気がつくと、この「読書ノート」も56回となりました。505ページある『日本国紀』ですが、ようやく第4章が終わろうとしています。159ページまで来ました。
ここまでで思ったことを少し…
『日本国紀』には、「歴史学者」と「教科書」の話がよく出てきます。
その「歴史学者」「教科書」は、ときに「多くの」、ときに「一部の」、ときに「少なくない」、ときに「中には」、という表現とともに登場してきます。
でも、ここがよくわからないところなのです。
正直、「読み物」ですし、軽い感じで読んでもらいたい、という場合、ガチガチに出典などを記さなくてもよいと思うのですが、「歴史学者はこう言っているが違う」、「教科書にはこう記されているが正しくない」と、「否定」し「新説」を唱える場合は、「否定されるモノ」を明らかにするべきだと思います。
歴史学者の「誰が」言っているか、何という教科書のどこにそう書いているか。
これを明らかにすれば、否定されているのが「歴史学者」ではなく、「歴史学者の一人」になり、否定されているのが「教科書」ではなく、「ある教科書のある部分」になります。
でないと、「歴史学者」と「教科書」がアテにならないウソばかり、というイメージが章を読み進めていくうちに植え付けられていってしまいます。
それから、気になるのは、そんな歴史学者いるの? そんな教科書あるのかな、という話がいくつかあるところです。
みなさんが思っている以上に、歴史の研究は進んでいますし(史料の厳密な検証が、多くの研究者の批判などを受けながら進んでいますし)、日本の教科書は世界のそれに比べて、たいへんニュートラルに(とくに2000年代に入ってからは史料に基づいて正確に)記されるようになりました。
せめて今の中学生が使用している教科書を二、三冊通読するだけでも、防げた誤りがたくさんあったのに、と思います。
というか…
これ、百田氏の責任ばかりではないと思うんです。編集された方や監修された方は、何も指摘されなかったのでしょうか…
人気のベストセラー作家になると、なかなか編集者も口出しができないものなのかもしれません…
わたしなどは、一介の歴史教師にすぎません。それが読んでわかるレベルのミスや誤謬などは簡単に防げたはずです。
不思議としか言いようがありません。
道場破りをする以上は、それなりの修行は必要だと思うんですよね…
いきなり師範は相手にしてくれません。
わたしなどは、まず、おまえが行け、と師範に言われたレベルの、白タスキの下っ端門下生だと思っていただければ、と思います。(て、言うか… わたしなんぞは、寺子屋で教えている傘張り素浪人レベルなんですけどね…)