オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
バハルス帝国に着くのは、様々なトラブルがあったものの予定していた行程よりも早かった。モモンガが馬車に様々な支援魔法を用いたからだ。だからアンデッドが想定よりも多く出現しても、行程自体は順調に進んでいった。
他のトラブルとしてはラナーがモモンガたちがいる馬車に話をするために忍び込んできたりしたことだが、それは些細な問題だったためにモモンガたちは流していた。
帝国は王国よりも街路が整備されており、人の活気も王国よりも大分あった。発展している国はどちらかと言われたら、帝国と即答するほど。王国は昔ながらの歴史ある街並みを残していて、帝国は人々の暮らしのために街を開発してきたのだろう。
予定よりも早く着いてしまったために、ラナー一行は視察という名の帝国観光に乗り出した。ラナーとクライムは変装をして王国の要人だとわからないように軽装をして、冒険者である「黒銀」と「蒼の薔薇」の面々は警護も兼ねているのでそのままだった。
ラナーが市井を巡りたいということだったので、様々な場所へ足を伸ばす。モモンガも帝国は初めてだったので観光という言葉に偽りがないくらいに様々な場所へ行った。
特にモモンガとパンドラが目を引いたのは帝国のフリーマーケットのような露店。そこに置いてあった様々なマジックアイテムに興味津々だった。
「これは冷蔵庫か?こっちは扇風機……。え?プロパンガスまであるのか?」
「すべて初めて見るマジックアイテムですね……。モモン様!これら全て買い取りたいです!」
「俺もそう思ったところだ!店主、そこからここまで全部くれ!」
「はいよ、まいどあり!」
いわゆる大人買いだが、「黒銀」として稼いだ額から考えれば微々たるものだ。そもそも彼らはお金をあまり使わない。マジックアイテムがあれば生活は問題ないし、精々食事やエンリたちへのお土産を買う程度だ。貯蓄もしているのでこれくらいの出費は問題ない。
そんな買い物を楽しむ姿をラナーは楽しそうに笑いながら見ていて、「蒼の薔薇」の面々は何が珍しいのかわからないというように首を傾げていた。
「そんないいもんか……?アレ、口だけの賢者が考案したマジックアイテムだろ?あんまり用途がわかんない」
「流通量は少ないから珍しい品とも言える。まあ、値段の割に効果は見込めないものだな」
「こいつら南方から来たらしくてこっちの主なこと何にも知らないんだよ。ああいうマジックアイテムも趣味で買ってるらしい」
ブレインが「蒼の薔薇」の面々にそう説明していく。モモンガたちが魔法組合で第0位階や第一位階の巻物をよく買っている姿が見られたのでそういう嗜好なのだろうとアタリをつけていた。
ラナーはモモンガたちが異邦人だと知っているので、ただただ珍しいものが見られて喜んでいる子供のようにしか見えなかった。それが微笑ましくて、ずっと笑っている。
「すごい大人買い……。ああ、王国のアダマンタイト級なのか。そりゃあ納得だ」
「うん?我々男は白金級だぞ。アダマンタイト級なんて高みすぎて比べられるのは失礼だ」
「嫌味ですか?モモンさん……」
見知らぬ誰かに話しかけられてモモンガは首から下げた冒険者プレートを見せるが、それにツッコミを入れたのはアダマンタイト級のラキュースだ。八本指の六腕を倒し、ブレインでも苦労するアンデッドを使役する魔法詠唱者。そのアンデッドと先日戦ったためにその実力はわかっていた。
話しかけてきた若い男は、後ろにいる神官、エルフ耳の弓兵、小柄な魔法詠唱者といっしょになって首を傾げていた。
「他に趣味という趣味もないものでな。使う時はパーっと使っているだけだ。君たちも冒険者か?」
「ああ、いや。俺たちは帝国のワーカーですよ。俺たちも臨時収入と武器とかの補充のために買い物に来ただけで」
「ワーカー?」
「王国には少ないからな。冒険者と違って組合には参加していない連中のことだ。帝国は専業の軍隊があるから冒険者の商売はあがったり。だから組合に縛られないことで報酬を多く貰えたりするが、依頼の精査とかに責任が伴う大変な職業だよ。その分自由でもある」
「なんだ。本物の冒険者のようじゃないか」
「本物?」
モモンガは今の冒険者というものはどちらかというとモモンガが思っていたものと違って、モンスター専用の討伐屋だ。それに比べてなんと自由のある事か。ワーカーの方が冒険者と呼べるだろう。
