182 守護するモノ達
オルフォードさん……ではなく、風の精霊とハチミツ酒を酌み交わした翌日、聖シュルール協和国に割り当てられている食堂で、ナディアとリディアと朝食を取りながら、本日の予定を告げていく。
「今日は魔術士ギルドの噴水へ行く。久々に戦闘になる可能性があるから、気を引き締めて欲しい」
「風の精霊と会いに行くのですね。私にも力を貸してくれると良いのですが……」
少し緊張した面持ちでリディアがそう告げる。
「……戦闘の準備ということは、このネルダールを空中に維持させている龍との邂逅があるかも知れないのですね。私は龍神の巫女の称号を手にしてはいるものの、龍神様から天啓を受けたのは一度だけなので、龍と会えるのがとても嬉しいです」
「ルシエル様、聖属性魔法がないのに龍を解放出来るのですか?」
興奮するナディアを見ながら、リディアは冷静に龍との戦闘になった場合を想定して、とても心配そうにしていた。
そんなリディアの心配は十分に分かっているし、何の対策もなく、龍の根城に行くほど俺は蛮勇じゃない。
土龍や雷龍との戦いでも死に掛け、今回は水龍と風龍の双龍が相手だとすると、こちらがいくら万全だったとしても難しいだろう。
だから出来れば双龍が、邪神の呪いに掛かっていないことを祈るだけなのだが……。
これは保険としてナディアがいれば、龍神の巫女として双龍が暴れないのではないかという打算もあったりする。
もちろん戦闘になったら最後まで守り抜くつもりである。
だからこそ、再び聖属性魔法を使用出来るようにならなければならない。
俺は魔法袋から白色の果実を取り出しながら、リディア問いに答える。
「正直分からない。だからその確率を上げるために、今からこれを食べる」
白色の果実を見たナディアが怪訝そうな顔で、白色の果実を見て口を開く。
「……その林檎は食べても平気な物なのですか?」
「わ、私はその果物を遠慮します」
それに追随して、リディアは白色の果実から距離をとった。
「何も逃げることはないだろう。まぁこれを食べて運が良ければ賢者にはなれるだろう。聖属性魔法がなければその時に考えるさ」
「禍々しくはありませんが、とてもなく存在感があって側にいるのも辛いのですが?」
「ルシエル様、食べ物一つでジョブを得られるなんて聞いたことがありません。お止めになられた方がいいと思います」
俺が白色の果実から圧力を感じることはなかった。
だが、二人がそう感じるのも無理はない。
物体Xを何故賢者が開発したのか……それは、これを食べるためだったのだから。
昨夜、風の精霊に念のため、白色の果実の危険性について聞いてみると、猛毒、麻痺、混乱、石化、脆弱、魔封、そして自分のトラウマが甦ってしまうとのことだった。
その為、人によっては精神耐性のスキルレベルがⅩでないと、発狂してしまう可能性もあるらしい。
そのことについても一晩悩んだが、幸いにして全ての条件をクリアしているので、食べることに決めたのだった。
「これは耐性のある人間じゃないと食べられないんだ。物体Xが開発されたのはこれを食べる為だったらしい」
「「……物体X」」
二人は更に一歩退いた。
どうやら二人共物体Xを飲んだことがあるらしい。
まぁ冒険者ギルド本部があるグランドルで、冒険者登録をしていたのだから、洗礼を喰らっていてもおかしくはない。
正しい食べ方などはないようなので、景気づけに物体Xを飲んでから、白色の果実に齧りついた。
物体Xを事前に飲んだからであろうか、味は全くせずニオイもなく、想像していたよりも抵抗なく食べていける。
そして全て難なく食べ終えてしまった……?
「ルシエル様、身体に何か違和感は?」
「……普通に物体Xを飲んだ……」
ナディアは身体の心配をしてくれるが、リディアは物体Xを飲んだ俺を、信じられないものを見たような、そんな顔をしていた。
「違和感ない。それよりも食べたけど、全く変わらないんだが……」
ステータスを開いてみても、聖属性魔法が使えないのは変わらず、ジョブも賢者が増えたりはしていなかった。
あまりのショックで身体がフラついてくる。
やはりあれは白色の果実ではなかったのだろうか?
実はかなり美味しい果実で、物体Xで味を消してしまったのではないか?
