切り捨て
テーマ:万里の先
玄師。
lemonのことで話しているのを聴いたよ。
昨日は最近アップしたものを聴いた。
あなたも2012年からか。
私も2012年から、ことが動き始めた感じだった。
色んなことが分かり始めてから気付いたことだけどな。
今日は、かつて共に過ごした時のことを思い出した。
以前、たまたま玄師のTwitterか?を読んだ。
自殺について書いてあるものだった。
読んだ時は、なるほどねと思っただけだった。
もしかしてあれは、クレオパトラの時のことを言っていたのか?
私ではなく、アントニウスのこと。
全く検討違いかも知れないけれど、何となくそう感じた。
歌についての話では、紫式部と謙信の時のことが思い出された。
あのことか?
それともあれか?と。
その中で、少し問いたいものをみつけてね。
玄師は、ネットでの犯人批判に対して、自分はそれに加われないと言っていた。
それは分かった。
じゃあ、その現実に対してあなたはどう行動する?
今日、見えてきた過去世は、紫式部の頃のものだった。
全く違うかもしれないけれど、私とあなたは世間を欺いていなかったか?
あの、生きた場所の汚さや残酷さに馬鹿馬鹿しさを感じて、無能な愚か者を欺いて生きていなかったか?
私にはそんなものが見えたよ。
金を運ぶ男にたかる女達。
権力に執着し、我を忘れる男達。
そういう者達に使われるよりも使ってやれってね。
違っていたらすまない。
汚く残酷なものばかりが散らばる場所で、あなたと過ごした時間が、唯一それを感じずにいられる時だったのではないかと感じた。
それが何故離れることになったのか…?
そこまでは分かっていない。
ただ…謙信の時は、自分自身が生きようと思った道を生きていたのは間違いない。
上杉は、皆が同じ目的だけで纏まっていたわけではない。
生きる場所を守るという一致した目的はあったものの、それぞれが自分の出来る程度を知り、その範囲内で自分の力で生るという生き方を確立するためや、他者の能力や自分とのレベルの違いを見極める力をつけるために、個人個人が自分と向き合っていたのだ。
戦に出る者も出ないものも関係無く。
守られなければ生きられない命は、必ず絶える道を辿る。
どんなに懸命に生きたとしても、生きる力と能力がなければ生き続けられない。
そういった現実がこの世界にはある。
命は自分で守れないといけない。
それは、性別年齢関係無くだ。
私はそういった厳しい現実の中でも仲間達が生き残れるよう、教え、鍛えてきた。
常に現実を見せ、自分自身で生きる方法を模索させた。
強いから生き残れるわけではない。
強くなくとも生き残れる方法はいくらでもある。
でもそれは知恵がないと分からない。
知識だけ詰め込んでも、実践で使えなければむしろ知識は邪魔になる。
知識が柔らかい考えを導き出す壁になってしまうからだ。
そういったことも教えたはず。
上杉の者達は…恐らく記憶がないのではないかと思う。
少なくとも私の知る者達には記憶がない。
かつての名前は思い出せないが、仲間だったことは分かる。
ただ…仲間だったろう人の中には、この世界の常識や概念、あり方に染まって、自分の程度、他者の程度が分からない者、先入観に囚われている者もいる。
そういった者は……残念だが何もしてやれない。
いつも教え鍛えてやらなければ、守ってやらなければ、生きる場所を作ってやらなければならないなら、それは死んでいるも同然なのだ。
自然の生き物は皆そうだ。
人間だけがおかしく歪んでいる。
それに…。
守ってやれない理由もある。
そういった者達は、闇に落ちるからだ。
Twitter等での批判を見たのだろう?
彼らはああなってしまう。
ああなってしまう要素を持っているんだよ。
私から離れてしまうとね。
それでは駄目だ。
彼らが闇に落ちるのを食い止めるために教え、守り続けていたなら、こちらの方が生きていけなくなってしまう。
かといって…闇に落ちる者をそのままには出来ない。
Twitterで見たような者が増えていったなら、この世界は遠くない未来、人間の手によって消えてしまうだろう。
生き抜く強さと、人を見る確かな目を持った者だけが、成長しながら生きていける。
確かな目を持たない者が増えすぎたこの世界は、助けないという選択も必要だと私は考える。
残酷だが切り捨てる。
そういった状況でしか、人間は自分の身の丈と相手のレベルを知ることは出来ない。
リアルさに欠けすぎた現実しか存在しない現代ではね。
私は謙信の頃には、もうそれに気づいていたはずだ。
記憶の無い私は時に馬鹿をするが、私の奥深くに存在する記憶(謙信)は、今回やり合った者達に気付かれないように近付き、親しくなり、ここで吊し上げる段取りをしていた。
彼らは過去世でも同じようなことを繰り返していたが、その愚かさに全く気付かず、闇に落ちる者達を増やした輩だ。
今回は最後のチャンスだったというのに、それも棒に振った。
斉木勝博は、一度目の転生時、アテナを犯した男だ。
彼とは仲間として付き合いがあった。
けれどそういった事態になったことで、彼との間に亀裂が入った。
それでも彼はずっと思っていたのだ。
アテナを幸せに出来るのは自分だと。
ゼウスに嫉妬もしていたようだな。
私はクレオパトラの時に彼を一度許そうとしたが、やはり身の程を知らん勘違いな愚か者だった。
拒否しても性懲りもなく私に執着し続け、自分は私を幸せに出来ると思い込んでいた。
個々で生きる力を育てきた私達は、仲間と共に生きなくても生き延びれる。
協力の必要な時にだけ、それぞれが判断して協力すればいい。
その状態になれた現世だからこそ、勘違いしている男に刃を向けられたのだ。
あいつは私が見せつけてやらんと分からん。
やり合った他の奴らもだがな。
自惚れるなと心臓をえぐってやるのに、仲間などいらんだろ?
単身で十分だ。
自分には愛があると言うから、愛をくれてやった。
だが、やはり情けない終わり方だった。
全てが後出しの、守られたいだけの愛だったよ。
それは愛と言わんと思うがな。
想われていないと何も出来ない役立たずだ。
この世界に巣食う闇、そのもののような人間だった。
愛という言葉をあまりに軽くしてしまうようなね。
お前の愛はそういった中身の無いものなのだと分からせるのに、他の男と協力していたら話にならんだろ。
女の私一人で男に対してやるから、分からせてやれるんだよ。
世界を変えるようなものは別だが、くだらん男に止めを刺すのは自分だけでいい。
よーへいも拒否しまくった。
記憶のない私は、意識的にはしていなかったけどな。
この世界に蹴りを食らわすのは、その意思のある者だけでいい。
よーへいにしろ、玄師にしろ、他の者にしろ、くだらないこの世界を放置するのなら、一緒にいる理由などない。
私は馬鹿がのさばるのが嫌いなんだ。
馬鹿には馬鹿と自覚してもらう。
私を馬鹿にした者達には、上にいける者の踏み台になってもらう。
私はそういう人間で、そういう女だ。
あなたはどう生きる?
これを読んでいる者もどう生きるんだ?
以上だ。