ただ、ワーカーを本物と呼んだことに周りの人々はその意味が通じていなかった。これこそが世界が違うということだろう。
未知の物を発見したり、未開拓の場所を訪れたり。そういう自由がある存在こそが冒険者だという考えがモモンガにはある。今やっている冒険者は紛い物だ。名前が同じだけの別物。
「俺たちはワーカーの『フォーサイト』、俺の名前はヘッケランです。そちらの女性陣は『蒼の薔薇』の皆さんでしょう。すみませんがあなたがたは?」
「王国の冒険者チーム『黒銀』のモモンだ。今回は見聞を広めようと帝国に観光に来た」
「なるほど、観光ですか。『蒼の薔薇』の皆さんも?」
「え、ええ。王国にも変化があったので、帝国はどうかなと。『黒銀』の皆さんとは縁があって、帝国に行くのであれば是非と共に」
ラキュースが答えるが、少し戸惑いがちに答えたために怪しまれるかと思ったが、「フォーサイト」の面々は気にしていなかった。その理由としては「蒼の薔薇」の護衛対象であるラナーとクライムの姿が彼らには見えてなかったからだ。無詠唱化させた魔法でモモンガが姿を隠しているからこそだが。
そして魔法詠唱者の少女が、モモンガをじっと見つめて尋ねてくる。
「……あなたは、本当に魔法詠唱者?」
「うん?そうだが」
「不思議。あなたからは何も感じない」
「そういう看破の魔法を使ったのか?面白い。それも知らない魔法だ。魔法詠唱者の力しか見えない魔法なのか?私の知る魔法だと、職業関係なく一つ一つの力を読み取れる魔法なのだが」
「……そんな魔法、知らない。それにわたしのはタレントだから」
「タレント!パンドラ、聞いたか?タレントとは珍しい。エンリ以外には初めて見るぞ」
「おい、モモン。俺も一応タレント持ちだっての」
「なに?初耳だぞブレイン」
タレント持ちは結構いるらしいが、それを有効利用できている人間に会うのは久しぶりだった。だから思わずテンションが上がってしまったが、灯台下暗しでこんな近くにいるとは知らなかった。
「それで、どうしてわたしのタレントにも映らないの?そういう魔法で阻害しているとか?」
「いや、マジックアイテムだな。外そうか?」
「……お願い」
モモンガは指にはめている指輪の一つを外す。この指輪、パンドラも覇と呼ぶべき圧を周囲に放っているとブレインに聞いてから周りを無意味に威圧する意味はないとしてパンドラにも装備させていた。
そして外した瞬間。何故か周りの人間が全員後ずさり、その少女は顔を一気に青ざめさせて口元を抑えた。そしてすぐにどこかへ走り去ってしまう。後ずさらなかったのはパンドラとラナーだけだった。
「ちょっと、アルシェ!?」
エルフ耳の少女がすぐに走り去った少女を追いかける。口を抑えてどうしたんだろうとか、何も言わずに去るのは失礼ではないだろうかなどと考えていたモモンガ。そのことを周りに直接聞く。
「……どうしたんだ?いったい」
「いや、モモンの旦那。あんた、なんか周囲に影響する魔法でも使ったのかい?いきなりそこにドラゴンでも現れたのかと思ったぜ」
「そういう魔法は意図的に切っているが。……パンドラと同じ理論か。これは困ったな」
すぐに指輪を付け直すと、周囲に居た人間が全員安堵する。ガガーランの言葉の通り、いきなり街中にドラゴンが現れたら恐怖を覚えるだろう。これからは軽々しく探知疎外の指輪を外さないと決める。
ラナーが無事だったのはその指輪をつけている時点でモモンガの力の一端を知っていたから。隠されていたものが解放されても、予想していたほどの力を持っていて不思議ではないと思っていたため、初見の人たちに比べて余裕があったからだ。
実際は予想していたよりも凄まじい波動で、戦士でもないのに感じ取れてしまったことにいつかのように下腹部が熱くなっていたが。
「……ぷれいやー……?」
イビルアイが呟いたその言葉をモモンガとパンドラは聞き逃さない。だが、ここで追及するには人の目が多すぎるのでやめておいた。
「あの。先ほどの少女は大丈夫ですか?」
「あー……。わかりません。何しろ初めてのことで……。ロバー。お前も行ってくれ。もしかしたら神官系の魔法が必要かもしれない」
「わかりました。こちらは任せましたよ、ヘッケラン」
神官の大柄な男性も行ってしまう。残された最後の一人のヘッケランはタハハと笑いながら謝ってくる。
「すみません。おそらくあなたの力が強すぎたためにアルシェは困惑したんでしょう。実際剣士の俺でも感じられる圧でしたから」
