もやーっ
テーマ:万里の先
もわーん、もやーん。
今のあたしの心の中の音。
過去世の記憶は無くても感じてしまうものがあったり、かつてのあたしと繋がりのあった人の中に存在している感情があったり。
状況が何となく分かって来ると、今までは知らないもんね!覚えてないもんね!で済んでいたことが、そうは出来なくなってくる。
だけどあたしはズルい。
本音をいうと…スルーして寝ていてもいい?
そう思っちゃうところがあるんだよね。
だって、だって…人の苦しさとか悲しさとか、切なさって辛いんだもん!
それを感じるのって苦しいんだから。
自分が嫌な目に遭って、苦しい思いをするのはそりゃ嫌だよ。
蹴り入れて張り倒してやりたいくらいに嫌だわ。
だけどさ、人の苦しさを目の当たりにするのって…すんげーしんどいの。
あたしはずっと人間を見てきたけれど、多くの人は他人の本当の辛さを分かってない。
分かっていないのに分かったふりして共感し、元気付けているつもりになっている。
似たような経験をしたような者達が集まって、そんな風に慰めあったりもするの。
でもね、違うんだよ。
どんなに似たような体験をしていたって、自分は相手とは違う人間なんだよ。
同じように裏切られた体験をしていても、同じように大切な人を亡くした体験をしていても、同じように想いの届かない体験をしていても、自分と相手が重なる点なんて本当は存在しないんだよ。
だから、同じだねと慰め合うことも、喜び合うことも本当は出来やしない。
感じたこと、思ったことは、言葉にすると全く同じものになったとしても、貝殻を重ね合わせるように、心の中で感じた、思った一つ一つが他者と重なっているとは限らないんだよ。
他者に対して、もしも自分に出来ることがあるとしたなら…。
自分の中にある固定された考えやものの見方、解釈の仕方を捨てて、相手の中にある考えやものの見方、解釈の仕方に自ら近付いて、それに寄り添おうとすることだけだと思う。
ただ…それをやるとね、自分自身も辛いところに身を置くことになる。
大概の人間は、自分の考えやものの見方、解釈の仕方で物事を「こうだ」と判断してしまう。
他人のことを「こんな人」だと決めつけてしまう。
自分以外の考えやものの見方等を、他人の書いたものや発言で知ろうとしたりすることはあるだろうけど、それらもね…無意識のうちに自分好みのものだけをチョイスして、「なるほど、こんなものがあったのね」って思っているだけにすぎないの。
自分の考えやものの見方、解釈の仕方等が著しく害されるようなものに関しては、無意識にもはねてるんだよ。
ちゃんと仕訳してるの。自分の心が許せるものを。
でもそれを多くの人間は分かっていない。
分かっていないのに……他人の苦しみや悲しみ、喜びや楽しさを分かっていると勘違いしている。
人の心を埋め尽くしているものを知るには、自分の当たり前を捨てないといけない。
自分好みを捨てないといけない。
それがどういうことかも、大概の人は分かっていないね。
簡単に説明すると…。
よーへいのファンの人達は、あたしとよーへいが繋がっていないと思っているよね。
繋がっていたら嫌だもんね。
こんな女となんてさ。
だけど、その嫌なことを現実として受け止めてみる…そういうことだよ。
あたしの書いていることを事実として受け止めてみる…そういうこと。
あたしの書いていることは、一般的には理解できない部類のことだね。
架空のこと、もしくはあたしの狂言と取るのがこの世界の当たり前であり、個々の思考や解釈の仕方の中心にあるものではないかな。
でもそれを捨てて、「現実」として受け止めてみる。
そうした時に、この現実を受け止めたくなかったなら、大きな苦しみが自分を襲うよね。
相手に近づくってそういうことなんだよ。
自分の中の当たり前や解釈を捨てて、相手のそれと重なろうと試みることなんだよ。
