184 片鱗
新たな力を試した俺は、ナディアとリディアを連れて、ネルダールの中心である噴水までやってきたのだが、既にオルフォードさんが来ていて、噴水の横にあるベンチで本を読んでいた。
「オルフォードさん、待たせてしまって申し訳ありません」
謝罪を口にしながら声を掛けると、本を読むのを止めたオルフォードさんが、いきなり魔法を唱えた。
一瞬身構えるが、発動したのは攻撃魔法ではなく、噴水を中心にした緑の結界だった。
「これで覗かれる心配も盗聴される心配もなくなった。ルシエル殿、先程の修練場でやたら凄い爆発がしたが……なんと、自力で賢者になっておるじゃと」
オルフォードさんは鑑定を使用したのか、唖然とし表情になってしまった。
教皇様が盗聴には気をつけろと言ったのは、鑑定のスキルを持っているオルフォードさんではなく、他国に対しての警戒を促がしていたのだろう。
それが今はっきりした。それと同時に目の前にいるのが、風の精霊なのか、それともオルフォードさんなのかを、確かめてみることにした。
「ここで叫ぶと加護が消されてしまうんでしょうか?」
「それは秘密と言った筈じゃ!! 止めるのじゃ!」
真顔で聞いてみると、凄い剣幕で止められた。
どうやら現在は風の精霊が表に出ているようだ。
しかし何故ここまで風の精霊が、周囲を警戒しているのか、それが分からなかった。
風の精霊なら、
「何故ここまでの警戒を? それにオルフォードさんはこのことを知っていますよね?」
「うむ。しかしオルフォードはもう老人だからのぅ……もういつ呆けてもおかしくないのじゃが……」
風の精霊なのに軽い感じがしないので、仕方なく追求してみることにした。
「それは理由にならないのでは?」
「こやつは肝心の後継者をまだ指名しておらんのだ。じゃから仕方なく儂が表に出て、オルフォードの奴は後継者を誰にするのかを裏で悩んでおるのじゃ」
思っていたよりも結構重要なことだった。
「いつから悩んでいるのですか?」
「もう数年はこんな調子じゃわい。全くどえらい奴と契約をしてしまったと、最近では後悔しておるわ」
風の精霊はウンザリといった感じでポーズをとるが、それでも何処か楽しそうでもあった。
すると、ふとあることが頭を過ぎった。
「……もしかして俺達って、まだオルフォードさんと話したことないですか?」
「いや、あるぞ。御主等がネルダールに初めて訪れた時、ハチミツが関わった時、後は御主等が魔法訓練を始めた時には必ずと言って差し支えない程、真剣に見ておったぞ」
風の精霊は優しい笑顔でしみじみと語った。
それならば、あの資料を作ってくれたのは、本当にオルフォードさんだったんだな。
初日はあんなに中途半端だったのに……徐々に協力的だったことも、何かあったのかもしれない。
ただ一点気になるのは、ナディアの魔法が使えない本当の理由も気がついていたんではないか?
それだけだった。
「そうですか」
「若い者がひたむきに頑張っている姿が、特に魔法を探求する姿は、若い時の自分を見ているようだとも言っておったわ」
このネルダールにやってくると、こぞって魔法の研究をしたがるが、もっと魔法の真髄を極めようとするものはおらんものか……って、以前嘆いていたのはそういうことだったのか。
……教皇様からの手紙にも、魔道具の開発みたいな内容が書かれていたりしていて、不機嫌になったなんてことはないよな?
少し不安になる俺がいた。
「さて、ここで話していても仕方がないから、まずは中心地へ参るぞ。噴水の中へ入るのじゃ」
「……汚れるし、いい子が真似してはいけないことですが?」
「これは魔道具で噴水に見えているだけじゃ。入っても濡れはせん」
その言葉を信じて噴水の中へ足を踏み入れると、本当に一切濡れていないことが分かる。
そして風の精霊がまた何かを唱えると、噴水が地面の下へと潜っていく。
辺りは壁で中を窺い知ることは出来ない。
「これは魔導エレベータですか?」
「そうじゃ。但し、これにはある仕掛けがあっての。これを動かせるのは我とオルフォードだけじゃ。そうじゃ! 良かったら動かし方を教えようか?」
その時、何故か悪寒がしたので、断ることにした。
「遠慮しておきます。ここへ滞在するのも後数日だけになりそうですし」
「……残念じゃ」
風の精霊がそう残念そうに告げたと同時に魔導エレベータが停止して目的の場所まで下りて来たようだ。
目の前には大きな空間が広がっており、ここが迷宮でいうところのボス部屋であることは明白で、その証拠として目の前に封印の門が存在していた。
「……俺達がネルダールに来た時に、この場所を隠したのは何故ですか?」
「さてな~? たぶん教皇であるフルーナに昔振られたことを思いだしたか、御主がお気に入りになったことについて嫉妬でもしたんじゃろなぁ。ふぉふぉふぉ」
なるほど。確かに教皇様は、未だに二十歳前後の見た目をしているとはいえ、既に数百年は生きている長命な種族だしな。
ただのエルフには感じない神秘さも感じるのだから、分からなくはない。
しかし老人の嫉妬は解決が難しいというが、知らぬ間に解決したらしいな。
「そういうことなら仕方ありませんね」
俺は苦笑しながら、封印門に歩いていくが、既に封印門は開いていた。
「……封印門が開いている? これは」
「このネルダールが出来て以来、ずっとそれぐらいの隙間が開いているぞ。ここに来ることが出来た場合でも、普通の人間には入ることさえ許されんじゃろうから、問題はないじゃろう」
俺には何も感じなかったが、ナディアとリディアは大丈夫だろうか?
