サラリーマンとして働いていく上で搾取されていると感じたことはないでしょうか?
会社員だから仕方がないというふうに思う方もいるかもしれませんが、ただ果たしてそのまま我慢していても大丈夫でしょうか。今の時代、終身雇用制度ではない会社も増えてますし、会社員だからといって10年後の保障があるわけではないと思います。
そもそもなぜ会社から搾取される構造が当たり前になってしまったのか、その考察と、この先の時代をどのように働いていくかを考えてみようと思います。
1.搾取される労働者
1-1.不当な給料で働いている
一番わかりやすい搾取されている状況が、能力や実績、労働時間に対して低い給料で働かされている状況です。
最たる例としてサービス残業(略してサビ残)がありますが、他にも、要領よく仕事をこなし、実績をあげていても給料があがらない。全然仕事ができない、さぼっている人と同じ給料で働いているなど、自分がしている仕事に対して見合ったサラリーがもらえてないという状況は少なからずあるのではないでしょうか。
1-2.やりがい搾取
最近はやりがい搾取という言葉もよく耳にします。
やりがい搾取(やりがいさくしゅ)とは、経営者が金銭による報酬の代わりに労働者に「やりがい」を強く意識させることにより、その労働力を不当に安く利用する行為をいう
僕も会社の上司から何気なく「うちは給料低いけど、やりがいある仕事だからいいよなっ」みたいなことを言われたことがあります。(‘Д’)ファ!!ってなりました。
仕事にやりがりを求める人もいるとは思いますが、だからといって不当な報酬で働かせていいわけではありません。
スキルや成果に対して正当な対価を与えてくれる会社が真っ当な会社といえます。
1-3.いい人で優秀な人ほど不遇を受ける
いい人または真面目な人ほどこういった状況に陥りやすいです。
自分をわざわざ雇ってくれた会社に負い目があるのでサービス残業を断れない、他の人より負担の大きい仕事をしているが、賃金アップの交渉ができない等。
いい人で真面目、それに加え優秀な人ほど不公平な環境に身をおくことになりやすいです。
もちろん正当な評価、環境を与えてくれる、優良な会社であれば何の問題もないわけですが、現状そうではない会社の方が圧倒的多数だと思います。
それどころかブラック企業からしてみれば、真面目でいい人が一番都合がいいのです。
2.資本主義と労働者の社会構造
労働者が労働力を不当に搾取されるというのは今に始まったわけではありません。
資本主義が生まれたころからこのような仕組みが続いているといっても過言ではありません。
資本主義とは
資本主義(しほんしゅぎ、英: capitalism)または資本制は、営利目的の個人的所有者によって商業や産業が制御されている、経済的・政治的システム。資本主義に基づく社会は「資本主義社会」「市民社会」「近代社会」「ブルジョア社会」等という。
資本主義は封建主義の後に現れた体制である。産業革命および、アメリカ独立革命やフランス革命等の資本主義革命(市民革命)によって確立された。資本主義は一切全てを商品化していく「市場システム」であり、諸々の近代国家に蓄積させ競合させる「世界システム」だとされる。その主体は企業であり、これが物財やサービスを生産し流通させている。構造的には、資本(としての生産手段)を私有する資本家が、労働者から労働力を買い、それを上回る価値のある商品を生産し、利潤を得ている。
資本制下における搾取
資本制下では、労働者階級は「労働の対価」としての「労賃」を等価交換で受け取っているという形態をとるので、一見、搾取は存在しないように見える。マルクス経済学では、古典派経済学は、労賃を「労働の対価」と見たために、搾取の存在と利潤(剰余価値)がどこから発生するかを見抜けずに、理論的破滅に陥ったとされる。なぜなら、原材料や機械の費用にあたる費用部分も等価交換し、「労働」にあたる費用部分(いわゆる「労賃」部分)も等価交換するのでは、どこからも利潤が生まれないからである。
カール・マルクスによる資本制下での搾取の暴露は、以下のようなものである。労働者は労働を販売するのではなく、一日(一定期間)の労働力を販売する。労働力は一日(一定期間)で消尽される。資本家は労働力を買ったときに、一日の使用権を得る。他の商品と同じように、労働力という商品を、どんなふうにどれだけ使うかは買い手の自由である。そして、労働力商品は、他の商品と唯一違った点をもっている特異な商品で、富(資本制下における価値)を生み出す特別な商品である。資本制下では価値の量は投下した労働量すなわち労働時間によって測られる。ゆえに、資本家は、まず、労働者を、労働者が社会的に生きていくのに必要な分だけ働かせる(必要労働)。これが労働力を再生産するのに必要な富の量、すなわち労働力商品の対価であり、「労賃」として現象する。つづいて、資本家は労働力商品の購入者としての権利を行使し、その必要労働分を超えて働かせる。この必要労働を超えて働かせた分が剰余労働であり、ここで生み出される価値を剰余価値という。資本制下における搾取は、この剰余価値の資本家階級による取得をさす。剰余価値は利潤の源泉である。この理論モデルによって、古典派の混迷の原因となった、商品経済の原則である等価交換原則を侵犯することなく、搾取を解明することが可能になった。
また、生産者が土地や機械などの生産手段から「解放」され、同時に封建的な身分拘束、土地への緊縛から「解放」されるという、二重の意味で「自由」な労働者が出現し、労働者が労働力を販売せざるをえないという歴史的段階になって初めて、資本主義的生産と搾取は可能になる。
資本主義のシステムにおいて労働力を搾取するのは可能なのです。
会社からしてみれば給与というコストをなるべく少なくして、多くの余剰価値を生み出したいのです。
3.搾取から逃げ道をつくろう
上記でも書いたとおり、企業は安い労働力を買いたいのです。低いコストで高い生産性のある労働者が欲しいわけです。
つまり雇う側と雇われる側、使う側と使われる側の上下関係は資本主義社会において不変なわけです。労働者はその中で”いかに我慢し楽しみを見つけて働くか”という理念が会社で働く上でデフォルトなんですね。
ただ現代のグローバルな経済圏において、企業に勤めることが必ずしも安心安全というわけにもいかなくなりました。
安い労働賃金の国に委託したり、AI・ロボットに仕事が置き換わる可能性は無いとはいえないです。
つまりこの先、生き抜いていくためには会社に依存しすぎないということが大事ではないでしょうか。
副業をする、潰しの効くスキルを身につけるなどして自立を意識しながら働いていく。
そういった会社に依存しすぎない働き方が重要になってくるのではないでしょうか。
そういった点ではネットやWebを使った仕事・副業は参入しやすいと思いますし、この先のいろんな可能性の発展も期待できそうですよね。
いかがでしょうか。いぜん弱い立場のサラリーマンも多いと思いますが、ネットで個人ビジネスがし易い環境にもなってきました。会社で働きながらもいろんな道を模索してみてはどうでしょう。