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2019年02月08日

  

免疫

豚コレラの感染が拡大しています。法定伝染病に指定されていますので大きな騒ぎになります。法定伝染病に指定されると、強制的に感染拡大防止措置が取られ、そのかわり、国や自治体から補助金がでます。  

 

ひとたび発生となると封じ込めしかなく野生のイノシシの進入防止も含めた隔離と殺処分が基本となります。なぜワクチンを使わないのかという声があがるのですが、まず一般論としてワクチンは多くの方が信じているほど効果があるものではなく、また逆に危険も大きいものです。 豚コレラの場合は経口生ワクチンが開発されており使用実績もあります。 生ワクチンは不活化ワクチンと違ってある程度の感染予防効果が期待できます。 生ワクチンは毒性を弱めたウイルスを実際に感染させるもので、ワクチンを投与(接種)した豚は糞の中にウイルスをまき続けます。これが野生のイノシシなどに感染すると方々へウイルスを拡散します。 毒性を弱めているから大丈夫なのかというと、稀にリバータント(再強毒化)を起こすことがあり、そうなるとワクチンを投与したことによって新たな感染拡大となります。 900万頭の豚に接種して100万分の1の確率でリバータントが発生すると9頭が新たな感染源になりますが全国9箇所から新規の感染源が出現することになり大流行になる可能性があります。 では不活化ワクチンを使えばいいのかというと、一般に不活化ワクチンは大して感染予防効果がありません。使うなら生ワクチン、されど生ワクチンでリバータントが発生すると目も当てられない、また、ワクチンで完璧に感染予防というのは無理です。 ワクチンは伝播速度を遅くするのが目的であり、ワクチンさえうっておけば感染しないんだ、というのはよくある「大きな誤解」です。 それで疫病流行には「封じ込め」が基本なのです。 その上でワクチンをオプションで使うかどうかの判断となります。

 

ワクチンを投与すると(接種といいますが)抗体ができてウイルス感染を防ぐという説明が目につきますが、免疫学の常識として抗体、特に中和抗体はウイルス感染を防ぐ効果はほとんどありません。不活化ワクチンは一般に血中中和抗体を誘導しますが、日本では中和抗体の誘導をもってワクチン効果ありとしてしまうので承認取得となります。ところが、実際には中和抗体はウイルス感染を防げません。この点が海外から批判の的となっているのですが一向に状況は変わりません。  生ワクチンというのは抗体で感染を防ぐのではなく、毒性を弱めたウイルスに感染させて体内に毒性の弱いウイルスが活動を続けている間だけ、強毒性のウイルスの感染を妨害する干渉現象(インターフェアランス)を利用するものです。 ウイルス感染された細胞から飛びしてくる粒子が発見され、インターフェアランスを制御する粒子(オン)と考えられインターフェロンと命名された経緯があります。 ウイルスが感染して強い症状を発症すると感染症免疫が強力に発動し、体内からウイルスの一掃をはかりますが、ジワジワと弱いウイルスがゆるやかな感染を持続する場合は、微妙なバランスが維持されます。 CTLが誘導されウイルスに感染した細胞を排除し続けますが、全滅はしません。CTLはウイルス感染には重要な役割を果たします。 ウイルスそのものは攻撃しませんが、ウイルスに感染した異常細胞を殺します。感染症免疫の中でも特にウイルス感染において重要な機能をもつCTLをがん治療の主役と考えてしまったところからがん免疫治療が迷走したのですが、がん免疫の主役であるNK細胞はウイルス感染に関しては脇役です。

 

こうした科学的事実が浸透していませんので、いざ疫病発生となると「なぜワクチンを使わないのか」という抗議の声があがり、専門家はそんもの使ったら最悪の事態になるかもしれないと考えるわけですが、ワクチン使えの声が大きくなりすぎると抑えるのが大変になります。よくないから使わないのですが、ワクチンがいいものと思っている人々にはなぜ使わないのか理解できん! と感情の激突になります。

 

さて、豚コレラにはコレラという紛らわしい名前がついていますが、人間のコレラとは全く無関係です。豚コレラは人には感染しない(はず)と考えられています。

 

