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【社会】

<取材ファイル>目黒虐待死 懲役8年判決 母娘の絆 壊したDV

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 東京都目黒区で昨年三月、船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5つ)=が死亡した事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里(ゆり)被告(27)に懲役八年が言い渡された東京地裁の裁判員裁判。公判を傍聴する中で、優里被告が夫から受けていた心理的DV(ドメスティックバイオレンス)が、結愛ちゃんの死につながってしまったように感じた。だが、それでも結愛ちゃんを救ってほしかった。 

 公判の途中まで、優里被告の心情はほとんどうかがうことはできなかった。夫の雄大(ゆうだい)被告(34)=事件後に離婚=からは連日のように長時間の説教を受け、果てには「説教してくれてありがとう」と感謝するまでになったという優里被告。「結愛ごめんなさい」「周りを頼るべきだった」と悔いたが、表情はあまり変わらなかった。

 証人として出廷した優里被告の父親は、優里被告が小学校の児童会長や中学のソフトボール部主将を務めていたことを紹介し、「気がよくて、まじめ。何でも自分でやり遂げようとする子だった」と振り返った。

 何が優里被告を変えてしまったのか。DVを専門とする精神科医は証人尋問で「『おまえのせいだ』と責め立てられ続けると、本当に自分のせいだと思い込むようになる。心理的に支配されてしまう」と指摘。雄大被告と出会う前はできていた結愛ちゃんとのハグができなくなったのも、「夫に怒られる」と恐れるDVの影響だと言い切った。

 親子の絆を壊した原因の一つはDVだったのか。そう思いながら聞いていた被告人質問の終盤、優里被告はあふれる涙をぬぐおうともせず「死にたい。結愛のところに行きたい。どうやって罪を償えばいいか分からない」とむせび泣いた。結愛ちゃんを助けられなかった自身への激しい怒りが伝わってきた。

 判決は「結愛ちゃんの衰弱の状況は明らかで、助けるためなら雄大被告による心理的影響を乗り越えることはできた」と指摘した。雄大被告の公判は来月一日に始まる。なぜ優里被告を追い詰めたのか、そして何よりも、なぜ結愛ちゃんにひどい暴力を振るったのか。公判で何を語るのか、注視したい。 (山下葉月)

◆DV被害実態無理解

<ドメスティックバイオレンス(DV)問題に詳しい板倉由実弁護士の話> 判決は元夫からの心理的DV被害の影響をある程度認めたが、「母親」の責任を厳しく追及し過ぎている。過去に離婚を切り出し、抵抗の態度を示していたから「心理的影響を乗り越える契機があった」とするのは、DV被害の実態を理解していない。抵抗を試みるたび、暴言等で阻止され自尊心を傷つけられ、無力感にさいなまれていたとみられるからだ。母親への非難は簡単だが、行政や医療機関の対応も含め、逃げられなかった背景を考えるべきだ。虐待とDVを把握した場合、経済的補償や居住場所の提供、子どもが親から引き離されることへの不安を含め、関係機関がどう介入すべきか。社会問題として議論しなければ悲しい事件が繰り返されてしまう。

◆市民感覚過度な印象

<元裁判官の森炎(ほのお)弁護士の話> 子どもの虐待死は、裁判員制度が始まってから量刑が跳ね上がった犯罪類型だ。今回も生命を尊重する市民感覚が反映されたのだろうが、量刑が重すぎる印象がある。同じ虐待死でも、被告に殺意があったのかや、暴力を直接加えたのか見過ごしただけなのかによって、罪名も量刑も明確に区別しないといけないはずだ。このままでは、特別重大な犯罪とされるべき殺人と、今回のような保護責任者遺棄致死の差がなくなり、量刑全体のバランスが崩れないかと懸念を抱いてしまう。裁判員制度が始まり十年が経過したが、こうした司法の変化がふさわしいかどうか検討が必要だ。

 

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