176 価値は人によって変わる
魔導書庫を訪れた後は、とりあえず目に付いた本を片っ端から読んでいくことにした……そういう意気込みだったのだが、目に付くものがあまりに少なかった。
「……魔導書庫と呼ばれるその由縁が一体何処にあるのか、未だに理解が出来ない」
正しい紅茶の淹れ方や、植木の手入れ、色々な鉱石で〇〇してみましたシリーズが並んでいるのに、肝心の魔法に関する書籍が少なかったのだ。
それでいて魔法書は初級か中級のみで、あとは本と言うよりも、幾つかの論文をまとめたものを一冊として、表紙を付けて並べてあるだけだった。
「あるとしても論文だけって……こんな怠慢が許されるのか? それよりもオルフォードさんに、邪魔をされていると思えてくる……ここに連れて来られた時点で嵌められたのだろうか?」
「それはないと思いますよ。きっとこの中にも有用なものはあります」
「そうです。仮にオルフォードさんが嫌っていたとしても、いくら嫌われていたとしても、何処かに手掛かりはある筈です」
二人に呟きが聞えたみたいで、励ましてくれる。
「リディア、あまり嫌われているって連呼しないでもらえるか? とても切なくて、精神的にグッとくるものがあるから。それより何かオルフォードさんや魔術士ギルドのことで知っていたり、感じたりしているのか?」
怒っていないところを見る限り、そうだと思っていたのだが、二人は少し困った顔をしながらも教えてくれた。
「特別なことではありませんが、ルシエル様が修行中に私達に教えてくれたんですよ」
「何事にも無駄はなく、積み重ねることが最良への近道です」
ナディアに続きリディアも微笑みながら頷いた。
しかしそんなことを言った覚えはないし、そもそも何かを二人の前でしたことはなかった筈だ。
「そんなこと言ったか?」
きっと俺は不思議な顔をしているだろう。
そんな様子を見て二人は笑いながら、教えてくれる。
「いえ、実戦されていましたから。ブロド様とライオネル様との対戦は勿論、魔物相手でも、同じ手で簡単にやられないこと、諦めないことを教わりました」
「治癒士があれだけの戦闘技能を身に付けるのは、一朝一夕で成し得ることではないです。それにこれだけの本があるのですから、ルシエル様の能力を戻すきっかけが、どこかに必ず眠っている筈です」
確かにオルフォードさんを含めて、重要なものは隠されたかも知れないが、価値なんて人によって変わる。
それを信じることにした。
そしてお礼を言おうとすると、何故だか照れくさくなってしまう。
「…………ありがとう」
今までは平気だったのに、急に思春期がぶり返してきた感覚になり、もの凄く恥ずかしくなってしまった。
しかしそれと同時に、何故か凄く喜んでいる自分もいることが分かるのだが、それが何故だか分からなかった。
「私達も微力ではありますが、お手伝いさせていただきますから、鍛錬だと思って頑張りましょう」
「邪神に立ち向かえる胆力をお持ちのルシエル様なら、きっと成し遂げられる筈です」
二人の言葉が胸に染みる。
どうやら俺も単純な男のようだ。
異性から応援されるとやる気が溢れてきた。
「二人ともありがとう。そして力を貸してほしい」
「「はい」」
こうして二人の協力を得て、資料漁りが始めるのだった。
属性についてはナディアが、詠唱についてはリディアが調べることになり、俺は魔力と魔法の仕組みについての資料を、徹底的に調べることにした。
気になったところには羊皮紙に書き写す作業して、後でそれについて三人で話し合うことにした。
読んでも無駄な本が多かった。
ナディアとリディアの言葉で前向きにはなったのだが、久しぶりに文字を見続けると、さすがに眠くなってきてしまった。
「いくらやる気になっても、ヒントが隠れているなんてことは……」
急に一冊の本が目に止まった。
魔力を魔法として捉えたものではなく、身体能力を一気に引き上げるだけのものとして、真面目に研究されている論文をまとめたものだった。
体内の魔力を高速循環させることで、身体強化だけでなく全てのステータスを上げることが出来る。
しかし、その反動は無理矢理に引き出していることに変わりはなく、普通の人間が多用出来るものではない。
「何だか今更だな。回復魔法を失った俺には身体強化も許されないってことか」