なぜ人には感染しないのか、と聞かれるのですが、ウイルスは感染する相手が概ね決まっています。豚のウイルスの大半は豚にしか感染せず、そもそもウイルスというのは感染する種が決まっているだけではなく、感染する相手の細胞のタイプも細かく決まっているのが通常で、ウイルスは一般に細胞表面の特定のレセプターに結合してそこから感染していきますので、やみくもに感染することはありません。 ほとんどのウイルスはほとんどの細胞に「通常」は感染しない、のです。 時折、種を超えて感染するもの、特に人獣共通感染を起こすものは大きな問題になりますので注目されますが、ほとんどのウイルスはそもそも問題を起こさず静かにしており、人々に存在を知られることもありません。 伝染病として騒ぎになるウイルスはウイルス全体からいえばごく少数の例外なのです。

 

説明が後になりましたが、人間のコレラは土壌細菌、バクテリアです。 豚コレラを発症するのは「ウイルス」です。 およそ何の関係もないのですが、どちらも下痢の症状がでることからそのような名前になってしまいました。 人間のコレラの場合は、元々、土の中に住む細菌がたまたま人間の消化管に入ってしまうと、これを追い出そうとして激しい下痢になるので脱水症状で亡くなる人がでてきます。コレラには細菌毒がありますが、毒で亡くなるというより脱水症状の方が危険です。 土壌細菌として「定住」している地域では何をどうやっても感染を繰り返します。 今のところ抜本的な対策は想像することすらできません。 感染しないように人間の側で注意するしかありませんが、どこにでも菌がいるわけなので完全に防ぐのは無理です。 一方、日本のように土壌中にコレラ菌が定着していない地域でたまに旅行者などが海外で感染してから帰国しても、大きな流行にはなりません。  かつてはコレラ流行地域へ渡航するにはワクチンの接種が義務付けられた時代もありましたが、今はそんなことはありません。 ワクチンにはほとんど効果がないことが知られるようになってきたからです。 そもそも口から入って消化管内で増殖するコレラ菌に対して皮下注射される不活化ワクチンに予防効果がないのは当たり前なのです。 ましてやコレラは何度でも感染します。 自然免疫が強い人は感染しない、であって、一度感染したら免疫(獲得免疫)ができるからもう感染しない、というものではないのです。 かつては1年の3分の1は海外出張という時期もありましたが、様々なワクチンをうつことが義務付けられ、接種した証明となるイエローカードを携行しないと入国を拒否されるのでやたらとワクチンをうっていました。 日本からひとつの国へでかけて戻るなら単純なのですが、Aという国へ入国してから、次にBという国に入国するのにA国経由の旅行者はXとYのワクチンをうっていないと入国が認められないが、Cという国へ入国するにはZのワクチンをうっていないと入国できない、でもA国ではなくD国から入国する場合は必要なワクチンが違う、、、、 という風になかなか面倒なものでした。 今日ではほとんどワクチン接種の義務はありません。  厳密にいうとワクチンではないのですが、ワクチンのように扱われているものの中に実際に感染予防効果が期待できるものがあります。破傷風トキソイドです。 他には、子供のときにうっているものとして、はしかのワクチンには明確な予防効果があります。 破傷風トキソイドは細菌毒素が強い免疫刺激をかける特徴があり、はしかのワクチンは非常に安定した弱毒性ウイルスを実際に感染させる生ワクチンです(感染を防いでいるのではなくて感染させるのですが、毒性が弱いタイプなので症状はほとんどでません。) 日本人はワクチンが感染を防ぐものだと信じている人が多いのですが、現実にはワクチンで感染を防ぐのはほとんどの場合むつかしいのです。 エイズのワクチンの場合、数十年徹底して開発が試み続けられましたが、全く成功しません。 また感染症の種類は山のようにあり、効果のほどはともかくもワクチンが開発されて一般に普及している感染症はたったの十数種類しかありません、軍用の特殊なものは別にしてですが。 市販のワクチン全部うっても全くカバーできていないわけで、たとえ効果があったとしても焼け石に水です。 感染症防止は衛生環境や食事、健康かどうか、そして危険な疫病が発生した際には人間であれば隔離政策、家畜であれば殺処分が基本で、大流行した時には封じ込めるしかないのです。

 

