181 運命神の加護
二話目
決意を固めた日からおよそ三ヶ月間、俺は精力的に魔導書庫に眠る書籍に目を通して、色々な知識を蓄積していった。
ナディアとリディアも、何処か吹っ切れた俺に感化されたのか、精力的に魔法の訓練をして、初級だが魔法を発動出来るようになっていった。
もちろん修練場で斬撃を飛ばす訓練も並行的に進めながら、オルフォードさんをハチミツで誘い出して、アドバイスをもらっていたのだが、こちらは結果にうまく結びついてはくれなかった。
そもそも飛ぶ斬撃は、高レベルの剣術スキルが、それ以外の何らかのスキルが必要なのかも知れない。
しかし、不思議と焦るよう気持ちは、徐々に薄れていった。
ナディアとリディアと勉強しているこの環境が、この世界に来て一番安全だったからだろう。
二人に応援されて、目標に向かって努力する。
孤独ではないし、むしろ二人が俺以上に努力をするので、負けられない気持ちもあったのだ。
そんな修行の日々を繰り返していたある日、俺だけがギルドマスターの部屋へと呼び出された。
「失礼します。」
「急に呼び出して、悪かったのぉ」
オルフォードさんが出迎えてくれて、俺達は鏡の中へと移動した。
席についても、中々口を開かないオルフォードさんに痺れを切らした俺から、用件を聞くことにした。
「オルフォードさん、急に二人で話しがしたいとは、何か火急な件でもあったのですか?」
「ふむ。斬撃に関しては、時間が解決してくれそうじゃからな」
本題には入らずに、修行の話から入ったので、どうやら飛ぶ斬撃の何かが分かったのかもしれない。
「そうですね。これも全てオルフォードさんのおかげですよ。今回の話は斬撃の何かが分かったってことですか?」
「いや、今回呼んだのは御主の秘蔵にしてあるハチミツ酒を分けてもらうためじゃ」
「えっ? もしかしてそれが用件だったのですか」
今までの三ヶ月間、オルフォードさんはそんことで呼び出したりはしなかったので、面を喰らってしまう。
何故? そんな言葉が頭に浮かぶ。
それを見て笑うように、窓の外にオルフォードさんは目を向けて言った。
「うむ。今宵は満月じゃから、我が表に出て気安いのでなぁ」
我? 今までは儂って言ってなかったか? 満月で気分が高揚でもしているのだろうか?
「別にここで一緒に飲む程度なら、提供させていただきますが……」
「話しが分かるのぉ」
本当に嬉しそうに笑うオルフォードさんに、催促されてではあるが、日頃の感謝を込めてグラスを二つ取り出して、ハチミツ酒を注ぐ。
「それでは乾杯するかのぉ」
「そうですね」
「「乾杯」」
俺がハチミツ酒に口をつけると、オルフォードさんは一気にハチミツ酒を飲み干した。
その瞬間、頭の中に機械音が響いた。
《風の精霊の加護を取得しました》
「はッ?」
あまりにも突然で、固まってしまった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ハチミツ酒は美味いの。おかわりを所望したいのじゃが?」
ドッキリが成功したことを喜びながら、俺の滑稽な姿を肴にして、オルフォードさんはハチミツ酒を要求する。
「えっ? あ、はい。おかわりはいいんですけど、オルフォードさんが風の精霊なのですか?」
「違うぞ。今はオルフォードの身体を、間借りさせてもらっているのじゃ」
その言葉に困惑してしまう。
オルフォードさんと風の精霊が今までも入れ替わっていたのだろうか? 思考が混乱の渦に飲み込まれていく。
俺は何とか風の精霊のグラスにハチミツ酒を注ぎながら、今回の件を聞く。
「えっと、どうしてこのタイミングだったのでしょうか?」
「それはこっちが聞きたいわ! 何故、我がオルフォードに内緒で、賢者になるヒントを資料の中に紛れ込ませたのに、いつまで経っても噴水に現れなかったのじゃ? 噴水の場所を探っておったし、何かあるのは分かっていたであろう?」
何故か怒り出したが、精霊って文字も書けるんだなぁ。
そんな現実逃避をしながら、本心を伝える。
「……あのヒントを頂いた時に、直ぐにでも賢者になって、聖属性魔法を取り戻したいと思っていました。賢者になったら本当にまた聖属性魔法が使えるようになるのか、それが不安だったんです。だから自信をつけたかったんです」
「……まぁそうじゃな。我の加護を得ることで、御主は六精霊の加護を手にすることになる。これより基本属性を完全にマスターするまでの時間の方が長いのじゃからなぁ」
そう悩ましげに深淵をみるような眼で見ながら語り掛けてくる風の精霊だったが、俺は疑問に思っていた。
「あの、白色の果実は?」
「世界樹の周辺まで行ければ、運次第じゃ。されど、世界樹のある太古の森には竜種がゴロゴロしているから、今のルシエルの実力では確実に死んでしまうぞ」
……それを手に入れに行くことなど、万全な師匠とライオネルと一緒でも遠慮したいところだ。
しかし俺が三ヶ月前に食料庫から手に入れたあれは一体なんだというのだ? あれが白色の果実であって欲しいと願うのは、我侭なことだろうか?
前回の賢者が、とれ程までに強かったのかが、気になりだした。
元は治癒士ではなかったのだろうか?
