171 いざ魔法独立都市ネルダールへ
まだ
「二十四時間空いている施設は便利ではあるな……働いている方は大変だろうけど」
三人を見送った俺は一度私室に戻ることにしたのだが、帰る途中で後ろから声を掛けられた。
「ルシエル君」
「おはよう御座います。ルミナさん」
振り返った場所にいたのはルミナさんだった。
「ああ、おはよう。昨夜帰還したと聞いたのだが?」
「はい。ご挨拶出来なくてすみません。食事を取ったらまた直ぐに聖都を離れることになります」
「それは忙しそうだな。時間があるのであれば、模擬戦でもと思ったのだが……今度は何処へ向かうのか聞いても?」
ルミナさんは本当に残念そうにしながら、話題を変えてくれた。
本来なら模擬戦ぐらい構わないけど、怪我をしたら回復することが出来ない状況では断るしかない。
「ネルダールへ行ってきます。実は魔力属性が増えたので、一度魔法のことをきちんと勉強したいと思って教皇様へお願いしていたのです」
「そうか、他の属性の魔法を覚えるのか……そうなるとジョブを変えるのか?」
治癒士って聖属性しか使用できないのだろうか?
そう思いながら、少し濁して伝える。
「それも保留中です。聖属性魔法が使えるジョブに成れればいいのですが、それこそ聖騎士とか」
「フフッ、それは面白いな。それが現実になるのであれば、聖騎士隊でルシエル君の取り合いになるだろう」
「……想像すると少し怖いですね」
サークルの誘いを思い出し、あれよりも殺伐とした取り合いにされる未来が見えてしまった。
俺は頭を振って、妄想を断ち切る。
「それだけ人気者だということだ。それでは訓練に行ってくる」
ルミナさんは笑って、先へ行こうとしたところで、応援をする。
「ええ、頑張ってください。あ、最近魔族に変わる村人を見てきたのですが、いきなり魔族化するので、遠征へ赴かれる際には村の中でも警戒を怠らないでください」
「……助言ありがたくいただいておく」
そしてルミナさんは訓練場へと向かって行くのだった。
「キスのこととかは、全てが片付いてからじゃないと考えられないので、すみません」
俺は去っていたルミナさんに頭を下げるのだった。
朝食の際にエスティア、ナディア、リディアと合流したのだが、
ナディアやリディアは見られることに対して、慣れがあるようだったが、エスティアは今日も顔色を悪くしていた。
「エスティア、昨夜は眠れたか?」
「……あまり眠ることが出来ませんでした」
首を横に振り、顔を両手で覆った。
「……それはメラトニのことが原因か? それとも別のことか?」
「……両方です」
何とか搾り出したその小さな声には、怯えが混じっているように感じた。
「……そうか。教皇様にも伝えておく。一応メラトニの件は落ち着いた時にでも聞かせてくれ。それとこの状況に慣れろとは言わない。頑張れ。どうしようもなくなった場合は、遠慮なんてしないで、フォレノワールと教皇様に泣きつけ」
「……はい」
俺の無茶苦茶な発言に、両手で覆っていた顔をこちらに向けて、笑って頷いた。
そのぎこちない笑いには、少しだけ元気が戻ったような気がした。
「よし……ナディア、リディア。この度は二人を強制的に同行させることになり、大変申し訳ない。二人に対する配慮に掛けていたと思う」
俺はエスティアの話で勢いをつけてナディアとリディアに謝罪を述べた。
ただし頭を深々と下げるタイミングで、周囲の目があることに気がついて、会釈程度に止めることになった。
「驚いたのは事実ですが、実はネルダールには昔から一度行ってみたかったんです。ですから、今回のお話はとても嬉しいのです。こちらこそありがとう御座います」
「お姉様も私も英雄戦記を読むのが好きで、それで浮遊都市を知ったのですが、残念ながらブランジュでは、ネルダールへの渡航を許されるのは王の許可が必要だったので、子爵家の娘である私達ではそれは叶いませんでした。だから本当に嬉しいです」
二人は俺の謝罪に対して、本当に気にしていなかった。
それどころかネルダールに対して、強い興味があったらしく、逆にこの展開を望んでいたとような節があり、お礼を言われてしまった。
少し前までの罪悪感が晴れたのは、言葉だけでなく本心から言っているのだと理解出来たからだ。
それと同時に、二人の表情を見ていなかったことに気がついた。
自分にどれ程余裕が無くなっているのかを、改めて思い知らされた気がした。
「……そう言ってもらえると助かるよ。ネルダールへ着いたら、二人にも魔法を勉強してもらうことになる。だけど基本は自由に過ごしてもらうことになるだろう」
「宜しいのですか?」
「従者としてついて行くのですよね?」
二人は驚いていたが、ネルダールは非戦闘謳っているのだから
「ああ。それでも基本的に何かを強制することはしない。ただ一点だけ頼みがある。ネルダールに着いたら、直ぐにネルダールの中心地にある噴水へ向かう。そこで戦闘になるかも知れないから、それだけは覚悟しておいて欲しい」
「戦闘……小競り合い程度なら問題はないでしょう」
「今度こそ役に立ってみせます」
