ナザリック地下大墳墓、第十層。
玉座の間。
――で、いろいろと済ませた後。
ナザリック地下大墳墓、第九層。
ロイヤルスイート、広間。
ソファに向かい合って二人は座っていた。
人払いはなされ、メイドすらいない。
「いや、今回は遠方からすまなかったな。与えた部屋に問題はなかったか?」
「いえいえ、思っていた以上の場所と戦力でした……それに、半信半疑でしたが、私たちとてもいい友達になれそうですね」
リ・エスティーゼ王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフが微笑む。
まさに太陽のように、この地下深くでも輝く美貌。
蕩かし堕落させるような、モモンガの色香とはまた違う。
清純で無垢な、少女の笑み。
蠱惑的で淫らな、雌の笑み。
比較してどちらかを選べるものでもあるまい。
「愛や恋は、他の者が抱えていても、容易に感じ取れるのだな。しかし――これはある種の共感性なのだろう」
「ふふ、そうですね。まさか、ああも簡単に見破られるなんて」
「仕方あるまいよ」
「ええ、まるで鏡を見ているみたい」
二人の美しい笑みが溶け崩れるように、グロテスクな病んだ笑みとなった。
互いが互いに共鳴し、理解し合う。
力も才能も関係ない。
力が弱いからと、モモンガがラナーを軽んじはすまい。
知恵浅いからと、ラナーがモモンガを軽んじもすまい。
同じものを、別のものに、抱く。
志を同じくする……同志だ。
ああ、と互いに同時に溜息をつく。
「「愛する人がいる幸福」」
普段、互いの想い人の前では決して発しない声で、二人笑う。
笑いながら握手を交わす。
「二人の場では、気楽にモモンガと呼んでくれ。ラナー」
「光栄ね、モモンガ」
笑みを深め、手を離した。
「ふっふ! ああ、真に友人ができた気がするな。あの少年――で合っているかな? お前たちは“まだ”なのだろう? ナザリックにいる間、貸してほしい手があれば、いつでも言うがいい」
「ありがとうございます。モモンガ様も――彼女とは既に成し遂げても“迷い”があるのですよね? 私自身の招来の参考のためにも、愚痴を含め聞かせてください♪」
そう言われて、モモンガは重々しく頷く。
「さすがだ、わが友よ。シモベらは、私を知恵者だ支配者だと言うが、心の機微について、私は疎い。ラナーの知恵を貸してほしいのだ」
「あら。これほどの勢力をまとめるモモンガに教えることなんてあるのかしら」
いつもなら、内心で相手を嘲笑うなり、利用価値を考えるだろうが。
ラナーは真剣に、モモンガの言葉に耳を傾ける。
モモンガに起こりうる問題は、いずれラナーも迎えるかもしれない問題なのだから。
先達の得た教訓は生かさねばならない。
「ふふ、恋と支配は違うのだろうな。その点、ラナーは見事だ。彼を、実に理想的に仕上げている」
「まあ――ふふ、“そこ”を褒められるなんて、初めてです。本当に嬉しい……」
どろりとした笑みを深め、濁り狂った眼光を強めるラナー。
「詳細はそちらと異なるのだろうが。私は、アルベドを……いや、違うな。アルベド様のモノになりたいのだ」
「……それは……確かに、少し困った状態ね」
ラナーが唇に手を当て、思案する。
部下、忠犬としてなら、彼女はよく仕込まれていた。
能力に至っては、おそらく目の前のモモンガと同じかそれ以上だろう。
だが、彼女をモモンガのモノとするならともかく……逆は。
「私はアルベドが欲しかった。そして、婚姻する約束を彼女の保護者とも交わしていた。そして結婚して……全ては成就したと思ったのだがな」
「不一致があったのですか」
沈痛な面持ちでモモンガが頷いた。
「その通りだ。私なりの愛情は、アルベド様に負担を強いているらしい。私は彼女の奴隷となりたいが……彼女としては、私の奴隷になりたかったのかもしれん」
「甘酸っぱい恋人の振る舞いを求めたりはされていませんか?」
恋人の過程を飛ばし、体ばかりの関係になっていないか問う。
「――いや、お互いないと思う。種族のせいかもしれん。体を貪るに飽きる様子はない。ただ、アルベド様はどうにも、居心地悪そうに思えてな。私にも他の女をあてがってくる」
「モモンガは、己だけでは満たせないと思っては……?」
考え、首を横に振るモモンガ。
「いや。私はアルベド様のみで満たされる……ただ、悪魔という種族は寝食不要なものでな。始めると幾日も没頭してしまい、彼女の仕事を妨げるのが問題やもしれん」
「まあ……羨ましい……それで、他の女性を、ですか」
幾日もクライムと……己がそうする光景を想い、身を熱くするラナー。
どろりとした黒い欲望を溢れさせつつも、冷静に考える。
アルベドは、モモンガに愛人をあてがい、仕事中の無聊を慰めようとしているのか?