「そうですか。……あの子のタレントでは、魔法詠唱者はどのように見えているのですか?」
「何でも第何位階までの魔法が使えるのかっていう詳細なものが相手の身体の周りに見えるそうです。よほどのマジックアイテムでないとアルシェの目からは逃れられないんですが……」
「それは、すごいタレントですね」
(マズったか?あの子には第十位階、それに超位魔法も使えることがたぶんバレた。そんな魔法使える人間いないらしいしなあ。法国ですら第五位階が限度で、ここの重鎮が逸脱者と呼ばれて第六位階。……これ以上あの子には関わらないとは思うけど、口止めはしておいた方が良いよな)
その少女たちも帰ってくる。最初に走り去った少女、アルシェは顔色が悪そうだが、帰ってくるなり頭を下げていた。
「ごめんなさい。いきなり走り去ったりして……」
「いや、いいとも。ただ、少し話をしていいかな?聞きたいことがある」
「は、はい……」
アルシェだけを連れて路地裏に行く。人気がない所で防音の魔法を使って、誰からも聞かれないように秘密の話をする。
「アルシェ、だったか。私の力を見てどう思った?」
「……あなた以上の魔法詠唱者なんて居ない。あなたはフールーダ様を超えている……!」
「ほう。あのフールーダを。……ちなみに、私が第七位階まで使えると言って信じるか?」
モモンガの問いにアルシェはフルフルと首を横に振る。そんなはずがないと。
「あなたは伝説の第十位階が使えたって不思議じゃない……。第七位階で、収まるわけがない」
「ちなみに、どんな風に見えた?」
「天にも昇る青と赤の波動……。フールーダ様の、数十倍の波動だった……」
「……厄介だな。すまなかったな、アルシェ。君を怖がらせるつもりなんてなかった。このことは『フォーサイト』の面々には言ってもいいが、それ以外には他言無用で頼む。私はただ、今の生活を気に入っているだけなんだ」
「今の生活……?侵略とかは、考えていないの?」
ツアーやラナーもそうだが、強い力を持っていると知ると皆この質問をしてくる。そういう過去があるために仕方がない部分はあるのだが。
「考えていないさ。色々な場所を旅して、あとはゆっくり暮らしたいだけ。カルネ村にも恩義を返せていないからな。それに、この綺麗な世界を暴力で壊すなんてもったいないじゃないか」
「……そう。わかった。皆以外には話さない」
「ああ、頼む」
二人が皆の元に帰るとアルシェが無事なことに「フォーサイト」の面々が安堵の表情を浮かべた。そのことにモモンガは不服だったが、ブレインには肩をポンとされて慰められたのはなかなかに堪えた。
その後も「フォーサイト」の面々とは途中まで行動を共にして、今回カッツェ平野で大量にアンデッドが現れたためにその討伐報酬でかなり稼ぎになったのだとか。そのことに内心モモンガは謝り、だが本人たち的にはかなりの稼ぎになって喜んでいるようだったので気にしなかった。
そしてアルシェがこれで借金を完遂できる、妹たちと家を出て行くことができると喜んでいて世知辛いのはどこの世界、国でも同じなんだなと出ない涙が出ていた。
帝都からも出て行くらしいのでどこに行くか考えているという話が出た時にラナーが魔法を解いてくれと頼んできたのでその通りにすると、合流したお嬢さんを装ってラナーはアルシェにカルネ村がお勧めだと言い始めた。
何故?とも思ったが、ラナーは予想以上にカルネ村について詳しく、帝国からの追手からも離れられて良いと思うなど様々な理由をつけて説得していた。何がラナーの琴線に触れたのかわからないが、頭のいいラナーの説明にアルシェはカルネ村良いかもとこぼし始めていた。
「フォーサイト」も魔法詠唱者のアルシェが抜けるとパーティーを維持できないようで、解散しようかと話していた。そこでロバーデイクがヘッケランとハーフエルフのイミーナがそろそろ結婚するという話を出して、カルネ村に移住するのはどうだという話になり、実際住んでいるモモンガたちがカルネ村について説明し始めた。
ブレインの世界で一番強固な村という説明で見ればわかるとそこだけ言葉を濁したが、その言葉も決定打になり帝国に特に思い入れもないようでヘッケランたちも移住しようかと考え始める始末。
最終的にラナーが地図でカルネ村の場所を教えて、モモンの知り合いと言えば歓迎されると伝えて別れた。
「どうしてこうなった?」
「たぶん運命ですわ」
ラナーの言葉はたまにわからない。