174 発動しない魔法と隠し事
魔導書庫で座学しながら、魔法についての分かり易い本をオルフォードさんが選んでくれた。
そしてオルフォードさんから見た俺の持っている属性は全部で聖、炎、土、雷の四種類と言われた。
どうやら本当に鑑定スキルを持っていたらしく、少し残念な気分になったのは内緒だが、精霊の加護は属性には関係なかったので、こちらは大いに残念だった。
オルフォードさんの講義だが、言われたのはたったの三つ。
「魔法に大切なのは、詠唱の理解を深め、事象を細部までイメージし、魔力を練って世界に干渉して発動させるものじゃ」
「以前治癒士ギルドで見た初級の魔法書にも同じようなことが書いてありました」
「イメージによって詠唱を変えていくと、良い部分と悪い部分が出てくるのじゃが、人によって違うので、それを個性と捉えて修練に励むのじゃ」
「「「はい」」」
ついでに二人の適性もオルフォードさんに見てもらったのだが、ナディアが雷と水と風の属性を持っていて、リディアは基本四属性の適性があると分かった。
すると、何故かやる気になって、二人の講師も引き受けたのだった。
しかし、待っていたのは講義という名前がついた朗読だった。
……詠唱や魔法陣のことを教えてもらいたいのに、何故か本に載っている内容を延々と喋るだけで、そのうち徐々に眠くなってきてしまった。
そのため俺はオルフォードさんに、魔法を誤って発動しても良い場所がないか教えてもらうことにした。
「自分に適性のある属性のレベルⅠの詠唱は全て覚えたので、何処か誤って発動しても良い場所はありますか?」
「ふむ、確かに実戦も必要じゃな。では、魔法訓練場に向かうぞ。このネルダールが出来たときからある、いくら魔法を放て壊れても瞬時に治っていく壁に覆われた、魔術士ギルドの自慢する訓練場があるのじゃ」
嬉しそうにオルフォードさんは笑うが、先程考えていたことと龍がいることで、どうやらこのネルダールが一体何なのか、正解が分かってしまった。
「宜しくお願いします」
だが、俺はそれについて口を開くことはしなかった。
口に出してしまえば、きっとそれが現実になってしまうと思うから……。
オルフォードさんを追って魔導書庫を出ながら、俺は後ろに続く二人のことを考えていた。
彼女たちは仮にも貴族の令嬢だったのだから、魔法を使用出来ると思っていたのだが、思い返してみても、今まで一切魔法を使用するところがなかった。
そう考えると適性があるのに魔法を唱えなかったのは、属性だけでなく、ジョブも魔法に関係しているのではないか? どうしてもそう思ってしまう。
そしてリディアも精霊魔法を行使出来るが、普通の魔法が果たして使えるのか? そのことに少し疑問があったのだ。
二人のステータスを閲覧したオルフォードさんが、それを指摘しなかったことにも疑問を覚えたが、全ては訓練してからだと自分に言い聞かせるのだった。
魔導書庫から歩いて一分程にある扉に入ってみると、そこには瘴気こそ漂っていないものの、まさにボス部屋を錯覚させる訓練場になっていた。
「どうじゃ? かなり立派に作られているじゃろ? ここでならどんな魔法放っても壊れることがないぞ」
「……ありがとう御座います。それじゃあ魔法が発現するまで、努力します。二人もまずはやってみよう」
こうして魔法の修練が始まったのだが、これはこれで楽しんで出来る。
そんな予感があった。
そう。予感だけはあったのだが、その期待は裏切られる。
全ての属性を通常詠唱、詠唱短縮、詠唱破棄、無詠唱、固有詠唱、魔法陣詠唱と試したのだが、幻想杖がそれを吸うように属性の光が溢れて纏わりつくだけで、一向に発動しないのだ。
「魔力を吸われているなら、何も持たないでなら発動出来るのだろう」
俺は気を取り直してトーチという、炎属性の魔法を発動してみたのだが、今度は身体に魔力が纏わってしまい、結局魔法を発現することが出来なかった。
何故か魔力は減っていることが分かったので、熟練度を見てみるが、属性の成長は一つも向上していなかった。
