建国七十周年を祝う十月一日の国慶節で、中国は過去最大級の軍事パレードを予定しています。だが、主役である習近平国家主席の憂いは深いようです。
軍事パレードについて、中国高官は記者会見で「習氏が二〇一七年の共産党大会で打ち出した『新時代』に入って初の建国記念閲兵式である」と、その意義を強調しました。
実は、習氏の先輩にあたる胡錦濤氏は建国六十年、江沢民氏は建国五十年の節目に、約十年の国家主席在任中、ただ一度の軍事パレードを実施しました。
◆歴史に名を残す野望
これに対し、習氏は一五年に抗日戦争勝利七十周年、一七年には建軍九十周年を名目に軍事パレードを実施しています。習氏が軍、党、国を統括する、まさに中国トップとして閲兵するのは今回が三度目になります。
習氏は一七年の第十九回共産党大会で党規約を改正し「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想(習近平思想)」を全党の新たな指導思想に決めました。
新中国の歴史的な指導者といえば、「建国の父」とたたえられる毛沢東氏、「改革開放の総設計師」と称される〓小平氏です。「習近平思想」のアピールは、彼らと肩を並べ歴史に名を残す指導者たらんとの野心を感じますが、いささか自意識過剰でしょう。
この党大会で、習氏は今世紀半ばまでに「社会主義現代化強国を築き、トップレベルの総合国力と国際的影響力を有する国に」との国家目標を掲げました。超大国の米国をライバル視したのです。
習氏は「反腐敗闘争」を通じて次々に政敵を失脚させ、「一強体制」を築きました。なにゆえ、晴れ舞台の建国七十周年を前に顔を曇らせるのでしょうか。
◆米国での“脅威論”拡大
最も大きな誤算は、「米国第一」を掲げるトランプ米大統領の出現と、彼が仕掛けた「米中貿易摩擦」の思わぬ余波です。
トランプ氏は、厳しい対中関税で強いアメリカを演出し、農民や工場労働者などの支持層の歓心を買って、大統領再選に道筋をつけたいとの思惑で行動しています。
ただ、中国が外国から得た知的財産をフル活用して強大化することに、米国内では脅威論が拡大していきました。それは、サイバー(電脳)攻撃による盗み取りもあれば、中国に進出した米企業からの技術移転強要もあります。
そうした中国脅威論が、議会内の共和党、民主党を問わず、官僚や経済人などに広く共有されたことが、習氏を追い詰めていったといえます。ペンス副大統領は一八年秋、中国との「全面対決」を宣言する演説まで行いました。
中国は、党が指導する国家が国有企業などを通じて市場介入する国家資本主義的な「中国モデル」で異例の経済発展を遂げました。一〇年には日本を抜いて世界第二の経済大国になりました。
ただ、中国が過去も未来もゆるがせにできないのは、政治面での共産党独裁です。むろん、その体制では自由な言論は認められず、人権尊重の主張は権力に歯向かうものとして抑圧されます。
習氏が「新時代」のキーワードにするのは「強国」です。「製造強国」「ネット強国」「貿易強国」などあらゆる分野におよび、その実現を通じて「中華民族の偉大な復興」を図る戦略に映ります。
中国は過去「覇権を求めない」と公言してきました。しかし、一党独裁国家がナショナリズムを刺激する習氏の強国路線が、国際社会の疑念を招いたといえます。
長期化する香港のデモについて、中国は「内政」として他国の干渉を排除しようとしますが、八月の先進七カ国首脳会議(G7サミット)の総括文書は「暴力の回避」を盛り込みました。民主を重んじない中国への強烈なけん制でしょう。
習氏が主導する経済圏構想「一帯一路」に対しても「インフラ投資を通じ、弱小国を借金漬けにする新植民地主義」との批判が噴き出しています。
◆独善的な「中国モデル」
こうした国際的な逆風に、習氏は求心力を高める自身のカリスマ化で対抗しようとしています。人民日報は最近、「人民領袖(りょうしゅう)は人民を愛する」と習氏を称賛する記事などを連発しています。
しかし、国内を習氏支持で固めて対外姿勢を先鋭化させるのは、中国の置かれた立場の改善にはつながらないでしょう。
民主主義や公正な競争を度外視し、自国のみに有利で効率的な「中国モデル」で世界トップを目指そうとする独善的なふるまいを改めることが肝要です。それこそが、建国七十年の節目に習氏の憂いを晴らす第一歩になるでしょう。
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