とすれば、アルベドの抱く感情は……。
「残酷なことを申し上げるようですが――」
同志だからこそ。
ラナーは、一切の慈悲も媚びもなく、言うことにした。
蒼の薔薇の面々も、ナザリックに通され……客室を与えられた。
しかも、個別の部屋を半ば強制的に与えられている。
クライムのみ、護衛としてラナーと同室を許された形だ。
これはクライム自身が希望した結果だったが……無論、ラナーとモモンガ、さらには恐怖公の仕込みでもあった。
蒼の薔薇としては、集まって話し合いたかったが。
部屋の豪華さ……そして何より、玉座の間に集まっていた異形どもの難度を考えれば。
暴れ出すのは無論、偵察すら自殺行為に思えた。
そして今、彼女らの部屋の一つがノックされ。
緊張と共に、扉は開かれた。
「……鬼リーダーかイビルアイに何かした?」
「いいや。蒼の薔薇で用があるのは、お前だけだ」
あの玉座に座っていた美しい
なぜか他と違って圧力を感じられず、ティアとしては露出された体にむしゃぶりつきたいと思っていた人物である。
「予想外」
「部屋の中に入っても?」
首をかしげて問うてくる。
護衛の姿すら見えない。
この恐るべき場所のトップが、なぜ己の部屋に来るのか……何か妙な幻術でも使われているのではと、相手を観察してみる。
(表情は――色っぽい。種族ゆえでもあるだろうが、目は潤みがち。周りを気にする視線はなし。唇も自然体。緊張していない。嘘をつこうとする様子もない。少し上気した顔色。こちらを露骨に伺う目。胸や腰を見ている? 女同士なのに性的対象と見ている? そういう誘い?)
顔だけではわからないので、下を見る。
(前半身ほぼ丸出し。下着をつけていない。乳首がかろうじて隠れてる。柔らかそう。首をかしげただけで、少し揺れた。あれは、さんざん誰かに揉みまくられてる胸。私にはわかる。今、ぴくっとした。乳首が勃ち始めてる……私の視線に反応している?)
胸は寸分違わず、さっきの玉座で見たものと同じ。
念のため、もう少し下も確認する。
(へその下もガードが薄い。この下もおそらく下着なし。ローブで脚が見えない……減点。けど、このままへその下に手をつっこめば、直接いじれる。敏捷性を考えれば、できなくはない――!? 下腹部が震えた。ローブの中で脚を擦り合わせてる。観察されながら濡れてる? これは重大な秘密が隠されているかもしれない。部屋に入れれば、事故と称して手を入れる機会はいくらでもある。というか、宿の個室に敵ボス自ら乗り込んで来たら、何もしないのは実際シツレイ。ミヤモト・マサシだか古事記だかも言っていた気がする)
「……ふぅ。わかった。入っていい」
この間、およそ3分。
延々と舐めまわすような視線で視姦され、モモンガの体は出来上がってしまっていた。
ティアも、ひとまず当分はオカズに困らないと一息ついてから、モモンガを部屋に迎えた。
どうせ、敵対するだけ意味のない相手である。
馴れ馴れしく肩を抱いてみたりもするが。
モモンガは抵抗しない。
ティアは心の中でガッツポーズをした。
そして、なぜか三時間後。
「それで何の用?」
十分満足するまで、モモンガの体を味わい尽くし、今夜は泊まると約束した。
少し休憩の間。
二人、ベッドで裸で密着しつつ。
まさか抱かれるためだけに来たのではないだろうと、モモンガに聞いてみる。
ティアを殺すなり洗脳するなりする様子もない。
「ティアは、その最高位の冒険者でそれなのだから……モテるんだろう?」
「え……そう。モテる」
意外過ぎる質問に、戸惑う。
別にモテないとは言えない。
童貞のように、見得を張って答えるティア。
リーダーからして処女なのだ。
「女性同士の恋愛について、相談があるのだ……」
「恋愛」
ティアとしては、女性同士のセックスには詳しいが。
