手塚漫画「アポロの歌」は「火の鳥」なのだ。6 その6 登場人物の役割①…母親 ここで、「アポロの歌」の主人公・近石昭吾の母親について考察してみたい。 この母親は、子供時代の昭吾の、愛を信じない性格を形成させた一番の原因である。本来、異次元の女神は昭吾ではなく母親にも罰を与えるべきではないかとも思うが、それだと別の物語になるので、それはさておき…。 水商売をしていた母親は、多少男遊びをしていたと思われるが、昭吾を生んだ時は、たぶん幸せな結婚生活を夢見ていたのではないだろうか。 しかし、相手の男に逃げられて自暴自棄になったためと、生きるための生活費を稼ぐ必要があったため、いっそう男遊びにのめり込んでいったものと思われる。 そんな状況で、自立して生きるためと自分の性欲望を満たすために、男女の営みをしている自分の姿を、子供の昭吾に見られるのは、愛憎ないまぜの屈辱的な気持ちになったことは否めない。 結果として昭吾につらく当たったのであろう。昨今の児童虐待を連想させるが、ある程度は同情を禁じ得ない。 一方で、昭吾は、初期の母親の仕打ちや、「生むんじゃなかった」的な発言等がトラウマとなり、悪い方向へ歪んでいく。 物語の中盤で病院から逃走した昭吾は、母親の働くバーかスナックに立ち寄る。 いわゆる昼ドラの恋愛ものや青春ものであれば、母親に対して、過去に受けた虐待の復讐をしたりしそうなものだが、そうではなかった。 お金を借りようとしたり、母親にキスしようとしたりして、あまり恨みの感情はないような態度をする。 結局のところ昭吾のトラウマは、虐待そのものよりも幼い頃に母親の愛情を独り占めできなかったことによる欲求不満が原因のようだ。 逃走中の昭吾に対し母親は、全くの冷たい態度でもなく、かといって愛情たっぷりの心配振りでもない対応をする。自分の子供に対する愛情はあるが、それを素直に表現できない性格のようだ。 その性格は、子供の昭吾にも遺伝しているのは間違いない。お互いに素直に愛情を表現できない親子関係がそこにある。 「アポロの歌」における母親の役割は、単に悪い母親ではなく、昭吾が異次元の女神から罰を受けるための状況作りと素直でない性格の形成にあるようだ。(以下、次回) |
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