170 失ったものを取り戻すために
メラトニから旅立った俺達は、夜通し馬を走らせ魔族がいた村に到着し、そこで一泊してから聖都へ帰還することにした。
村は魔族がいた影響が出ることもなく、落ち着いた様子で俺達を歓迎してくれて、新しい村長と挨拶を交わしただけで、特にすることはなかった。
運の良いことに怪我人などはおらず、ゆっくりと休むことが出来たのが幸いだった。
翌日はゆっくりと出発した俺達は聖都が見えてきたところで、馬車を止めて聖都へ入ったのは日が落ちてからだった。
今回の帰還は極秘にするため、更にローブを目深に被って冒険者カードの聖都へ入り、全力で聖都の中心を駆け抜けて、教会本部まで誰にもばれることなく帰還することだった。
そして実行に移したのだが、これが修行による賜物というやつだろうか? 誰にも声を掛けられることはなかった。
それについて喜んで、皆の合流を待つ。
実は中心地を駆け抜けたのは俺だけで、皆は後ろから歩いての合流することになったのだ。
皆は俺の従者だと顔が割れている気がしたのだが、それについては首を傾げるしかなかった。
まぁこんなに面倒なことをしているは、俺の認知度が高過ぎることが影響していると半ば諦めているが……。
仮に怪我を負った住民に捕まったら、何の対処も出来ないし、魔法を発動せずにポーションを使えば、変な噂が立つかも知れない。
それを考えれば、仕方ないと思える。
まぁ全てはこの作戦を考えたのが教皇様で、断るわけにもいかなかったのが本音だ。
「ルシエル様、早くなりましたな」
合流をしてライオネルがそう労ってくれた。
「ライオネルと師匠のおかげだ」
俺は笑ってライオネルに声を掛け、教会本部に足を踏み入れた。
受付で帰還をしてことを伝えようとしていると、事前に連絡していたためカトリ-ヌさんが出迎えてくれた。
「ルシエル君、お帰りなさい。教皇様から出迎えるように言われたのだけれど、何かしたの?」
何処か窺うような視線が気になるが、とりあえず挨拶をして、相手の出方を窺う。
「カトリ-ヌさん、帰還しました。……何かとは?」
「教皇様が少し焦っているように見えたから」
教皇様が焦るってことは、聖属性魔法を失ったのがS級ランクの俺だからだろうか?
まぁこれ以上は踏み込まれないように本質をズラして話すことにした。
「……そうですか。まぁ話していいか分かりませんが、旅先で少し厄介ごとに巻き込まれてしまって、魔族の話を聞いていませんか?」
「魔族の件? 聞いているわ。確かに当時は驚いたけど、あれからもう二ヶ月も経っているのよ?」
「実は今回、グランドルへ遠征することになっていて、なんとそこでも魔族がいたんですよ。それもかなり強いのが……」
「それって本物?」
「本物って?」
窺うように聞いてくるが本物と聞くのだから、偽者もあるのだろうか?
「前の魔族の死体は複数あったでしょ? こちらで処理したけど、一つ以外は時間が経っていくごとに人族に戻っていったの。それからアンデッドにならないで、翌日には溶けてしまっていたのよ」
魔族化……ヘタをすると邪神のアンデッド化よりも有用そうではあるけど、あれは発動したら意識が直ぐになくなった。
「……作られた魔族かも知れませんね。ですが、今回の魔族は時間が経過しても、そのままでしたから、後でそちらに回す可能性があります」
「そうなの。あ、ごめんなさい。それじゃあ教皇様のところへ行きましょう。皆さんも同行させるよう承っていますので、どうぞ」
俺は何とかカトリーヌさんに事実は告げずに切り抜け、教皇様のいる教皇の間に訪れた。
さすがに本当のことは伝えられないし、嘘をつくことも躊躇われたので、ホッと息を吐きカトリーヌさんの後を追った。
いつも通り教皇の間に俺達が入るのと同時に侍女達は外へ出ていくが、今回は何故かカトリーヌさんが出て行かなかった。
俺が不思議に思っていると、教皇様から声が掛かる。
「ルシエル、良く生きて帰還してくれた」
「はっ、暖かきお言葉ありがとう御座います」
凜とした空気感の中で、聖属性魔法を失った俺を招いてくれたことに感謝する。
しかし次の言葉で教皇様に対する信頼は一気に低下した。