二人は貴族の令嬢というよりは、まさに高ランクの冒険者だと堂に入る感じで、とても頼もしく思えた。
食事を終えた俺達はルミナさん達が来る前に、教皇様の間へと再び足を踏み入れた。
「……それでフォレノワールよ。出会って直ぐに何故頭を噛むんだ?」
入室してから口上を述べようとした時、歩み寄ってきたフォレノワールがいきなり頭を甘噛みしてきたのだ。
俺の声を無視しながら、フォレノワールは噛むことを止めなかった。
その後、諦めた俺はフォレノワールにされる好き勝手される状態になっていたが、どうやら満足したようで教皇様の横へと移動してくれた。
「教皇様を前に失礼致しました」
「よい。きっと相棒との別れが寂しいのであろう」
教皇様はそれを笑って許してくれた。
「ブルルルウ」
フォレノワールはそれを聞いて、少し不貞腐れるような態度を取った。
現在この場にいるのは、俺達四人と教皇様とフォレノワールだけだ。
「まぁフォレノワールを当面の間お預かりいただきますので、こちらも一緒にお預け致します」
「これは鍵?」
「はい。魔法具である隠者の鍵です。鍵を回すと厩舎が現れるもので、その中へ入ればフォレノワールが餌や身体のケアがされる効果があります」
「便利なものがあるのだな」
「ええ。旅をする時には重宝しています。今回の遠征という名目でネルダールに赴きますが、実際どれぐらいの期間を向こうで過ごすことになるか、まだ予想が出来ないので……教皇様に預けさせていただきます」
「うむ。フォレノワールのことは妾に任せておくが良い」
さすがに教皇様がいる部屋にずっと居させるのも限度があるし、それにフォレノワールもストレスが堪るだろう。
エスティアに管理を任せても良いが、それだとエスティアがフォレノワールに依存してしまうのも怖かったのだ。
だから、管理を教皇様にお願いしたのだ。
「宜しくお願い致します。それと一点ですが、人見知りで、人の視線に慣れていないエスティアのことも重ねてお願い申し上げます」
「よい。精霊の加護を持つものに対して、精霊王の加護を持つ者が相談に乗るのが普通じゃ」
今朝の件をオブラートに包んで頼んだら、教皇様は笑って頷いてくれた。
その姿を見て呆けそうになるのを我慢して、ネルダールへの転送をお願いした。
「それでは駆け足となってしまいましたが、教皇様、転送をお願い致します」
「うむ。それではついて参れ」
教皇様はこちらから見て右の部屋へと移動していくので、俺達も追いかけていく。
教皇の間で転送魔法を使うと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
隣の部屋の中には窓もなく、燭台に付けられたロウソクが燃えている以外は、床に魔法陣があるだけの部屋だった。
「この薄暗いところが?」
「そうじゃ。空気中の魔力と混在してしまうことを防ぐための作りじゃ」
これを作ったのはレインスター卿なのだろう。
本当に驚かせてくれる。ただあの人が時空魔法を取っていたのなら、時空流離も出来たんじゃないのか?
そう考えると、彼なら邪神を何とかしてくれたんではないのだろうか?
そんなことを考えてしまったところで、教皇様の指示に従い、魔法陣の中央へ移動した。
「向こうへついたらこれを渡せば問題ないのじゃ」
そう言って渡されたのは一枚の手紙だった。
「これを誰に届ければ?」
「ネルダールを管理している魔術ギルドの長だ。きっと力になってくれるであろう」
「ありがとうございます」
教皇様は笑って頷き、杖を魔法陣に突いた。
魔法陣が白く発光していき、全てを白く染め上げた瞬間、俺はとても不思議な感覚に陥った。
まるで空中に留まっている……正に無重量状態を体験しているかのように、地に足がついていないそんな感じだったのだ
そして徐々に光が収まると、教皇様に送ってもらった場所に酷似した、薄暗い部屋だった。
念の為に目を瞑り気配と魔力を感知すると、教皇様の魔力などは感じられなかった。
その代わり多くの気配がすることが分かり、転移したことを実感した。
「二人とも大丈夫か?」
「はい。少しだけ変な感覚になりましたが、問題はありません」
「私も大丈夫です」
二人がそう答えてくれたので、問題ないことを確認してから、目の前の扉を開いた。
扉を潜って出た場所は、日の光がとてもきれいに入り、感嘆させる程美しいと思える部屋だった。
「これは凄いな」
「素晴らしいです。これほど美しい装飾を見たのは生まれてから初めてです」
「もう天空都市にいるんですもの……本当に綺麗」
レインスター卿、転生者でも貴方は別格過ぎるよ。
「部屋が八つあるな……全ての国を足しても余るが……」
いつまでも見続けている訳にもいかないので、周囲を確認してみる。
すると、俺達が出来てた扉と同様の扉が、他に七つあった。
計八つの扉を見て、全てが転送陣なのかは分からないので、その思考を打ち切り、探索へと乗り出すことにした。
「まずはネルダールの中心地、もしくは魔術教会を探そう」
「「はい」」
少し不安になりながらも、無事にジョブを開花さると意気込み、入り口とプレートの掛かった扉を開いた。
お読みいただきありがとうございます。