自分では打開出来そうにない問題を、少し迷ったがオルフォードさんに聞くことにした。
魔術ギルドの長なら、この現象も知っているのではないか? そんな期待があったからだ。
「オルフォードさん、魔法を詠唱するとその属性の魔力が纏わりついて、全く発動しないのですが、何かアドバイスをいただけないでしょうか?」
「……魔力をしっかりと操作しているし、制御のバランスも良い。しかし詠唱をそれだけ続けているのにも関わらず、魔法が発動しない者を見たのは初めてじゃ」
そんな取って付けたような言葉を、悩み顔で首を傾げながら告げてきたのだった。
それならば何か対策を教えて欲しかったのだが、何を言うわけでもなく、二人の魔法の修練を今度は見つめているだけだった。
「オルフォードさん、二つ……いや三つ質問があります」
「うむ。儂が知っていることなら答えよう」
質問されるのが嬉しいのか、にこやかに聞いてくる。
それを見ていたナディアとリディアも、後で質問するような感じがした。
「それでは、まず聖属性以外で、治癒魔法は存在しないですか?」
「あるぞ。光属性であれば。攻撃、補助、回復と全てをかね揃えている」
「ですが、それは勇者のみが扱えるものでしたよね?」
この人は色々と聞いてくるが、地味に転生者を探しているような気がしてくる。
「よく知っておるな。勇者は全ての属性を持つことが出来る。文献でもそう伝えられているのじゃ」
何がそんな嬉しいのかが分からないが、この人は本質的に人と喋るのが好きなのだろう。
そう思ったら、構えて話す必要性がない気もした。
その為、全て直球勝負の質問をぶつけることにした。
「……一般人が使えるものは?」
「聖属性魔法と水属性や風属性を混合させるなら、それも可能かもしれないが、古代にはあったかも知れんが、復元出来たという話もないのぉ」
「過去には?」
「分かっておらん。」
オルフォードさんは静かに首を横に振り、長いヒゲを触る。
「そうですか。まぁそうですよね。知っていたら誰かが教えてくれていただろうし……では、次の質問なのですが、俺がうまく多属性の魔法を扱えないのはジョブの影響を受けている可能性はありませんか?」
「それはない。ジョブ自体が変わったとして、多少は発動に無駄が生じる場合もあるが問題ない」
オルフォードさんの顔には自信が満ち溢れていた。
そう考えると、教皇様がこのことを知らなかったというのが、些か気になった。
まぁそう考えると、俺が魔法を使うために何かが足りないのか、それとも龍や精霊の加護を貰い、楽をして属性を増やしたことが関係しているのか、頭がこんがらがり始めてしまう。
ここら辺は後で魔導書庫の中から、この情報が載っている本を探してみることにした。
そして最後の質問をする。
「最後の質問ですが、この訓練場の作りは迷宮と酷似していますが、何故か理由を知っているのであれば、教えていただきたいのですが?」
そう訊ねると、一瞬だけだったがオルフォードさんの顔が固まり、明らかに強張ったのを感じた。
「ふむ。実際のところは分からないが、もしかすると迷宮を参考に作り上げたのかも知れんな」
しかし直ぐにいつもの笑顔を貼り付けて、この問いにはぼかして答えるのだった。
「そうですか。ちなみにここと同じような訓練場は、後いくつあるんですか?」
「……たしか三つだったと思うが、何故そのようなことを?」
「ここでは調べたいこともありますから、当面の間は滞在する予定でいます。ただいつでも修練場が使用出来るわけでは無さそうなので、聞いてみました」
同じような訓練場があれば、そこに龍の封印門が現れているのではないか? その仮説を馬鹿正直に話す必要がないので、今回は誤魔化すことした。
「そうか。何処のエリアも大体は、魔術ギルドの地図をかざせば通れるから、安心してよいぞ」
「ありがとう御座います。また何かあったら、質問させていただきます」
俺は今後のことを考えながら、魔法の修練や魔導書庫の蔵書で勉強していき、ナディアとリディアを連れて噴水まで行く機会を伺うことにするのだった。
お読みいただきありがとう御座います。