「うむ。それで早速本題に入る前に、ルシエルよ、カトリーヌには全て話を通してある」
「……全てとは?」
まさか全て話してしまったのか? いくら教皇様とはいっても、こちらの了解をとらないなんて……。
「禁術を発動して、自分の師と従者を邪神の手によってアンデッドにされたものを甦らせたと……その代償が治癒士生命を」
全部話してしまっているとは……仮にジョブチェンジがうまく行かなかったら、念の為にライオネルをイエニスに逃がすか。
それとも……。
「……なるほど。では、受付でわざわざ会話をしてきたのも?」
「そう。何故ルシエル君が戻って来たのか、周囲がそれを勘繰る可能性を少しでも減らすためよ」
「それなら事前に教えてくださいよ。あまり隠し事は出来ないので、焦りました」
「ルシエル君は嘘や隠し事をしようとすると、顔にはださないように気を使っているけど、目に動揺が現れるからすぐに隠し事をしているのは分かるわ」
カトリーヌさんはそう言って笑ったが、あまり気分のいいものではない。
それにしてもこの世界に来てから、対人と駆け引きあるトークをしていないことで、意識していないと感情を読み取られる恐れがあることに気がついた。
唯一それだけが救いではある。
「教皇様、それならば早急に本題に入らせていただきます。ジョブを昇華もしくは変更していただけますか?」
「うむ。それでは以前も話したが、座禅をして心を落ち着け、目を瞑るのだ」
「はい」
俺は言われたとおりにして、教皇様の手が俺の額に触れると、身体が温かくなってきたところで、教皇様は一言告げる。
「聖属性魔法を使えるようになる聖騎士、治癒士、神官などは一切なく、治癒士として再度やり直させることを思いついたが、それも出来ない様じゃ」
さすがに覚悟はしていたが、やはりショックは大きい……それでも……。
「……分かりました。それでは以前にお願いした魔法独立都市ネルダールへ行かせてください」
「……もっと落ち込むと思っていたのじゃが、ルシエルは強いのだな」
教皇様はそう笑うが、こっちにしてみれば死活問題だから、早急に治す手立てを全て試したいのが本音だった。
「それで?」
「転送ゲートはいつでも開けるようにはしてあるのじゃが……問題が一つある」
「何でしょうか?」
「全員を同行させることが出来ない。多くてもルシエルを含めて三人だけじゃ」
転送の上限があるのは予想していたけど、三人とは少ない。
でもそれなら……俺は立ち上げって振り返り、皆に指示を出す。
「ライオネル、ケティ、ケフィンは地上に残ってもらう。後で個別に指示を出す」
「「「はっ」」」
三人は反対することなく頷いた。
これでライオネル達を恨もうとする者達が現れても、危険に晒すことはない。
毒殺など計画されては困る。あとは……。
「ナディア、リディアこちらへ」
「「はい」」
二人は俺の後ろに移動して、教皇様へ頭を下げた。
「この二人は?」
「はい。この二人は公国ブランジュの貴族でしたが、現在は冒険者として活動していました。グランドルで色々あり、同行してもらっています」
「他国の貴族の娘か……何か連れてきた理由があるのか?」
「はい。実はリディアは教皇様と同じく精霊王の加護を持ち、ナディアは龍神の巫女です」
それを聞いた教皇様は、やや呆然とした表情に変わる。
「なんと……本当にルシエルがすることは、父様のように驚かせる。それならば、こちらの精霊王の加護を持つものをネルダールへと連れていくが良い。きっと今後の手助けになる。それに龍神の巫女も同行するがいい。きっとルシエルの助けになるであろう」
教皇様が二人の同行を直ぐに認めた。
「分かりました。それではエスティアのことなのですが、どうすれば宜しいですか?」
「エスティアのことは妾に任せておくがよい。それと今回フォレノワールはこちらで預からせてもらう」
俺はエスティアを見て、確かにフォレノワールがいれば、精神が安定することを考えて頷いた。
「出発はいつにする?」
「明日の朝にライオネル達を見送ったら直ぐに、お願いします」
「そうか。カトリーヌ皆の案内を頼む」
「はっ。それではこちらへ」
カトリーヌさんが宿泊場所へ案内してくれることになりそうだったが、俺はフォレノワールを隠者の厩舎から出して行くことにした。
