[3-9] 邪悪極悪ブレーメルン
ク・ルカル山脈は、特に標高が高い場所を除けばこの季節は既に雪がない。
それでも高地の風は冷たく、一行にとっては北の地を思い出させる気候だった。
地面にへばり付くように草が生えている中、進んでいく列の先頭にエヴェリスが居た。
北国だろうと密林だろうと高山だろうと全く関係無く、彼女は黒いつば広山高帽に黒い服という魔女スタイル(ただし胴体部分の露出は生半可な下着姿より多い)。
「えぇ? オーガの祭礼?
いやぁ、作法もピンキリだから分かんないよ。いっそ向こうに聞く方が……
なに? バルカナェト?
ああ、そうかそっちか。なら多少は教えられるけど……お作法が絶対マイナーチェンジされてるからなるべく先方に確認しといてね」
通話の相手は山の下に居るルネだ。
オーガーの部族を味方に付けるため、酋長と決闘をすることになったというルネが祭礼の作法について質問してきたのだった。
ひとまずエヴェリスは自分が知る戦神崇拝の作法について簡潔に伝え、通話を切る。
「魔女さん、
「なんかこうね、癖なんだ。
……向こうは順調っぽいよ。私らも頑張らなきゃね」
使い終わった
エヴェリスはちょっと考えてからそれを丸めて後ろに放る。
すると、エヴェリスの背後を歩いていた魔物が口でキャッチして咀嚼し始めた。
それは、異常に立派な髭とツノを持つヤギのような魔物だった。
ツノを使った突進で戦う魔物で、その姿を騎士の馬上試合に見立てて
ひたすら肉弾戦に特化した魔物であり、はっきり言ってそこまで強くはないのだが、一応それなりに凶暴なので低位の冒険者くらい殺す。
何より、ナイトゴートのような草食魔物が充分な数存在するということは、それを餌にする凶猛な肉食の魔物を引き寄せ育む環境であるということで、そういった意味では二重の脅威だった。
そんなナイトゴートたちが一列縦隊で、ざっと百匹以上はエヴェリスの後を付いてくる。
正確には、エヴェリスの後ろに居るミアランゼに付いてくる。
「道連れが増えたなあ……これだけ大量の魔物が近くに居るのって流石にこわーい」
トレイシーが落ち着かない様子で前後左右上下を見回した。
ナイトゴートだけではない。
輪を描き頭上を旋回する
ナイトゴートと併走するのは鋭い爪と前歯を持つ殺人白ウサギ・
ミアランゼの肩に
半分に割った雪の結晶みたいな羽根を持つ小さな白い少女……邪気に浸され理から逸脱した、雪の
これはク・ルカル山脈に住む魔物たちだ。
侵入者の気配に勇んで飛び出してきた魔物たちは、ミアランゼの一睨みで恭順して後を付いてくる。
ルネがウイングタイガーを従えた時のように、魔物たちはミアランゼの気配に圧倒されて彼女を主と定めたのだ。
道端の可憐な花(粘液まみれの五本の触手と肉厚な花びら、そして牙を持つ)さえミアランデの姿に興奮した様子で身体を揺らす。
「エヴェリス様、この魔物たちはどうしましょうか。今のところ、戦力よりも家畜として有用そうな魔物が多いのですが」
「だね……引っ越し先まで連れて行くのもなんだし、食いでがありそうなのは順次解体して食料にしちゃう方が良いかなー。
姫様のスカウトが順調なら移動中に必要な食料だって結構な量になるだろうし。
……ああ、もちろん半分くらいは山中で
集まった魔物たちを振り返り、エヴェリスとミアランゼは思案する。
これからまだ移動を挟むことになるのだから、拾った魔物を全員連れて行くのはちょっと厳しい。しかも移動先に受け入れ体勢があるわけでもないのだから、選別が必要だった。
「まあ肉にするにしても、姫様やミアランゼが命じれば喜んで身を捧げてくれるでしょ」
「……何も知らずに飼われてるんじゃなく、食べられるって分かってて喜んで身を差し出すの!?