その時に始めて、相手の中にある苦しみや悲しみとは違うかもしれないけれど、自分自身の中にも苦しみや悲しみが生まれるの。
そうやって、自分とは異なる人の苦しみや悲しみに近付くの。
前置きがえらく長くなったけど…。
そんなわけで、あたしもスルーしたくなることはある。
今回はあたしが覚えていないものが多いから、「もしや過去世でろくでもないことをしてたんじゃなかろうか…」とか、「ここで偉そうなことを書いてるけど、そんなことを書けないくらい、誰かを悲しませたり苦しませたんじゃないか」と思うわけだよ。
「おえぇぇぇぇーっ」とか、「うえぇぇぇぇーっ」とか言って怒りながらも、よーへいの苦しさや悲しさは感じてきたけれど、あたしまだまだ分かっていなかったなと思ったよ。
自分が苦しい中にいるとさ、守られてるんだね。苦しさに。
自分自身の苦しさにね。
ここまで来てみると、「苦しさ」ってある意味都合いいなと思うわ。
だって、他人の苦しさを知ろうとするよりも、自分の苦しさをどうにかしなきゃならなくなるわけで。
あたしの場合は腹立つ人達から理不尽なことをされ続けたことで、半死人だったものだからさ。
本能的にも回復が優先されるんだよ。
そんなものだから、よーへいの本当の苦しさを知らずにもいられたってこと。
それがここのところ回復してきたために、そうはいかなくなってきた。
その上、ヨネヨネも出て来て、本格的に「私って過去世で何してたの?」的な状況になってきた。
勝博のことで男最悪!と心底から思ってた上に、よーへいの行動とファンの行動の気持ち悪さから、恋愛なんて糞!と憤慨していたあたしが、どうやら過去世での自分の恋愛を知っていかなきゃならないようだ、それに向き合わなきゃならないようだ…ということが分かってきたわけだから。
本当なら、勝博を叩き潰して幕引き…っていうのが楽チンでいいの。
だけど、そういうわけにはいかない…。
自分勝手にいうと、身に覚えのないこと…夢遊病みたいなあたしがした恋愛と向き合うって感じなのだよ。
過去の人達には失礼だけどさ。
いや…失礼な女としていっそ嫌ってくれても構わないけどね。
それだと自分も勝博と同じになるけど、人に苦しさを与えるよりマシか。というか、あたしの逃げか。そっち…だね。
相手には過去の記憶があって、それを今まで背負ってきて、生きてきた長い時間、記憶から生まれる感情と向き合っていたわけだよ。
人生の時間をそういうものに費やしたわけだよ。
その重み…。
あたしは憎しみと憤りに時間を費やして、復讐!ってなるほどだったわけで。
状況は全くといっていいほど違うけれど、そんな感じだよね。
あたしの方がマシだったんじゃないかと思う…。
うーん、うーーん。
人のしたことによってね、自分の時間の多くが、その人を想うことや憎むことに当てられる…恋しいと思ったり、憎らしいと思ったりしながら日々を過ごしてきたとしたなら。
その感情が大きければ大きいほど、自分の人生はその人で出来ているってことでしょーが。
大して知りもしない相手にそれらを思っていたなら、ただの勝手な妄想でしかないけれど、自分の全部をかけて向き合ったりしてきた相手だったなら、洒落にならないんだよ。
気持ちの大きさは、苦しみや悲しみの大きさは、他人が簡単には想像出来るようなものじゃない。
他者を本気でを知ろうとしない馬鹿には到底分からないね。
というわけで、休憩~。
よーへいにもまた確認しなきゃだし。
ヨネヨネは調べ中だし。
でもね、あたしは自分の好きなことはするよ。
でないと、あたしが自分に満足出来ないからー。
取り敢えず楽しい毎日を送りたいし。
でないと、生きてる意味ない。
苦しいとかがあっても、分かってやれないところは当然あるので、個々で自分の葛藤等と向き合って頑張りましょう~。
よろしくー。