用務員だよ。でもちゃんと野菜は好き嫌いせずに食べた方が良いぞ」


「ピーマンは特別にダメなのです。私の嫌いな食べ物ランキングの三位には入るのです」


「そ、そうなんだ」


 二位と一位は何なんだろう。いや、聞かないでおこう。


「ううっ、また嫌な秘密を知られてしまいました……。というか、何をしに来たんですか。昨日の今日で渡すプリントなんてあるんですか?」


「いや、暇だから将棋やろうかと思ってさ。別にプリントが無くても、指しに来て良いだろ?」


「む……。まあ、いいでしょう。では、今日はあなたが先手です」


「へえ。優しいな。じゃあ最初は、7六歩で行こうかな」


「むむ。では、8四歩です」


 それからしばらくの間、俺たちはドア越しに頭の中で盤面を進めて行った。


 昨日とは違って早々に乱戦となり、俺の守備は完全に崩れてしまった。


 そこに、小森さんが容赦なく駒を詰めてくる。


「3五桂」


「く……。3六玉」


「4七銀ですっ!」


 彼女の宣言で、俺の玉が完全に行き場をなくす。


「……、参りました」


 俺が頭を下げて投了すると、彼女は得意げに笑い出す。


「ふふふ、今回はわたしの勝ちですねっ。作戦を考えていた甲斐がありました。これで一勝一敗ですよ」


「ああ、良い勝負みたいだな」


 互いに緊張が解け、勝負の後の会話をしていると、五時限目の終わりを告げるベルがなった。


「お、授業も終わったみたいだな」


「……、帰るんですか?」


「そうだな。夕食の用意もあるし、今日は帰ろうかな。俺、料理当番やってるんだよ」


「……。そうですか……。あの。少し、風の噂で聞いたのですが……」


 ボソリと声をかけてくる小森さんに、俺は首をかしげる。


「なんだ?」


「この寮に住む魔女たちが言うには、この学校に男子が転校してきたらしいのです……。でも、ここは魔術学校で、男子は魔術を使えません。その、とてもおかしな話です」


 ドアの奥から、小森さんはたどたどしく語り出す。 


「本当に男子の転校生が来たなら、魔法少年が出てきた事になります。まるで漫画に出てくるスターですよ」


「うん、すごく珍しい事らしいね」


 俺が相槌を打つと、彼女は訝し気な調子で問いかけてくる。


「……、何か、他人事みたいな返事ですね。用務員さんは昨日、転校してきたって言ってたじゃないですか。ほ、本当なんですか? あなたは、魔法を使えるのですか?」


 問い詰めるような質問に、どう返すべきだろうか。


 少し彼女と問答してみたくなった俺は、試すような言葉を選んだ。


「さあ、どうだろう。小森さんはどう思う?」


「わたしは……、悪いですが、魔法少年なんて信じられないです。現実の世界は、そんなに夢のような素敵な事は起きないのです」


「……。どうしてそう思うんだ」


 俺の問いかけに、少し間をおいて小森さんはゆっくりと話し出した。


「子供のころから本やお話で、魔術師はヒーローだって教わっていました。魔術を使えるようになれば、悪魔から人を救えるって、信じてました。


でも、私にはできませんでした。逆に大切なお姉さまを危険にさらして、大怪我させてしまったのです」


「……」


「だから、私は部屋の中でお仕事をしようと思いました。部屋で遊んでいたら気がまぎれるし、部屋の中は平和なのです。外の世界で、素敵なことは起きないのです」


 自分に言い聞かせるように宣言する少女の声は、どことなく寂しげだ。


「そっか。まあ向き不向きはあるし、無理して悪魔退治をする必要はないよな」


「そうなのです。でも来週は実習試験ですから、何とかこなして単位を取らなきゃいけないのです。ここを卒業しないと、水晶魔術師としてやっていけませんから。ああ、今から憂鬱です……」


「あはは。じゃあ、その時は俺も協力しようか」


 俺の申し出に、彼女は機敏に反応する。


「む、その言いぶり。やはり同級生みたいじゃないですか」


「さあ、どうだろう」


 俺ははぐらかすように言って立ち上がる。


 小森さんは、外の世界に対する希望を失っているらしい。


 だが彼女も、少しは期待して俺に噂のことを聞いてきたんだろう。


 俺にできる事が、彼女のちょっとした気休めになるなら。


 そう思い、俺は目の前のドアに手を当て、ほんの少しだけ魔力を込める。


「"Electricite"」


 ビリッ。


 ドアに電流が走り、黄色い光が小さく走る。


「えっ、ま、魔術……。用務員さん、今魔術を……」


「ふっふっふ。見えたか? じゃあ、また暇になったら将棋しに来るよ」


 そう言い残し、俺はその場を立ち去ろうと踵を返す。


 すると、後ろでガチャリと扉が開く音がした。


 振り返ると、ドアの隙間からこちらを見上げている少女の姿があった。


 赤茶けた髪に、丸みを帯びた愛らしい顔。小柄な体をピンク色のパジャマが包んでいる。


「よ、用務員さんじゃないです。学生服を着てますっ」


 俺の恰好に驚いたのか、彼女は目を見開いて俺の恰好を見つめている。


「そりゃ、俺がここの生徒だからだよ」


「ま、まさか本当に、魔法少年なのですか……」


 信じられないといった表情で俺を見上げる小森さんに、俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「まあ外の世界でも、たまには夢みたいなことも起きるって事じゃないか? それより、初めて見れたな。小森さんの顔」


「あ……。ううっ、こ、これは、不可抗力ですっ」


 小森さんは慌ててバタンとドアを閉めてしまった。


 どうやら、今日のお目見えはこれで終わりらしい。


「わたしはなるべく外に出ないほうがいいのです。あまりわたしを誘惑しないでください……」


「ごめんごめん。でも、もう用務員さんとは呼んでもらえないかな」


「……、別に、ただ東さんって呼べばいいんでしょう」


「あれ、名前覚えててくれたんだ」


「き、記憶力には自信があるだけですから」


「そっか。じゃあ、今日はこの辺で。またな」


「……。あの」


 立ち去ろうとすると、彼女は再び俺を呼び止める。


「何?」


「実習試験の時に協力してくれるって言ったの、本当ですか?」


「ああ。俺は悪魔退治は割と慣れてるし、手伝えると思うよ」


「……、ありがとうございます。でもわたし、悪魔の前で魔法を使うの、うまくいかなかったら……」


 やはり、彼女は過去を引きずっているのだろう。そしてそれは、先生が言った魔力暴走に関わっている可能性が高い。


 調べたところ、魔力暴走は精神的な原因で起きる事も多いようだ。


「大丈夫。もし失敗したら、その時は俺や椎名さんが何とかするよ。俺たちは魔術機関の人間だし、それくらいの力はあるつもりだ。だから、安心してくれ」


「……。ありがとう、ございます」


 ドアの向こうから、彼女のお礼の言葉が聞けた。


「そのかわり、実習ってだいぶ待ち時間長くなるらしいからさ。また将棋付き合ってくれよ」


「……、望むところです。次は完全に私の勝ち越しにしてみせますから」


「はは、それはこっちのセリフだぜ」


 俺たちは互いに勝利宣言をして、その日は別れた。


 これなら、実習もきっとうまくいくだろう。


 強気な考えを抱きながら、俺は女子寮を後にした。

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