心配になって見てみると、ナディアは平気そうだが、リディアは気分が優れないのか、顔が蒼くなっていた。
「オルフォードさんの身体は大丈夫なんですか?」
「いや、相当な負担を強いられておる。儂は実体から離れれば、何ということはないが、オルフォードも人の域を出ているわけではないからな」
さらっと人外認定された気がしたが、リディアの顔色が悪いので、その言葉を飲み込み、風の精霊にお願いすることにした。
「……それならリディアのことをお願いしてもいいですか? 中には俺とナディアで向かいます」
「ルシエル様、私も行きます」
リディアもついてこようとするが、風の精霊が間に入って止める。
「御嬢ちゃんはこちらで、儂と風の精霊魔法のお勉強じゃな」
「でも……」
どうやら最初からリディアに、魔法を指導するのも予定だったのだろう。
風の精霊は微笑んでいた。
リディアはそれでも、こちらを縋るような目で見つめてくるが、そこでナディアが諭し始めた。
「リディア、ルシエル様のことは私に任せて。私も龍の巫女としてやるべき事を果たすから、リディアも精霊王の加護を持つ者としての務めを果たしなさい」
「お姉様……分かりました。お二人ともお気をつけて」
直ぐに自分のするべきことに納得したのだろう。
そこには悲壮感はなかった。
「分かった。それでは風の精霊よ、リディアのことを頼みます。こちらはナディアと双龍に会ってきます」
「うむ。任された」
こうして俺とナディアは、龍の封印門を潜った。
「緊張します。圧迫感はないのですが、見られている気がします」
「まぁ直ぐに双龍が出てくるだろう」
俺達は門を潜ってすぐのところに階段があり、それを下りながら進んでいく。
そしてついに階段が終わろうという時、いつも通りに聖域円環を双龍に唱えようとしたのだが、それは出来なかった。
《賢者よ 姿を見せよ》
《賢者よ そして我等に己の可能性を示せ》
《《臆病者に加護はやらん》》
そんな声が頭に響いたことで、聖域円環を発動させることを止めた。
別に加護はいらないけど、きっと成仏もする気がないと思ったからだ。
「今、龍から語りかけられたんだが、聞えたか?」
「……何のことですか?」
ナディアに声は聞こえていないらしく、龍神の巫女という称号が何の為にあるのか、疑問を持つのだった。
「龍から呼ばれたから、戦闘があるかも知れない。気を引き締めていこう」
「はい」
俺達が階段を全て下りたところで、水龍と風龍が顔を出した。
今までの龍とは違って、意識もはっきりしているし、邪神の呪いも掛けられているようには見えない龍が、こちらを空中から見下ろしていたのだった。
あれ? これなら戦わないで済むかも……俺はそう考えていた。
《まずは賢者、そして龍神の巫女よ、よくぞこの地を訪れてくれた》
《我が同胞を邪神の呪いから解き放ってくれたこと、礼を言おう》
「全て成り行きですが、お役に立てているのなら良かったです」
双龍は会話も出来るし、圧力も感じないことから、和やかな雰囲気での会話だった。
《されど、我等は至上最強種》
《戦ってこそ、それが証明されるというもの也》
しかし、どうやら覇運先生は豪運先生よりも厳しいらしく、何故か展開がおかしな方向へと進んでいくようだ。
「……龍族同士で戦われるんですか?」
《《がっはっは。今宵の賢者は面白い》》
《我等と戦うのは御主よ》
《無論本気は出さないでやる》
《されど我等が同胞の力を放てるのだから、即死以外の攻撃はさせてもらうぞ》
《見事我等と戦えるようになれば、御主に加護をやろう》
《《我等を己の武で認めさせてみよ》》
この世にはきっと邪神と死神しかいないと、心の中で絶叫するが、目の前の双龍は、眼を輝かせながら笑う。
その光景が、何故か師匠が俺を鍛える時のような感覚だった。
そして思う。つまるところ、この双龍は戦闘狂なのだろうと。
きっと龍種自体が戦闘狂で、今までは邪神の呪いで俺を殺すことが無いように、力を抑えてくれていたのだろうと。
だから覇運先生が龍と戦ってみれば、きっと成長出来ると与えてくれた試練なのだろうと……そんなことを考えながら、逃げ道を探す。
理解は出来るけど、到底納得では出来なかった。
ただ双龍が逃げる機会をくれるとも思えないし……?と、ここでナディアの様子がおかしいことに気がついた。
ナディアを見れば、額に玉の汗を浮かばせて、目の光りが消えたような感じになっていたのだった。
「戦うのは待ってくれ、ナディアの様子がおかしい」
しかし動じたのは俺だけで、双龍は心配する素振りも見せなかった。
《案ずるな。我等が巫女に手出しすることはない》
《今は我等を通して、龍神様と話しているに違いない》
《巫女を階段まで連れていき、まずは我から相手をしよう》
そう言ったのは、水龍だった。
《我が巫女を見ているので、安心して全力を振るうがよい》
そう言った風龍が風を操ると、ナディアの身体が宙に浮いて、先程下ってきた階段まで運ばれていくと、視認出来る程の緑の膜に覆われた。
そして水龍の声が頭に響く。
《何度でも挑戦はさせてやる》
《だが、諦めたら如何に賢者だろうと、我等は認めない》
《平穏を望むなら、武と知と和を求めよ》
《さすれば、御主の夢も叶うであろう》
《《老衰……がっはっはっは》》
俺の夢を何故知っているかはさておき、空中で爆笑している双龍に、どうでもいいから加護をくれ、そしてさっさと帰してくれないか?
こころの中でそれを切に願うのだった。
お読みいただきありがとうございます。