185 遊び心と可能性
双龍が封印されていると思っていた場所は、冒険者ギルドにある訓練場の四倍程の広さがあった。
それでもそれを狭く感じるのは、目の前の水龍と後ろに控える風龍のせいだろう。
まさに前門の虎、後門の狼のような状態だ。
戦闘は俺のタイミングで仕掛けることが許されたのだが、きっと小細工は通じないだろう。
しかしいきなり大技を狙っても、結果は見えている。
ここはやはり小技駆使して……ここで俺は一旦ネガティブになった思考を止めて、交渉することにした。
「水龍、俺は五発龍剣を放ったら、魔力が枯渇してしまう。だから悪いが回復をするまで待ってくれないか?」
《良いぞ。その知恵を使って、我を追い詰めてみるのだ》
これは交渉し、縛りを作ってもいいということだろうか?
しかし戦ってもいないのに、これ以上の譲歩は逆鱗に触れそうなので、止めておくことにした。
「戦っても相手にならないだろうから、水龍が戦いながら手加減を決めてくれ」
《ぬううう》
「今回は四属龍騎士のルシエルとして、水龍へといざ参る」
少し困ったように唸りを上げた水龍を見て、俺は瞬時に魔力を身体に巡らし、物理攻撃と魔法攻撃によるダメージ対策をしてから、素早くエリアバリアを発動し、身体強化を発動、そして名乗りを上げながら、一気に地面を蹴った。
それだけ図体がデカイのだから、動きは遅いはずだ。
それに避けることの出来ないブレスを喰らうよりは、ブレスを吐けないぐらい接近した方が少しはマシだと考えた。
そして俺は水龍との距離が十メートルに満たない位置から、幻想剣に魔力を込めて、新たに得た力を発動させる。
「炎龍剣、雷龍剣、土龍剣」
下手な小技も大技も中途半端になるぐらいなら、大技三連発で正面突破を図ることにしたのだった。
しかし、その技の特性を掴んでもいないのに、ぶっつけ本番で試した弊害が出る。
炎龍と雷龍は水龍に向かって飛んでいったのだが、土龍は発動しなかったのだ。
それでも瞬きする間もなく、炎龍と雷龍が水龍へと喰らいついた。
その瞬間に凄まじい蒸気が立ち上る。
ごっそりと半分以上の魔力を消費した俺は立ち眩むが直ぐに、身体強化を解くことなく追撃を試みようとした。
しかしそれは叶わなかった。
「なっ!? 凍っている?」
いつの間にか俺の脚が凍って動けない状態だった。
そして立ち上った蒸気が消えていくと、そこには身体を氷で覆った水龍が何事もなかったように存在しているのだった。
《中々思いっきりはいいが、もっと相手の属性を考えるのだな》
「氷まで操るなんて、水氷龍に改名しておいてくれよ」
《たわけ、水を司る我が氷を精製出来ないと何故決めるのだ。出直してまい……ぐぉ?!》
水龍からの攻撃が来ると身体を中心にガードを固め身構えて時だった、水龍にまさかの一撃が入った。水龍の後ろから土で出来た龍……土蛇が噛み付いたのだ。
しかしこれには水龍も予想はしていなかったようで、攻撃が当たってしまった。
まぁ一番驚いたのは、他ならぬ俺だったのだが、これを機に何とか氷を砕こうとするも、全く壊せない。
《よもや一人時間差攻撃を仕掛け、我を油断させるために会話をするなど、何と言う知略よ。これならば退屈しなくて済みそうだ》
次の瞬間、何もないところから水が現れると、どんどん膨れ上がり水龍よりも大きくなったところで止まった。
《水はこの空気中にも視認出来ないだけで、数多に存在する。我はそれを攻撃にも防御にも使うことが出来る》
巨大な水球から、野球ボール程の固まりが、回避不可能な数で飛んできた。
「中々の威力だけど、これなら」
俺は魔力を幻想剣に込めてまずは足の氷を壊すことにしたのが、水龍の攻撃は徐々に激しさを増し、さらに水が氷になっていく状況では、大盾で何とか防御するしかなくなっていた。
《ぬぅううう、つまらん》
少し経った時に水龍の声が聞こえてきたと思うと、足元の氷が解けていき、水は全て水龍の元へと戻っていった。
《賢者よ、御主は属性魔法が使えないのか?》
「使えません。使用出来るのは聖属性魔法だけで、他の魔法は纏うようになるだけで、発動はしません」
《ならば、火の魔力を練り上げて足に集中させてみよ》
俺は言われた通りに、火属性魔法を詠唱してみせた瞬間、足が凍っていた。
「冷たっ!?」
《火属性魔力が纏えるなら、それを利用してその氷を溶かしてみせよ。動けるようになるまでは、そこで地道に凍っておれ》
