178 努力する姿勢
ナディアとリディアはハチミツの講義を散々してから、自分達の部屋へと帰っていった。
……その間に五杯もハチミツ水をおかわりしていたが、終始笑顔だったので救われた部分もあった。
「しかし、まさかだな。提供したハチミツ水が、中級魔力ポーション並みの回復力があるなんて、とは思ってもみなかった。オルフォードさんには置いてきたハチミツも、実際は売りつければ良かったのか?」
まぁ本来であれば手土産が必要だったが、そんな余裕もなかったので、自分の所持していたもので賄えて良かったけど。
俺は食器を洗いながら、そんなことを考えていた。
さすがレインスター卿だと思ったのは、水道が完備してあり、それどころかトイレや風呂までついたことだ。
しかもユニットバスじゃなくて、トイレと風呂が別だった。
色んな拘りを持ってネルダールを造ったのだと思うと、感謝したくなってしまった。
俺はゆっくりと風呂に入ってから、ハチミツ水で水分補給をしてベッドに入ると、ナディアとリディアがまとめた資料に目を通し始めた。
まずはナディアの調べた属性についてまとめたものだが、綺麗な字でまとめてあるのだが、目新しい情報はなかった。
次にリディアの調べた詠唱についてだが、これに関しては詠唱する文言を間違えると魔法が発動しないこともあると書いてあった。
しかし目新しい情報はこれだけで、あとはナディア同様で、目ぼしい情報となるものはなかった。
「まぁあれだけ悩んでいても、閃くものがないと中々ヒントだとは結び付かないものだからな」
仕方なく自分がまとめた資料に目を通していく。
魔法を使う仕組みをバラバラに分解していくと、魔力属性、魔力量、魔力変換に分けられる。
属性はそのまま属性、魔力量は込める魔力、魔力変換は込めた魔力を魔法という形へと昇華させることらしい。
「属性を持っていて、魔力を込めるまで出来るけど、変換することが出来ないから難しいってことなのか? 無詠唱で魔法が使えるのは何故だ? 初見でも無詠唱だったら使えなかったりするんだろうか?」
再度リディアがまとめてくれていた資料に目を通すが、無詠唱の項目には、一度以上発動したことのある魔法と記載してあった。
ただ備考欄に小さくたが、稀にイメージが完璧の場合、無詠唱を使える者がいることも事実だと記載してあった。
「参考にならないな……あれ? でも魔法を開発が成功した時は確か……」
最近のことなのに、自分が聖域結界や聖域鎧を開発したことをすっかり忘れていた。
邪神に遭遇しても生き残るだけを考えて、詠唱は聖域円環を真似したんだったな。
成功したのは世界に語り掛けるように、魔法の完成形をイメージしながら、体内の魔力で体外の魔力を変換していた気がする。
もちろん一度では成功しなかったから、何度も詠唱を変えてイメージを鮮明にしていったんだったな。
しかし何故そうしたのかを忘れてしまった。 聖属性魔法を読んだ時にそう書いてあったんだっけ?