そう考えるだけで、ワナワナと身体が震えだし、やがて身体から力が抜けていく。
数十年の修行か、竜の巣がある世界樹まで行くしかないなんて、それを考えると急に目の前が真っ暗になっていった。
崩れてしまったが、さすがにナディアとリディアが目の前にいることを思い出し、自分に気合を入れて起き上がろうとする。
しかし身体には一向に力が入らなかった。
自分の心と身体のバランスが取れていないとこうなるんだな。
仕方ないので、深呼吸してからまずは目を開こうとして、違和感に気付く。
真っ暗になったのは、ただ単に目を瞑ったからだと思っていたが、目はしっかりと開いていたのだった。
そして徐々に意識がはっきりとしてきた。すると周りの景色が少しずつ動いていることに気がついた。
「……ここは何処だ?」
どうやら五感は正常に働いているらしい。
「ナディア、リディア起こしてくれないか?」
しかし二人の反応がまるでない。徐々に困惑したからなのか、心拍数が上昇していく。
そして前方に黒い渦が見えた時だった。
眩い光が世界を照らしたと思ったら、黒い渦はきれいになくなっており、真っ白な空間になった。
そして目の前に四つの球体が現れた。
色はそれぞれ白色、緋色、黄土色、黄色であることから、直ぐに想像がついた。
「聖龍、炎龍、土龍、雷龍なのか?」
俺の言葉に呼応するかのように、聖龍を始めとする炎龍、土龍、雷龍が、雁首を並べて現れたのだった。
本当に頭部だけなのだが、あまりにもでかいので、結構迫力がある。
「久しいな、ルシエルよ。どうやら順調に賢者の道を辿っているようで、安心したぞ」
声を掛けてきたのは聖龍だった。
しかも滑舌がすこぶる良くなっていた。
「……辿りたくて辿っている訳じゃないぞ! ……聖龍、一度貴方に会ったら、ちゃんと感謝したいと思っていたんだ。貴方が残してくれた骨や鱗で、俺は死なずに済んでいる。ありがとう」
「かっかっか。律儀じゃのぉ。当時は色々と我を疑っておったのにな」
聖龍はそうやって嬉しそうに語るが、俺はあの極限状態だったときのことを思い出す。
「……若気の至りってことにしておいてほしい」
するとそこへ、炎龍が会話に混ざってきた。
「聖龍、あまり時間がないのだぞ。まぁ龍神の巫女を見つけたのは褒めてやりたいが、よもや精霊王の加護を持つ者が妹とは……」
ナディアとリディアのことも知っているらしいが、やはり加護から俺の状況を見通しているのだろうか?
「炎龍、まぁ良いではないか。ルシエルよ、この世界は重婚も認められているのだから、決められなければ両方を娶るが良い」
聖龍が宥めに入るが、そこへ土龍が口を挟んでくる。
「ルシエルよ、龍神の巫女だけにしておけ。龍族が至上じゃ。さて時間がないから我が本題を告げよう。起きたらきっと賢者になっていることだろう。しかし、お前には聖属性魔法以外は使用出来ない」
「えっ!?」
さすがに驚きが隠せない俺は、今の言葉の意味を聞こうとするが、先程の言葉を雷龍が引き継ぐ。
「このガルダルディアと我等が生まれたのは、さほど変わらない時期だ。それから長い年月の中で、龍の加護と精霊の加護の両方を所有した人類は数える程しかいない」
まぁ特殊であることは分かる。
そんなに加護をたくさんの人間が持っていたら、加護の有難みが減るだろうし……。
そして今度は聖龍が言葉を引き継ぐ。
「その加護を得たもの達は、例外なくその力を使うことが出来ずに果てていった。しかし一人だけ我等の力と精霊の力を合わせて使った者が現れた」
そんな人類は一人しかいないだろう。
「……レインスター卿ですよね?」
「知っているなら話しが早い。我等の魂が込められた首飾りがあるな?」
「大事に魔法袋にしまってありますが?」
「それを首から掛けよ。そして魔法を放つ時に、我等の名前を告げよ。さすれば汝の求める覇の力が目覚めるであろう」
「……いやいやいや、俺が求めているのは、聖属性魔法を再び使うことですよ」
覇運を取得したからと言って、覇王になろうとは一ミリも考えていないぞ。
「何じゃ、そんなことか」
その言葉を聞いた聖龍が、もの凄く軽い感じで呟いたと思ったら、聖龍がウインクしたと同時に、青白い光が身体の中に入ってきた。
身体がポカポカ暖かくなってくる。
「ん? そろそろ時間のようだな。ルシエル、お前に子供が出来たら、加護をやるからな」
炎龍がそう告げてくる。
「名残惜しいが仕方ない。ルシエルよ、龍族が至上だと、忘れるなよ」
土龍はどうしても龍を至上だと言い残す。
「今度ルシエルと会うとしたら、龍神様に謁見するときになるであろう」
雷龍の優しさが心に染みる中で、最後に聖龍がお決まりの言葉を口に出した。
「この世界に囚われている我が同胞を解放して、魔族の侵攻を防いでくれることを祈っているぞ」
「ちょっと、さらっと魔族の侵攻を食い止めるミッションを追加しないでくださいよ」
「「「「さらばだ」」」」
俺の言葉を無視して、四龍は再び光の玉となって光を放った。
「うっ」
「ルシエル様、やっぱりご気分が悪くなられたのでは?」
「物体Xに未知の食べ物まで口にするからです。お姉様、これって私達が止めなくてはいけなかったのではないですか?」
眩しい光とともに現実へと帰還したみたいだったが、どういう訳か時間は進んでいないようだった。
黙り込んだ俺に、二人があたふたし始めたので、大丈夫だと告げてから、もう一度ステータスを確認することにした。
さっきの聖龍達が本物なら、そう考えていた俺はステータスを見て固まった。
そして何故か目から汗が零れ落ちるのだった。
そう、治癒士から賢者へとジョブチェンジを果たしていたのだ。
それからもう一つ、重要なことがあった。
「ヨッシャ――」
気がつけば俺は叫んでいた。
俺のそんな挙動に驚いてキョトンとする二人に、俺は賢者へのジョブチェンジが叶った事と、そして何よりも聖属性魔法が復活したことを説明するのだった。
お読みいただきありがとうございます。