次々と疑問が湧いてくるので、物体Xを作った前回の賢者が、如何にして白色の実を手に入れたのかを聞いてみることにした。
「……ちなみに前回の賢者になられた方は、どうやって白色の果実を手に入れたのですか?」
「教皇をしているフルーナが与えたのじゃ。当時のあやつには賢者が必要じゃったからな」
風の精霊は俺から顔を逸らして、外を見つめる。
その意味深な態度と発言が非常に気になってしまうが、教皇様は、絶対的な教会の象徴、もしくは権力が欲しかったのだろうか?
これ以上は話したくないみたいな空気を感じたので、一番気になっている点を聞くことにした。
「……ちなみに私が賢者になると、元のように聖属性魔法が使えると思われますか?」
「……正直言って分からん」
風の精霊は
「……賢者は全ての魔法を使えると記載してありましたが、違うのでしょうか?」
「通常、賢者というジョブへ至るには、人生の全てを魔導の探求に捧げ、膨大な知識を得た者だけが、初めて就けるジョブじゃ。適性を持って魔導の道を歩むのだから、使えると思われても仕方ないのかも知れないのぉ」
長い髭を触りながら、悩むようにそう答える。
まぁ確かに賢者って聞いて簡単に成れるようなジョブじゃないのは想像出来る。
「……つまりいずれは戻るかも知れないが、賢者へと至る道は果てしなく遠いということですか?」
「ふむ。それ以外に成れるとしたら、神の恩恵を受けた者だけじゃ。しかもルシエルは、精霊の加護と龍の加護を持っているであろう?」
「……まさか、弊害があるんですか?」
急に不安で息が詰まりそうになりながらも、誤魔化さないできちんと耳を傾けた。
そして絶望の序曲の幻聴が聴こえてくる。
「属性魔法をいくら唱えても使えないのは、きっとそのせいじゃな」
「はっ?」
「龍の加護は強靭な肉体を作りあげ、精霊の加護は精霊魔法以外を使い辛くするからのぉ」
残念そうに言っているが、何故か口許が笑っているように思える。
きっと被害妄想なのだろうが、聖属性魔法が音を立てて崩れていくような気がした。
「……あの、それって詰んでいませんか?」
「精霊士になって精霊魔法を極めれば、それでも賢者にはなれるぞ?」
そんな人は物語の中の人だけだ。
「……それって、レインスター卿とかじゃないですよね?」
「ほぉ。レインが賢者であることを知っているとは、興味深い」
「……あの人は例外でしょ。俺が本当に精霊魔法を極められるとでも?」
「まぁ普通は無理じゃろう。じゃが、御主には運命神の加護も宿っておるじゃろう?」
「……はい。ですが、これはSP取得が多くなるだけなのでは?」
話を変えた風の精霊の声がやけに軽く感じるのは、何故だろうか?
精霊も他人の不幸は蜜の味とでも思うのだろうか?
しかし、風の精霊ならではの情報が飛び出してくる。
「ふぉふぉふぉ、そんなものは副産物に過ぎんよ。それは本来決められた
「それだったら、豪運や覇運スキルを取ったのは意味がないってことですか?」
豪運先生と覇運先生をリスペクトしていたのは、間違いだったのだろうか?
しかし今度は呆れたように見ながら、風の精霊は溜息を吐いた。
「はぁ~。いくら逆境を跳ね返すことが出来る加護があったとしても、その二つがなければ、邪神との戦いで光明すら見えずに死んでおったぞ」
その言葉を聞いて、何処かホッとしていく。
「無駄じゃないならいいです。この二つのスキルは俺の縋りたい部分なので」
「最後は運に縋るだと?」
「……おかしいですかね?」
「ふぉふぉふぉ、なるほどのぉ。努力が出来る御主ならば、きっといつかは賢者になれる日も来よう……ふぉふぉふぉふぉ」
何故か高笑いをする風の精霊を見つめて、俺が手に入れた白色の果実を食べるのは、龍と相対する時と決めた。
そしてロックフォードで、レインスター卿が言っていた、噴水で叫んだら、力を貸してくれるものについて聞いてみることにした。
「話は変わりますが、噴水の場所で、「オラが世界を統べる世界最強にして最速のウインド様だ」と、叫けんだら、何が助けてくれるんでしょうか?」
「…………何処でそれを?」
絶望したように、風の精霊からはどんよりとした空気が流れてくる。
「ロックフォードです」
「…………我に空中艇を任せたと思ったら、レインの奴はとんでもない爆弾を残しいったようじゃな」
風の精霊はプルプル震えていたが、やがてこちらを見てから口を開いた。
「誰かに言ったら、加護を取り消すのじゃ。それどころか、ルシエルの魔法が使えないことも、全世界に噂をばら撒くのじゃ。それが嫌なら、直ぐに忘却するのじゃ」
あまりの威圧感に俺は頷くことしか出来なかった。
「なら良い……それでは明日、風龍と水龍に御主を合わせよう。龍から龍の力の使い方を聞くとよい」
「邪神の呪いは受けていないんですか?」
「我もここ数十年会っていないが、変わったところも感じない」
「そうだといいのですが……」
「まぁ今宵はもう少しハチミツ酒を堪能させてくれるとあり難い」
風の精霊はそう言って、ハチミツ酒を飲み続けるのだった。
翌日、俺達は風龍と水龍がいる場所へと足を踏み入れるのだった。
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