論文にツッコミながら、先を読み進めると簡単にヒントを発見してしまった。
先程の体内の魔力を循環させるのではなく、身体の外にある魔力を使用したとしたら、どうなるかの実験もされたようだ。
続きが気になってページを捲って見ると、そこには失敗、消失、爆発の文字がたくさん書かれていたが、中には成功例も記述されていた。
「成功例は魔力が他者からも視認出来るほどのものだったが、それで身体強化が上がったりすることはなかった……あれ?」
結論として、自分のものではない魔力を干渉することは出来るが、いかに干渉出来るかは、魔力制御のスキルレベルによるところが大きいだけで締め括られていた。
しかし備考欄が存在していて、属性を持たない者が、属性魔法を発動させることについての研究をすると書かれていた。
「属性がなくても魔法が使えるって、魔道具を通してなら魔法が発動出来るってことか?」
早速このシリーズの続巻があると踏んで、書庫を見て回るのだが、目に付くところには全くなかった。
「考えられることは隠されているってことか? もしくはこの論文が評価されないで、研究費が出なかったのかもな?」
いつまでも固まっているのは時間が勿体ないので、神頼みしてから先程のように気になる蔵書があれば、ピックアップしていくことにした。
「あのルシエル様、その本の山は?」
俺はあの後気になる本を片っ端から集めて来たのだ。
ナディアの言葉にただ笑って返す。
「……しかも魔法とは関係ないものまで……どうなされたんですか?」
しかしリディアの、頭がおかしくなってしまったのでは? そんな意味合いが込められて言葉は、さすがに少し悲しかった。
「先程、調べている時に、役に立つ情報があったんだ。それが何となく気になる本だったからさ。他の書籍はタイトルに惹かれて見てみたけど、全然駄目だったんだ」
「それで気になる本ばかりを集められたのですか?」
「……分からなくもないですが、少し量がおかしいです」
二人は呆れてしまってはいるが、この作戦自体を咎めることはなかった。
彼女達の方も役に立つ目ぼしい情報がなかったのだろう。
「……ヒントがあって嬉しくてさ。まぁ一度に見られる量ではなかったな。でもきっと、これらは見たほうが良いと思う……」
冷静になれば、一気に読める量ではなかった。
それを無意識にやっていたことに、恥ずかしさが込み上げてくる。
「それは良かったですね。ですが、こちらはまだ収穫はありません」
「こっちもないです」
二人はそれを流してくれたが、少し疲れている感じだったので、お茶の時間にすることを提案してみる。
「二人とも休憩にしようか。ここでの飲食は駄目だろうから、一度部屋に戻ろうか」
「ルシエル様、本日食事に関しては問題ないのですか?」
リディアは少し迷った感じで聞いてきた。
そういえば、食事の準備もあるんだった。
まだ倉庫のものを見たわけじゃないし、今日ぐらいは出来合いでいいだろう。
「ああ。出来合いのものがまだまだあるからね」
「だったらまだ頑張ります。私も精霊士として、もっと魔法を自由に使ってみたいので」
「私はジョブが剣士だったので、魔法を諦めていましたが、目標の為に頑張ります」
二人はそう言って、自分達の作業に戻っていった。
二人の方が一生懸命かもしれないと思いながら、俺は片っ端から書籍に目を通していくことに決めた。
「二人ともお茶の代わりに、飴をあげよう」
「「飴ですか!!」」
二人は糖分が欲しかったのか、直ぐに近づいてきた。
その勢いが凄まじく、少し吃驚した。
「あ、ああ。ハチミツで作った試作だったんだけど、食べる機会があまりなかったから」
「「ありがとうございます」」
ナディアとリディアは双子並みのシンクロで、ハチミツ飴を口の中に入れると瞬時に回復していき、とても良い笑顔になった。
その顔を見て、前世で二人を好きになったのかを、ふいに思い出した。
そして胸の高鳴りが二人にバレないようにハチミツ飴を口に入れた。
治癒士のジョブを失ったことで、様々な欲求に表面に現れてきていることに、俺は戸惑いを隠せないでいるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。