175 過去の噂とその結果
魔法の修練場で数時間の魔法訓練を受けたのだが、誰一人発動……詳しく語るのであれば、リディアは発現させることは出来た。しかし精霊魔法だったので、ノーカウントになった。
そんな俺達をオルフォードさんは黙って見つめているだけだった。
「ちょっと良いかのぉ?」
考えていることが顔に出てしまったのか、真剣な顔のオルフォードさんから、指導を受けられるのだろうか? そう思っていた。
しかし掛けられたのは予想外の言葉だった。
「そろそろ昼の時間じゃ。その後に御主達の宿泊する部屋へ案内しよう」
気がつけば確かに数時間は過ぎていた。
しかし何一つ形にならずにそれを、ましてや何の指導もしてくれなかった人物から言われたら、素直に頷くことが出来るだろうか? 俺には難しい。
「……あの魔法の修練は?」
「あまり根を詰めると却って失敗するものじゃ。ついて来るのじゃ」
オルフォードさんはそう言って扉の方へと向かっていく。
師匠然り、ライオネル然り、目的の為に徹底的に鍛え上げていく、そんなスタイルが身についてしまった俺は、飄々とするオルフォードさんに固まってしまう。
それはナディアとリディアも同じようで、困惑した表情で俺に意見を求めてきた。
「ルシエル様」
「どうされますか?」
二人の顔を見て思う。
きっと二人がいなかったら、反発して魔法が発動出来ない要因を探していただろう。
ただそんな態度を取るのは、子供がすることだと思うことにした。
「……これ以上続けてもいきなりの成長はないし、今はオルフォードさんに従おう。これから長い期間同じように過ごすことになるかも知れないが、宜しくお願いします」
「「はい」」
葛藤が顔に出てしまったのか、二人は顔を見合わせた後で、笑って頷きながら、揃って返事をしてくれた。
それに頷き、オルフォードさんを追うのだった。
魔術士ギルド本部の見取り図では、あの簡易的な受付があった場所を中心として、東西南北のセクションに別れている。
南が各国へ続く魔法陣、西が今から行く食堂や宿泊施設、東が売店や図書館、北が魔術士ギルドの講義室になっている。
簡易的な受付の後ろにあった階段を上るには、魔術士ギルドである程度の権限を持っていないと、行き来することは出来ないらしい。
そのために地図には空白が目立っていた。
階段を下るに従い、研究所施設も不味いものになっていくのだが、これも立ち入り調査が十日に一度行われているらしい。
そのことを思い出しながら、西側の食堂へと向かって歩いて来たのだが、違和感があった。
「質問なのですが、何故誰ともすれ違ったりしないのでしょうか?」
各国の無駄な衝突を避けるために食堂、宿泊施設は別々のフロアになっている。
そう記載されていたが、各国から来ている筈の研究者や魔法士と鉢合わせることは勿論、職員とも会うことがなかったのだ。
「人に会わないルートを通って来ているのだから、当然じゃ。御主も人とはなるべく会いたくないのであろう?」
「そういう事でしたか。ご配慮いただき感謝します」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ただの
色々と心配になる。
建物も人が住んでいないと直ぐに駄目になるというし……。
だけど、運営側からすればもっともな話だった。
「……来ないところに人事を割いても意味は無いですからね」
「うむ。まぁ十年程前にそれを教皇様に告げた時は、色々と大変じゃった」
「……そうですか」
その哀愁が漂った姿に少し同情してしまい、これ以上の詮索を止めることにした。
そして通された食堂は三十人程が使用出来るほどの広さだったのだが、ここで一つ問題が起きた。
「ルシエル殿、実は調理する機材や食料は全て揃っているのだが……」
どこか言い辛そうなので、聞いてみる。
「どうしたんですか? 一応出来ることはしますが?」
「おおそうか。実は調理出来る人材がこちらに居なくてのぉ」
「……調理スタッフを入れられなかったのですか?」
「うむ。治癒士ギルド発祥の地である聖シュルール協和国を、魔術士ギルドが良く思っていないと、噂が流れたことがあったのじゃが……」
「まさかその噂で?」
「うむ。先も話したが、聖シュルール協和国からネルダールへと、訪れるものがいなくなっていたこともあってのぉ」
半世紀も前の話だが、教会に迷宮が出来てしまったことは、やはり色々なところに影響を及ぼしていた。
だが、職員が働きたくないと思う職場だとするのなら、デメリットになる何かがないとそんなことには普通ならない。
「……もしかしてそのタイミングで、怪我人や査定で減俸、昇進が見送られたなんてことは?」
「良く分かったのぉ。その通りじゃ」
「それはそうなるでしょう。全てはタイミングが悪かったのか」
感心するようにこちらを見て頷くオルフォードさんだったが、きっといつの時代、どこの世界でも同じようなことが起こればそうなるだろう。
しかし職員が自分で移動届けを出しても、そうなるなんてことがあるのだろうか?
