手塚漫画「アポロの歌」は「火の鳥」なのだ。1 はじめに この「アポロの歌」論は、10年ほど前に執筆し、そのままになっていた原稿を多少改稿して、ここに分割掲載するものである。 念のため類似の評論があるか、ネット上を検索して調べてみたところ、「アポロの歌」と「火の鳥」の関連性、テーマの共通性を指摘した文章はあったものの、あらすじの紹介を差し引けば、数行か400字前後の短いものしかなく、具体的に詳しく言及した評論や解説は無かった。 なお、記憶間違い・記載ミス等があれば、随時訂正するつもりである。(文中の敬称略) その1 「アポロの歌」のジャンル分け 「アポロの歌」は、発表当時から「やけっぱちのマリア」・「ふしぎなメルモ」とともに手塚治虫の性教育漫画三部作の一つとして捉えられている。 実際、手塚本人があとがきやエッセイでそう呼称しているし、少年雑誌掲載ながらも性描写があり、多少エッチな場面もある。 また、これらの性教育漫画を描くきっかけは、永井豪のエッチ漫画「ハレンチ学園」に触発され、漫画家としての対抗心からの執筆であると述べている。 しかしながら、性教育漫画という枠組みを棚上げして判断した場合、「やけっぱちのマリア」が「ハレンチ学園」に最もストレートに対抗した学園ものであり、「ふしぎなメルモ」はアニメ化もされ、魔女っ子もの・魔法少女ものの系列というジャンル分けが明確であるのに比べ、「アポロの歌」は、現在の手塚治虫公式サイトでは、SF青春漫画と紹介しているが、実のところ「アポロの歌」のジャンル分けは極めて難しい。 「やけっぱちのマリア」は、エクトプラズムというSF的・オカルト的な存在が登場し、極端に個性的な人物が登場するにも拘わらず、最終的に物語は学校生活の範囲内で収まり、主人公は恋を実らせる。学校に始まり学校で終わる。 「ふしぎなメルモ」でも、変身キャンデーによって色々な出来事に巻き込まれたり、あるいは事件を解決したりするが、弟と良き理解者のいる生活の範囲内に収まり、主人公は日常の安息を得る。日常から始まり日常で終わるのだ。なお、変身キャンデーの原料は火の鳥の卵だが、「火の鳥」シリーズとはあまり関係が無いようである。 一方「アポロの歌」は、性教育漫画にふさわしく、精子と卵子からの生命の誕生を擬人化した絵で始まり、じっくり主人公・近石昭吾の生い立ちと性格形成にページをさいている。しかし、主人公がその性格ゆえに異次元の女神から罰を受けることとなる経緯を説明した後に、本格的に物語が展開していき、性教育漫画というより心理サスペンス的な内容で、単にSF青春漫画では収まらない深刻さである。 主人公は夢か現か分からないまま、愛と性、人間の生死にまつわる悲劇的な人生をいくつか経験し、最後に再び女神によって別の人生に送り出されて物語は終わる。 日常から始まり日常で終わるという流れではない。誕生に始まり過去と未来の複数の人生を生き、現実に帰るや死亡し別の人生に、と急流のように展開し、他の2作のように元の環境や生活に戻ることはない。 「アポロの歌」は何回かコミックス化されていて、版元によって、2巻組みだったり、3巻組みだったりしている。最近では、厚めの文庫本1冊にまとめられているものもある。 昭和当時としては長編であったが、現在の数十巻、あるいは百巻以上の長編の刊行傾向からすれば、短い部類に入るかもしれないが、文庫1冊分とはいえ、その密度は濃い。 過去と未来、生命の尊厳、人間の愛と性、登場人物たちの情念、それらが物語の進行と共に結末へ向かって濃縮されていくのだ。性教育漫画として始まり、若者の愛と性を描いている漫画だが、それだけの内容に留まってはいない。 このような物語をジャンル分けすると、いったい何ジャンルになるだろうか。 そう、そのジャンルは「火の鳥」である。 「火の鳥」シリーズは壮大なSF漫画だが、大河ロマン、歴史ロマンでもあり人間ドラマでもある。SFという言葉を使うと、SFになじみのない読者にとってはイメージが限定されてしまうかもしれないだろう。 よって、「火の鳥」のジャンルは、「火の鳥」と言うしかない。 そして、「アポロの歌」のジャンルも「火の鳥」なのである。 「アポロの歌」における、過去と未来、生命の尊厳、愛と性、情念、それに加えて、主人公を罰する異次元の女神という超越者の存在。この女神を火の鳥に置き換えれば、「火の鳥」と全く同じ構成なのである。「火の鳥」の中の火の鳥も、登場人物に過酷な罰を与えているのだ。 「火の鳥」シリーズの各編は過去と未来を行き来し最後は現代で終わる、と手塚治虫が早い時期から構想を語っていた。ただ残念ながら、死去により最後の現代編とその前の物語は漫画化されなかった。 しかし、「アポロの歌」には過去・未来・そして現在(昭和当時の現代)が描写されていて、「火の鳥」の構想がコンパクトに集約されている。つまり、シリーズ全体で積み上げようとした「火の鳥」の構想が、たった一つの作品で成し遂げられているのだ。 故に、当初の性教育漫画というレッテルゆえに過小評価されている「アポロの歌」を、「火の鳥」と同じジャンルの作品として再評価したいと思う。 なお、「ブラック・ジャック」もジャンルならぬ惹句(ジャック)が、最初は「恐怖コミックス」だったが、途中から「ヒューマンコミックス」に変わっている。 …そういえば、2011年4月23日放送の「ヤング ブラック・ジャック」は、設定も出演者もよかったし、最後、ピノコ誕生の予感で終わるのもいいけれど、桐生がキリコは、話を盛り過ぎであろう。 手塚治虫の原作漫画では、キリコと家族の病気や手術の話が出てくるので、それらの話と矛盾してしまうからだ。ただし、どんな漫画にも当てはまるが、漫画と実写映像は別物と考えた方が不満が少なくて済む、と思うことにしている。 次回からは、「アポロの歌」と「火の鳥」シリーズを対比して、具体的に類似点等を解説していく予定である。(以下、次回) |
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