魔物世界、怖っ!」
さらりと言ったエヴェリスに、トレイシーは本気でドン引きしていた。
「そりゃあそーよ。上位の魔物に従うのは本能だし。
全ては邪神による世界転覆、大神への勝利のための仕掛けなのさー。
まあ、生存本能ぶちぬくほど強烈な命令権を持つのは相応の実力者だけなんだけどね」
「むむむ、そうか。邪神の戦いのために命を捧げて魂は邪神の所に還る……
獣に生まれた者であっても良い
人族もそういう理屈で動物を家畜化してるしなあ」
トレイシーは頭痛をこらえるような顔をしつつもエヴェリスの説明に頷く。
神殿曰く、『行いの悪かった者は人ではなく獣に転生する。獣は人と違って良い
たとえば農民が地を耕すことも、糧を得て国を富ませ魔に対抗する力を付けるという意味では信仰のための戦いだ。だから人が獣を家畜として使うのは、獣たちに良い
それと同じような理屈が魔物と魔族の側にも存在するわけだ。
こっちはさらに強制的になっているが。
「人に仕えれば、獣でも徳を積める……
……本当にそんなうまい話があるものでしょうか。
私には、人族……いえ、人間のエゴであるように思えてなりません」
ミアランゼは思いっきり訝しげだった。
「まあねえ。輪廻や神々の世界については定説があるってだけで実証に乏しい。
頼りになるのは、神殿によるいくつかの実験と、断片的すぎる神託の継ぎ合わせ。針の穴から天を見るような何かだぁね。
よく分かってない部分について神殿が都合良いことを言ってる可能性は高いと思うんだよねー」
黙々と従順に付いてくる食肉(予定)の群れを見渡して、エヴェリスはしみじみ言う。
「あ、もしかしてこの子ら捌くの嫌なの?」
「いいえ、まさか」
心外だとばかり、ミアランゼは首を振った。
「……私の行動は、邪神への帰依によるものではありません。
教えの上で正しくても、間違っていても、それは私には関わりの無いこと。
ただ姫様のために。
人も魔物も私自身さえ一欠片も余さず捧げましょう」
分厚い手袋で隠した手を胸に当て、静かで揺るぎない覚悟をミアランゼは述べる。
彼女がどのような経緯でルネの下に参じたのか、トレイシーもエヴェリスも既に聞いていた。
ミアランゼが人族社会(特に人間)を憎悪し、ルネに対して信仰の域に達するほどの忠誠を誓うのも理解できる。
しかし。
トレイシーとエヴェリスは何かに追い詰められたように自然と目配せし合った。
「うん、まあ、気持ちは分かるんだけど……そういうのちょっと重くない?」
「そだね……ここには姫様も居ないし、丁度いいから大事な話をしよう」
飄々とした魔女さんは、いつになく真面目な顔をしていた。
「これから姫様に縋る者は増えていくだろう。でもそれじゃ、そのうち姫様は潰れちゃうよ。
ミアランゼ、何のかんの言っても君は姫様の最初の仲間だ。一番近くに居続けることになるだろうから、姫様を守ってあげるべきじゃないかな」
「それは……もちろん!
我が身を賭して姫様をお守り致しますとも」
「違う違う、そうじゃないんだ」
決意も顕わに手を握りしめるミアランゼだったが、エヴェリスはヒラヒラ手を振って打ち消す。
「そりゃ、言ってみれば
構えるのも振り回すのも姫様じゃん」
「は、はあ……」
ミアランゼは今ひとつピンとこない様子だった。
「天運は姫様を示した。
不思議なことに起こる出来事の全てが追い風になって、姫様を魔王に取って代わる世界の破壊者に押し上げようとしてるかのようじゃないか。
でもね、私はどうもそれが姫様にとってガラじゃないように思えてしょうがないんだ」
「ガラ……ですか?」
「ああ、わかるー」
トレイシーも思わず同意した。
『なれる』としても。
『できる』としても。
それはルネにとって辛いことではないのかという考えが拭えない。
ルネは復讐に狂った……運命を狂わされた、ただの女の子なのだから。
「てゆーか、そう思ってるのに魔女さん的にはミアランゼ任せなわけ?」
「ほら、魔女さんってば邪悪だしぃ?
それで姫様が不幸になるとしても、姫様を焚き付けて戦いに勝てるんなら別にいいよねー、みたいなとこあるし?」
「ふぅーん」
エヴェリスはどこまで本気なのかも推し量りがたい、ともすれば偽悪的にも見えるおどけた調子だった。
ミアランゼはまだ腑に落ちない様子で、分厚い防護服の下で尻尾を踊らせながら考え込んでいた。
「……っと、そろそろ?」
「だね」
話しながら歩いていたエヴェリスが足を止める。
トレイシーの手にしたマジックアイテム『超多機能磁針』が宙に浮かべる幻光の数字は移動距離を示している。この場所が次の
エヴェリスは地面に魔石を落とすと、杖で突く。
光の魔方陣が展開されて地に沈み、それを見てトレイシーは持っていた地図にバツ印を付けた。
山脈の地形がほぼ正確に記されたその地図には、北側の麓から一直線に無数のバツ印が並んでいる。
「……ここが57番ね」
「ふう、先は長いなあ。
ま、たまにはフィールドワークも悪くないか」
山脈を縦断する邪悪なトレッカーたちの旅程は、まだ続く。
魔物の名前に漢字表記を当てるの、以前は『どうかなぁ~』と思ってたんですけど……
初登場モンスターの名前を横文字で並べ立てても何が何やらなので、イメージを示すのにかなり便利ですね。
・アーリーバード
能力:朝からうるさい。以上。
エヴェリスを『魔女さん』って呼び始めたのはトレイシーだけど
エヴェリス自身も『魔女さん』を一人称として使うようになったから実際ややこしい。
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