フォレノワールは出てきて教皇様と俺を見ると、俺の頭を優しく噛んで、教皇様の方へとゆっくりと移動した。
「うむ。ルシエルは好かれておるの」
「はい。フォレノワールは俺の相棒ですからね」
教皇様の嬉しそうな声に、俺もつい本音が漏れてしまった。
フォレノワールは反応を見せなかったが、尻尾が揺れていた。
こうして俺は私室へ皆は宿舎に移動することになったのだが、密かにライオネル達に声を掛けておいた。
「宿舎まで行ったら、直ぐに俺の私室に来てくれ」
三人は黙って頷き、カトリーヌさんの案内についていくのを見届けて、俺も私室へ移動した。
三人が俺の私室に訪れたのは、二時間ほど経ってからのことだった。
ノック音が聞えて出迎えた三人は、疲れ果てていた。
「一体どうした?」
「……我等が教会に入ったことが分かり、模擬戦の依頼や指導を強請るものが現れたのです」
……受付か? それともカトリーヌさんだろうか? 余計なことをしてくれるものだ。
「……悪かったな。俺が事前に対処してもらっておけば良かった。早速用件だが、これをライオネルに渡しておく」
俺はライオネル達に謝罪して、魔法袋を取り出して渡す。
「……魔法袋ですか?」
「ああ。実は師匠にも渡しておいた。これの中にはドランへの手紙と、ある程度の食料、高級ポーション、それと金と魔石が入っている」
「ドランに手紙となるロックフォードへ向かえばいいんですか? それならば魔法の鞄を貸していただければ、ことが足りますが?」
本当にライオネルは真面目で有能だ。
「正直なところ、直ぐにネルダールから戻れるとは思っていない。だからその間にドラン達へ頼んでおいた自分達の装備を受け取り、十全に使えるように……特にライオネルは鍛え直してくれ。二人はサポートを頼む」
その言葉に感極まったのか、ライオネルは膝を突いて臣下の礼をとる。
それを真似して笑いながら、ケティとケフィンが続いた。
「ルシエル様が戻られる頃には、また転がせる程度になっておきます」
「頼もしいな。俺も聖属性魔法を復活させないと、普通に死ぬからな何としても取り戻してみせるさ」
そうでなければ師匠やライオネルと模擬戦などもってのほかだし、無傷で済むとは考えられなかった。
「ライオネル様のことは任せるニャ」
「ルシエル様についていけないので、ネルダールで起きたことを後にお会いする時にお聞かせください」
ケティとケフィンは笑みを浮かべて了承してくれた。
俺はこの際にあることをしっかりと聞いておくことにした。
「……それで本当に主従関係のまま行くのか?」
そう主従関係だ。俺は公の場以外では、もう友人のように接したいと思っていたのだ。
「ええ。私は誰かに仕えている方が性に合っています。それに命の恩人でもありますから、今後もどうかこのままで」
「ライオネル様が仕える方に私も御仕えします……ニャ」
あれ? 何か語尾が遅れたか?
「私は奴隷を解放されたとはいえ、未だに罪の意識はありますし、ルシエル様に恩義がありますので、このままお二人同様、御使え致します」
ケフィンも更生したのは良いが、だんだんとライオネルに似てきてしまった。
見た目からすると、若返ったライオネルはケフィンとあまり変わらないから、こっちは良き友になりそうな気配はあるが……。
「俺への敬語を止めずに、こちらからの敬語を禁止するのか?」
「もう慣れてしまいましたし、ルシエル様もそのままの口調でお願いします」
ライオネルにそう言われて断れるわけもなく、俺は溜息を吐きながら了承するのだった。
「はぁ~、もういい。あ、そうだ。あと一つ頼みたいことがあったんだった。実は…………」
皆は俺の頼みごとを聞くと、渋々ながら了承して部屋を出て行くのだった。
これで当面の間は皆のことは心配ない筈だ。
今回ナディアとリディアに了解をとらないで、空中都市へ連れて行くことになり、本当に申し訳ないことをした。
それでも、もう少しだけ彼女達には付き合ってもらうことにする。
今回の件で嫌われるかも知れないが、俺はそれでも聖属性魔法を再び使えるようになり、彼女たちにも出来る限りのことをしようと誓うのだった
お読みいただきありがとう御座います。