180 自信を取り戻すために
短いです。
魔導書庫へ入った俺達は三人とは離れて座り、オルフォードさんの書いてくれた各々の考察と改善点が書かれた羊皮紙を読み始めた。
先程見た資料の続きを読み進めていくと、矛盾にぶつかってしまう。
魔力が垂れ流しになっているのなら、何故魔力が減っていなかったのか? 魔力回復量があるとはいえ、垂れ流しが出来る程の魔力量を有している訳ではないのだ。
それに身体強化を発動させる時は、必ず少しだけだが、魔力は減少する。
それについての説明は書かれていなかった。
「……そこまで求めるには、都合が良すぎるか」
しかし次の資料を捲った俺は、急激にテンションが上がっていく。
そこにはこう記載してあった。
この世には斬撃を飛ばす者達がいるらしく、それは自分の中にある魔力を刃に乗せて飛ばしているらしい。
仮にその斬撃をルシエル殿が習得することが出来れば、下手な魔法を打つよりも魔力消費が少なく、かなり強力な遠距離攻撃として用いることが出来る筈じゃ。
ただあの杖のように、ルシエル殿の魔力に耐え切れるほどの強度とスムーズに魔力変換出来る魔力伝導率の高い武器が必要になるだろう。
……幻想剣があるのだから、飛ぶ斬撃がどうすれば起こるのか、その事象を検証出来れば、俺は遠距離攻撃を使えるようになるのだ。
違う項目だが、聖属性魔法を失ってから、一番光が射した情報だった。
修行当時に、何度も見たあの師匠やライオネルが放っていた斬撃だ。
それが放てるからもしれないと思ったら、テンションが上がってもおかしくないだろう。
今ならどんな困難にも耐えられる気がし始めていた。
さらに貰った資料を読み進めていくと、飛ぶ斬撃の考察まで書かれていた。
垂れ流しになっている魔力を剣に全て注ぎ、打ち出すイメージが体外の魔力に干渉して…………そこからは、結構専門的なことが書かれてので、理解するのを諦めた。
しかしこれで老衰する為の希望が、少しだけど出てきた。
目的が聖属性復活か治癒魔法だったのに、いつの間にか戦うこと前提で考えているなぁ。
苦笑いを浮かべながら、資料を読んでいていくと今度は顔が固まってしまった。
ジョブ治癒士に転職する場合に必要なことは、聖属性の適性があること。
仮にこれでジョブに治癒士の項目がなければ、人を助けたいと想うよりも何かを強く憎む負の感情に支配されている可能性が高い。
それが解消しても治癒士の項目が出ない場合は、主神クライヤと聖治神が定めた
負の感情が誰かを想うよりも強く、憎しみに支配されている……? これはないな。
邪神と今度遭遇したら逃げるし、無意識っていうのもあるかも知れない。
それでもあの時のことはベストな選択をしたと自信を持って言えるし、それが出来た自分を褒めてあげたい。
そうすると、運命なのかも知れない。
……治癒士には成れないとしたら、他に聖属性魔法を使えるのは、神官、聖騎士、賢者、聖女、そして勇者だけ。
その中で俺が慣れる可能性があるとしたら、賢者だけになるだろう。
最後の資料には、百年以上昔に賢者なった者のことが書かれていた。
その者は全六精霊である光闇火水土風から加護を与えられた。しかし基本四属性の魔法を全てスキルレベルⅩに上げるには、その者は歳を取り過ぎていた。
そこで千年に一度花をつける世界樹に生る黄金の果実……の近くにある、百年周期で花を咲かせる博愛の樹に生る、白色の実を食べることで、賢者への扉を開いた。
しかし晩年になって賢者は一言だけ語っている。
物体Xという飲み物をもっと早く作れれば、もっと早く賢者へと至ることが出来たと……。
「はっ? 物体Xって、賢者になってから作ったんじゃないのか?」
思わず声を出してしまったことで、ナディアとリディアがこちらを見るので、何でもないと手で制した。
物体Xが何故開発されたのか目的には驚いたが、そうなると賢者になってから治癒士ギルドに所属し始めたのか?
意外な事実を知りながら、これで噴水に行けば、風の精霊と会う事が出来て、加護がもらえるのだろうか?
仮に加護がうまくもらえて、白色の果実を食べて賢者へと至れるとしよう。
本当にジョブが賢者になれば聖属性魔法が使えるようになるのだろうか?
そんな疑問と不安が押し寄せてきた。
これはオルフォードさんが調べてくれたものだが、全てを鵜呑みにしても良いものなのか、そんな疑う気持ちも出てきてしまう。
そう考えて、俺はハッとした。
この疑ってしまう心の壁が、聖属性魔法が使えない負の感情なのではないのか? 聖属性魔法が使えていた時は、苦労しそうなことがあると、最初は否定から入っても、まぁ何とかなるかと、ポジティブに物事を考えていた筈だ。
聖属性というメッキが剥がされたのだから、自己防衛本能が働き出したのだろう……。
まるで暗黒の売れない営業時代だな。
全てが敵に見えてしまう負のスパイラル。
上司や先輩、同期、後輩までもが敵に思えてくる。
俺は溜息を吐いて顔を上げると、ナディアとリディアを見て、当時の座右の銘を呟く。
「実力は努力してのみ築けるもの也。幸運はきっかけに過ぎず、努力しなければ、
先輩が営業の暗黒期に話してくれた幸運ちゃん話や、総務に配属されたあの子が教えてくれたアスリートの話を、混ぜて作った座右の銘だ。
少し長いが、壁に突き当たって迷ったときは、必ずこれを唱えていた。
本当に不運としかいえない時もあるけど、それと同じくらい幸運も確かに存在している。
しかし幸運は恥ずかしがり屋だから、いつもは隠れている。
地道な努力で土台を築き、準備をしているものには、幸運がたまに見えるようになるので、
そこで今までの努力が試される。頑張っているのは皆一緒なのだ。
では結果には何が必要なのか? それは自分のやるべきことをブレずにしっかりやってきたという自信なのだ。
そうすることで心に余裕が生まれ、視野が広がることで、新たな幸運が訪れる。
「……そう考えると、戦闘訓練には心血を注いできた自負はあるけど、魔法を詠唱する以外で聖属性魔法努力したことなんて、あまりなかった気がする」
賢者へ至る道標が出来たことで、心にゆとりが生まれたのかも知れない。
この機会を活かして、魔法や属性の知識を深めて自信をつけてから、風の精霊に会いに行くことを決めた。
そしてこの日を境に、受験生さながらの猛勉強をしながら、身体も鍛え続けるのだった。
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