豚コレラが人間には感染しないものであっても国を挙げた大騒ぎになります。大変な騒動になり、どう動くのか官邸も直接関与する事態になります。もっと感染力の強いものに口蹄疫がありますが、こちらはもう世界が終わるかのごとき大騒ぎになります。放置すれば病気自体は自然に治るのですが、猛烈なスピードで感染が広がり、徹底した封じ込めをしないと世界中がまたたく間に感染地域になります。 カナダの一本のソーセージから広がった口蹄疫があっという間に世界に伝播したという事件がありましたが、感染力・伝播力はものすごいものがあります。 人間の場合、しばらく苦しくても寝ていれば治る、その間、少し体重が減ったとしても命に別状ないなら、やむを得ない、となりますが、畜肉動物の場合は下痢や呼吸器疾患による体重減少は死活問題となります。肉を増量させて売るのが畜産業のお仕事ですから、体重減少や体重増加効率の低下は何のために飼っているのか、という事業性そのものに直接打撃を与えます。 また、豚の場合は特に子豚の死亡率が問題になります。これが生産性に直結します。豚はストレスがかかると仲間の尻尾を噛み、感染症で死ぬものがでますので、抜本的対策と称し小さな子供のうちに尻尾を切り落とし、また大きな牙をもつのでこれも子豚のうちに抜いておきます。 麻酔などかけずに力づくで抜くのでかなり痛いと思いますがオスの場合は種豚に育てるもの以外はカミソリで切り裂かれた上に睾丸を取り出されます。 こういうことが相当なストレスになっているはずですが、ともかく死亡率を下げるんだ、は至上命題とされてきました。 口蹄疫が流行すると子豚の死亡率は跳ね上がります。 感染発生となると即座に殺処分となりますが、口蹄疫感染国となると輸出はできなくなります。 豚コレラの場合は著しい体重減少を招くだけではなく、成獣でも死亡するので感染したらもう家畜として飼い続ける意味はなくなります。

 

一方、家畜にもがんは多いのですが、全く問題にされていません。 がんになるのはほとんどが内蔵、精肉するのは筋肉ですから、関係ない、ですまされています。 人間にとって、がんは死活問題、下痢はまあしんどかったで済ます問題。  家畜にとって、がんは放置され、下痢は死活問題として取り上げられます。 

 

豚コレラも、殺処分にするくらいなら、精肉して食べたらだめなのか、というと、法令で禁じられているということもありますが、もし法的にOKであっても、そして焼き豚にしてウイルスはもういない、とやったとしても、これは豚コレラに罹った豚の肉です、飼料効率が悪くなっていますので少し値段が高いですが、品質には全く問題ありません、と表示すると誰も買わないでしょう。 私も食べません、値段が高いなら。 同じなら食べるかもしれませんが、病気になった豚は肉質がよくないかもしれません。 現実問題として、今の制度の中では売るわけにはいかないということです。 売るわけにはいかないものは、餌をやるだけ無駄になり、また排便を続けることでウイルスをまき続けますから、感染拡大防止のために速やかに殺処分することになります。

 

かつて年間2000万頭分以上の豚の内臓抽出物を取引していたのですが、そのころ、もう30年も前のことですが、日本の豚の質はよくなかったです。豚のワクチンや医薬品の臨床試験にも立ち会いましたが、日本の豚が成育する環境は極めて劣悪で、疾病も多かったわけです。 最近では、産地ブランドを盛り上げながら、大事に育てた豚とか、飼育の仕方もずいぶんと多様化しています。まあ、豚の体形や表情、あるいは膚の色艶というか毛並みなどをみれば誰でも一発で大事にされて育ったのか、ただの肉の塊として物扱いされて太らされたのか、すぐに分かるはずです。 日本は豚肉の輸入国でしたが、今や農業は日本の産業の中でかなり期待されている分野です。 日本の稼ぎ頭といえば観光業ですが、農業は国を支える基幹産業として期待されています。 何せ海外の信用が高く、日本なら変なことはやっていないだろう、安全だろう、味もいいだろうと、日本の農産物は海外で高く売れ始めています。 農林畜産・水産業の育成や国際化は国土保全や、食料自給率向上という安全保障上の観点からいっても望まれることですが、電気メーカー等が壊滅し、競争力を失っていく第二次産業に代わって、農作物を世界に売る、これは日本の基本的な政策になっていきます。 それだけに防疫体制の不備は大きな信用失墜につながるので重大な政治事案にもなるわけです。