「……分かりました」
ここで反論しても、先程何も出来なかった俺は、水龍の指示に従う。
目を瞑り体内の魔力、それも火属性のみを抽出するイメージで、炎の魔力を練り上げ纏っていく。
水龍と風龍の視線を感じるが、二人で会話をしているのだろう。
これで期待はずれだとか思われても別に良いのだが、ヘタをしたら生涯ここから出ることが許されない、そんなことになるそうなので、修行には全力で望むことにした。
どれぐらいの時間が経ったかは分からないが、足は冷たいから痛いに変わり、そして何も感じなくなってしまった。
それでも魔力を纏っているだけで、氷を溶かすことが出来ずにいた。
《賢者よ。我等の同胞の力も精霊の力もそうだが、御主の常識に縛られ過ぎている。もう少し遊び心というものを持たなければ、生涯を氷の棺で過ごすことになるぞ?》
何故こんなときだけ予想が当たるのか、豪運先生と覇運先生に三者面談したい気分だった。
「……それは勘弁してください。永久凍土で封印される趣味は、さすがにもち合わせていませんので! それよりも遊び心ですか?」
《そうだ。ヒントを一つだけくれてやろう。我は先程攻撃と防御で水を用いたが、全ての水は攻撃にも防御にもなるのだ》
「攻撃に防御……でも、さすがにそれは……」
《出来る出来ないを、何もせず判断し、新たな可能性を確かめもせず、その芽を摘んでしまうとは何と愚かな。小さなことでウジウジと悩むのなら、やはり氷漬けとなるがよい》
「なっ!? ちょっと待って」
俺の身体が瞬く間に氷漬けになっていき、顔以外が完全に氷の固まりで捕らえられてしまった。
《本当に追い込まれなければ、余計なことしか考えないのが人よ。後は己の力でそれを打破してみせよ》
水龍はそう告げると後方に降り立ち、とぐろを巻いて寝に入ってしまった。
風龍の方はすでに同じようにとぐろを巻いて寝ていた。
どうやら完全に、期待はずれの烙印を押されてしまったようで、興味を失ってしまったかのように思えた。
まぁ双龍の評価については別にいい、
しかし凍らせるならまだしも、氷の中に身体を埋め込むのは、さすがに反則といえるだろう。
動くことも、ましてや逃げ出すことすら出来ない、まさにリアルボスとの戦闘なんて望んではいなかった。
何とか思考が停止してしまう前に、水龍が語ったヒントを参考にして、解決への道を模索する。
俺が持っている固定概念が邪魔をしていると水龍は言っていた。
それに遊び心が足りないとも……俺の手には幻想剣が握られているが、さすがに氷漬けとなっている為に、動かすことも出来ない。
氷漬けのために体温も急激に下がっていき、そのせいか意識も少しずつだが、朦朧としてきてしまう。
炎龍を纏って鎧にするなども考えたが、これも現実的ではない。
それをしてしまった時点で、俺の身体は炎に焼かれてしまうだろう。
どうする? その言葉が脳内を駆け巡る。
駄目もとでも、やはり炎龍を纏うか? それよりも纏えるのか? そんなことをしたら、本当にヤケドではすまなくなる……普通ならば。
俺には戻った力があるし、炎龍を纏う位出来なくてどうする。
だったら、精一杯遊び心を出してみせますよ。
意識を何とか繋ぎ止めていた気力を振り絞り、魔力を一気に幻想剣に流し込むと、俺は大声で叫んだ。
「守れ聖龍、焼き尽くせ炎龍、俺をこの忌まわしき氷から解き放て」
その瞬間、青白い龍が鎧に纏わりつくと、緋色の龍が青白い光りの外で回り始めた。
すると瞬く間に、氷が溶けていった。
そして俺守りきった聖龍と全てを溶かし切った炎龍は、役目を終えたと言わんばかりに消えていくのであった。
「どうだ!!」
俺は気がつけば叫んでいたが、一気に魔力枯渇に陥ることになり、直ぐに魔力ポーションを飲まないと立っていられないような無様な姿を晒してしまう。
だが、魔力枯渇の気持ち悪さには勝てなかった。
《うむ。発想はいいが、実戦では使えん。魔力が回復するまで休憩がてら我と魔法談議でもしよう》
《それならば我も話に加わろう》
水龍と風龍がこのネルダールに住んだ理由って、ここが魔法の総本山である魔術士ギルドだからではないだろうか?
そんな疑いを持たずには、いられなかった。
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