「あの感覚が取り戻せれば……って、少し疲れているんだな。まさかやりようによっては、最強の魔法士なれそうだなんて……適性として属性があっても、どの属性の魔法も発動するどころか、魔力さえ込められない状態なのに……」
これを見る限りだと、あの二人には何かを調べさせるよりも、好きな本を読んでいてもらって、何かを吸収してもらった方がいいのだろう。
結局あの最初にヒントになった魔法具みたいなものを開発出来れば、治癒魔法もいずれ使えるのではないかと思いながら、そんな研究所があれば寄ってみることに決めて、この日は就寝した。
翌日、目が覚めた俺は、いつも通り魔力操作と制御を集中して行う。
すると朝からノック音が聞えた。
「ナディアとリディアか? それとも……」
入り口に向かうと外からオルフォードさんの声が聞こえてきた。
「ルシエル殿、起きていらっしゃるかな?」
「はい」
扉を開けると羊皮紙を抱えたオルフォードさんがいた。
「おおっ! ルシエル殿、おはよう」
「おはよう御座います、オルフォードさん。朝早くからどうなされたんです?」
「いや~、昨日修練場で魔法の訓練をする一生懸命にするルシエル殿達を見ていたら、力になってあげたくなってのぉ。それにあれほど高品質のハチミツまで貰ったのだから、その分は働かないとバチが当たってしまう」
オルフォードさんはそう言って、数十枚に及ぶ羊皮紙をこちらに渡してきたのだった。
それを受け取り、軽く目を通すとびっしりと文字が書かれている。
「……これらは一体何の資料でしょうか?」
「何故三人が魔法を使えなかったのか? その考察と対策を儂なりに練ってみたのじゃ」
昨日と同じくにこやかに笑っているが、少し顔が青白くなっていた。
「……昨日は見ているだけで指導されなかったのは、何か考えがあったからですか?」
「うむ。少し焦っているようじゃったからな。それに三人の能力や性格の確認は、少し見ただけだと分からんかったのでな」
軽く見ただけでも、渡された羊皮紙の束は五十枚前後もある。
これだけ書くのにどれだけ時間を費やしたのか、容易に想像出来た。
全てを信じる訳ではないが、どうやらこの人は良い人なのかも知れない、そう思った。
「……ちなみに聖属性を持っていなくても聖属性魔法を使う手段を知りませんか?」
「面白いことを考えるのぉ。確かにそういう技術は存在しているし、巷でも販売している魔道具の中には似たような物があるかも知れん。じゃが、ルシエル殿の魔法を使うことは出来んじゃろう」
「……聖属性の魔石ですか? それとも他に要因が?」
聖属性の魔石なら、最上級品がある。
しかし人生はそこまでは甘くない。
「両方じゃな。聖属性の魔石など聞いたことがない。仮にあったとしても一つの魔法しか刻むことしか出来ない」
「……やっぱりそんなにうまくはいかないか」
「中々面白い発想じゃから、研究室で属性付与出来る魔道具の開発に当たらせてみよう。いつかルシエル殿の目的が叶う、そんな日が来るかもしれん」
……昨日とは別人に見えてしまうのは気のせいだろうか? ハチミツの魔力がオルフォードさんの魔法への情熱を取り戻させたのだろうか?
そんな馬鹿なことを考えていたところで、ナディアとリディアがやってきた。
「「ルシエル様、オルフォード様、おはようございます」」
「ああ、おはよう。二人ともオルフォードさんが俺の分も含めて、昨日の魔法の考察と対策を書き上げてくださったぞ」
「「ありがとうございます」」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。別に嫌ってはおらんから安心してほしいのぅ」
そう言って笑うが、俺達はその言葉に苦笑いすることしか出来なかった。
「お詫びという訳ではありませんが、朝食を一緒に取りませんか? ハチミツ水をつけますから」
「?! 是非お願いしたい!」
急に元気になったオルフォードさんを見て、この人は物体Xよりもハチミツが有効だと思わずにはいられなかった。
食堂へと移動した俺達は、朝食を昨日と同じように魔法の袋から取り出して、出来合いの料理を並べた。
作っても良かったのだが、オルフォードさんの体調を考えると、早めに食事をして自室に戻ってもらった方が良いと判断したのだった。
結果的にオルフォードさんは朝食を食べたら、満足そうに帰っていった。
その時に一眠りしたら、昨日と同じように修練場に顔を出すと言っていた。
「今から食料庫を整理してから、今日の貰った資料を魔導書庫で読もう。午後は修練場で魔法の特訓だな」
「実は面倒見の良いご老人だったのですね」
「嫌われていると思っていました」
「まぁどこまで本当かは分からないから、警戒はしておこう」
「「はい」」
厨房に入って洗い物を済ませると、いよいよ食料庫を開ける時がきた。
「一体数十年前の食料ってどういったものなんでしょうか?」
「ニオイが酷くないといいですね」
二人は好奇心が抑えられないようで、食料庫の扉でソワソワ姿を見て、おかしくなって笑ってしまった。
「笑うなんて酷いです」
「ルシエル様、笑っていないで開けてください」
「ついな。じゃあ開けるぞ」
食料庫の重い扉を開くとそこは、想像とは違う世界が広がっているのだった。
お読みいただきありがとう御座います。