 

さて、殺処分に対する批判としてなぜワクチンを使わないのか、という問題について一部繰り返しになりますがもう少し。 封じ込めをあきらめない限り、今更、殺処分をやめることはできません。ワクチンを使っても使わなくても、今、感染している豚は速やかに殺処分しないと感染源であり続けます。 ワクチン議論は殺処分とどっちがいいかという二者択一で論じるものではありません。 殺処分はどうあってもやめるわけにはいきません。 その上で感染拡大防止にワクチンも併用するのかという論点で議論するべきです。 そしてワクチン併用は諸刃の刃となる可能性があります。 豚コレラの場合、生ワクチンを使用しますので、ほとんど効果を期待できない不活化ワクチンとちがって概ね感染予防効果を期待できます。 問題は、弱毒化したウイルスを投与してもリバータント、再強毒化したウイルスが方々で暴れるリスクもある、ということです。 人間のワクチンでも小児麻痺の予防として投与されるポリオワクチンは経口の生ワクチンです。 投与された子供には幸い事故はないので安全性が高いとされてきましたが、排便の中に再強毒化したウイルスが存在し、大人が二次感染する例が数十例報告されています。 今は自然感染はなくなっているのに、日本でポリオ感染というと、ワクチンによる感染のみ、という状況です。 豚コレラの場合も経口生ワクチンですから、どうしても排便中にウイルスがうじゃうじゃでてきます。 管理された環境で培養された細胞に感染させて増殖させた弱毒ウイルスも、豚の体内に投与されて、培養環境よりはるかに過酷な環境にさらされ、そして無数の他のウイルスと交差感染による遺伝子の組み換えを起こす可能性があり、要するに口から入ったウイルスがお尻からでてくる時には、「ちがうもの」になっている可能性が高いわけです。 これが糞の中に混じり、そして山間部には野生のイノシシや野生に戻った豚、イノシシと豚の合いの子などが、走り回っています。 ひとたび強毒株が出現するとあっという間に広がってしまいます。 今、どうせ感染が広がっているのですから、多少のリスクをおそれるよりも今拡大中の感染の火を鎮めるために、少なくとも伝播速度を遅らせるために感染地域周辺に重点的に生ワクチンの投与という作戦は理論上はありですが、より広範な地域にウイルスをまいてしまうかも、という重い決断になります。 また、投与も大変です。口から投与するのですが、子豚ならと力づくで口に放り込めますが、大人の豚は飼育状況によってはかなり暴れます。 口からこのワクチンを飲め、とやってもなかなかいうことをききません。 ほとんどの豚は生後半年ほどで数十キロの体重になり、お肉になるため短い生涯を終えます。 春生まれた子豚は冬を知らずにお肉になります。 ところが子豚を産み続ける母豚は3年以上飼育され続け、かなり巨大になります。 豚には鋭い大きな牙があり、通常、子豚の内に抜かれていますが、元来は行動的で怒らせると凶暴なイノシシを改造した生き物で、人を襲って食べてしまった豚の例もあります。 いろんなのがいますが、すべての豚に経口ワクチンと言われると、どうやってやるの実際? という難行となります。  臨床試験の時にも相当、苦労しました。 所定の量を確実にすべての豚に投与するとなると、かなり大変な作業になります。注射の方がまだ簡単ですが、消化管粘膜への感染を防ぐのに注射したのでは中々、効果がでません。 餌に混ぜるという手法は必ずといっていいほど検討され、私もいろいろ試しましたが、生ワクチンですから、安定性の問題と、投与量のコントロールは難しいです。 といっても豚が食べたがる味や匂いのする食べ物に弱毒ウイルスを潜ませておく以外に実用性はないのですが、言うほど簡単ではない、そんな議論をしている暇はないので、バシバシと殺処分をするんだ、というのは現状ではしょうがない判断でしょう。 畜産農家さんのご不満は、初動が遅い! 封じ込めはすぐにやれば有効、問題が大きくなってからやれば、ただひたすら大変なことになります。 

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