恋愛……となると難しい。
欲望はあっても、恋はろくにしていない。
はっきり言ってしまえば素人童貞?のような身。
ここは素直に断るべきだろうと、口を開きかけるが。
「寝食不要、疲労無効の指輪を用意した。これを報酬として渡すし……今夜は好きなだけ私としていいから……相談に乗ってくれないか」
「任せてほしい」
即答した。
そして、一瞬で差し出されたリング・オブ・サステナンスを装着。
その効果を感じるより早く、相談も聞かず。
このあと滅茶苦茶セックスした。
「いや、うまくいったようで何よりだね」
「コレデ王国ノ浸透モ終ワリカ」
「この近隣都市エ・ランテルの割譲を引き出すのも容易でしょうな。モモンガ様も王女殿下をいたく気に入ってくださった様子。我輩も組んで来た甲斐がありましたぞ」
デミウルゴスとコキュートス、そして恐怖公が、バーで祝杯をあげる。
ラナーはナザリックに亡命した。
王国ではセバスが英雄として活躍している。
これより、ナザリックはセバスの主たるモモンガを王とした、独立国として宣言するのだ。当人からも、仕事を回さず、余計な敵を作らなければよいと許可を得ている。
既にアンデッドによるプランテーション計画も進められ、周辺地は大規模農場に変わりつつある。滅んだ村の難民を吸収したカルネ村の防備も、ゴーレムとアンデッドによって強化され、都市と化す日も近い。
そうなれば、平和的にエ・ランテルを王国から奪えるだろう。
交通の要衝を手に入れれば……労せず、財貨や物資を獲得し、ナザリックの維持にもつながるわけだ。
「「ナザリックに栄光あれ」」
マスターも共に、グラスを鳴らした。
「これで浄化された王国を、セバスに英雄として立て直してもらう。彼は後ろ暗い仕事には合わないからね」
「仕方アルマイ。堂々ノ戦ヲ求メルハ戦士ノ常」
「コキュートス殿も、アウラ殿と共に支配地を拡げてらっしゃる様子。トブの大森林ではトロール、アゼルリシア山脈では巨人にドラゴン、いずれも重要な物資をもたらしたと聞いておりますぞ」
恐怖公がコキュートスを讃える。
事実、トロール、ドラゴン、巨人の皮によってスクロール供給が為されたのだ。
「ダガ、弱敵シカイナイ。広イタメ、地盤固メデ次ニ進メヌ」
コキュートスが凍気の溜息をつく。
「そういえば、王女殿下はしばらくこちらに住まわれる様子。蒼の薔薇も、同じく逗留でしょう。我輩は――パンドラズ・アクター殿のいる帝国へ? それとも待機ですかな?」
二人の会話を聞いてから、デミウルゴスが笑みを浮かべた。
「それだがね。あの人間らから得た情報をそろそろ調査しようと思う。恐怖公には、潜在力において最大と思えるスレイン法国の調査を頼みたい」
「ほう!」
「オオ!」
二人が興奮した声を発した。
「恐怖公の調査結果によっては、コキュートスにはアベリオン丘陵なる亜人種の坩堝を征服してもらう。アウラとマーレにはエルフの国を侵略してもらうつもりだよ。そうして三方向から挟撃し、法国を締め上げて……もらえるものはもらおう」
連中が非道を働いていなければ、殺戮はすまい。
人材を引き抜き、アイテムを徴収するのだ。
デミウルゴスとしては……王国のように、相当に下劣な上層部であって欲しいのだが。
こうして、モモンガが女忍者に鳴かされる夜。
バーでは、ナザリックの新たな陰謀が始まっていた。
モモンガさんがノータッチかつ興味を示してないので、政治的なアレコレはかなりカットしつつ進めます。あくまで、モモンガさんとアルベドさん、その他ネームドキャラのメンタル的なあれこれを追っかける話ですので……。
ちょっと忙しくなってきています。
更新、2~3日に1回になりそう(汗)。
あと、先日にR-18の方、久しぶりに投稿しました。