何か悪意を感じるのだが、きっと聞いても教えてはくれない気がした。
まぁ当時の聖シュルール協和国に関しては、聖属性魔法に他属性魔法を操り、能力が高いと言われている聖騎士に神官騎士がいたのだから、その絶対的なパワーバランスを崩そうとして、何処かの国が動いても不思議ではない。
そう考えると、イエニスから治癒士ギルドがなくなった時期とリンクする。
まぁそれだけは本当にただの偶然であって欲しいが……。
俺は気持ちを切り替えて食事をどうするのかを聞く。
自分で作るのもいいし、二人も何だかんだあって、料理が好きなったようだし。
「それで食事は自分達で作れば良いんですか?」
「そうしてくれると有り難い。食材自体は数十年前の物だが、食料庫は魔法袋のように時間が止まっているから、問題はないはずじゃ」
その発言を聞いてそれを食材として使いたくなる人が居るなら紹介して欲しい。
だけど半世紀以前のものだったら、グルガーさんやグランツさんは飛びつくものもあるかも知れないと思ってしまうのだった。
「……少しお腹が空いていますから、調理は今夜からにしますよ」
俺がそう言って魔法袋から出来合いの料理を出すと、ナディアとリディアがホッとしたのが見えた。
「ほう。中々美味しそうな料理だのぉ」
「……良ければどうぞ」
「そうか? それならばご相伴にあずかるかのぉ」
当然のように一緒に食べるこの人は、やはり魔術士ギルド本部のギルドマスターなのだと、改めて思うのだった。
こうして俺達は食堂に移動した後、四人で食事を取り、宿泊施設へ移動することになった。
「ここも掃除はしてあるが、ずっと使われていなかったのじゃ。勿論じゃが、部屋は男女別になってあるから安心するのじゃ」
「……何でこちらを見て言うのでしょうか?」
「何となくじゃ」
その人をからかうような笑顔に、さすがにイラッとしたのは仕方ないことだろう。
「そう言えば、ベッドなどは時が流れているでしょうから、痛んでいるのでは?」
「それは交換時期がきたら全て変えているから心配はしなくて良いぞ」
「そうですか」
そういうところは責められない様にしっかりしている。
案内を受けた部屋は1LDKだった。
簡易的なキッチンとダイニング、広々としたリビングがあり、ベッドルームがあるのだった。
「私が教会で使用している部屋よりも広いですね」
「そう言ってもらえると助かるのぉ。さて魔術士ギルドの基本的な紹介はこれで終わりじゃ」
「ありがとう御座いました。ちなみに外出はどうすればよいのでしょう? 一度魔術士ギルドから出て、東西南北にある町を見てみたいのですが?」
「そうじゃな~、まぁ最初は儂もついて行こう。ネルダールは基本的に偏屈なものが集まるから、一見さんには少しキツイでの」
「分かりました。それでは日程が決まったら教えていただけると助かります。今後ですが、魔法の修練場と魔導書庫の往復になると思いますので」
「うむ。ちゃんとハチミツ酒は用意しておいてくれると助かる」
そう言い残して、オルフォードさんは帰って行った。
残された二人に今後のことを伝える。
「さっきオルフォードさんにも伝えたけど、その通りに動く。まぁ監視されているだろうし、オルフォードさんは姿も変えられるから、きっと気の休まるときはないかも知れない」
「何か対策を考えておいた方が良いでしょうか?」
「さすがに知らない魔法では対処に困ります」
二人がこうして真面目であることが、今の俺にとっては癒しになる。
「情報収集してくる場合は…………」
そう感じながら、簡単なサインを決めて対策を練るのだった。
「「分かりました」」
「調べたいことを調べ終わったら、魔術士ギルドの中庭へ行くが、その時は戦闘を覚悟して欲しい」
「「はい」」
二人は何を訊ねる訳でもなく、返事をしてくれた。
そんな二人に感謝しながら、昼過ぎでやることもないので、再度魔導書庫へと足を向けるのだった。
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