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 広島、長崎に原爆が投下される直前の1945年7月20日午前7時55分、北茨城市に「模擬原爆」が投下された。投下地点はこれまで、米軍の文書から同市大津地区とされていたが、同市磯原町磯原だった可能性が高いことがわかった。市内の郷土史家、丹賢一さん(79)が、住民らの証言をもとに調査し、検証した。

 丹さんによると、着弾地点とみられるのは、地域の人が「爆弾山」と呼ぶ山林で、磯原の後大沢地区の山中だという。丹さんは2010年から調査を始め、地域のお年寄りなどから話を聞いてきた。今年に入り、当時、父親が後大沢の地主だったという金沢正造さん(69)に案内されて現地に赴き、確信を深めたという。

 金沢さんは「13歳の頃、父から『うちの田んぼに爆弾が落ちた』と聞いた。ものすごい爆弾が落ちたからこの辺が爆弾山といわれるようになったようだ」と話す。直径10メートル強、深さ4、5メートルのくぼ地ができて水がたまっていた。父は「ここが爆弾の落ちたところだ」と言っていたという。

 また、おばが「金沢さんの山に…

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