続き 言葉の魔力 | 彼岸花

続き 言葉の魔力

テーマ:万里の先

私が自分で自分を支えられなくなった時に、斉木勝博から生きていけると思えた言葉をもらいました。
お互い本音を話始めてそう時間は経っていませんでしたが、彼は好意があることを私に伝えてくれました。
とてもありがたかった。

暫く経って勝博から聞いたのが、彼の過去のことでした。
最初はなかなか話してはくれませんでした。
勝博とのやり取りの中で、きっと過去に何かあったのだろうとは感じていましたが、話すことを無理強いはせず、話したくなったら話してくれたらいいと伝えていました。
苦しい時に心が楽になる言葉をくれて、側にいるともいってくれた人だったので、もしも過去の苦しみが今の彼に影を作っているのだとしたなら、それを取り払ってあげたいと思っていました。

彼から過去の話を聞いた時は、とても驚きました。
幼少の頃から思春期にかけての話だったのですが、その時期の子供が受け止められるような内容のものではなかったからです。
小さい頃から父親は酷く暴力的で、勝博が成長するにつれて、それは酷さを増していったようでした。
家族皆が怯えていて、苦しい毎日だったそうです。
父親は次第に彼の祖父に当たるようになりました。とても家にいられるような状況ではなくなり、小学校高学年だった彼は、祖父を公園のトイレ等でかくまったのだと話してくれました。
トイレに毛布を運んだり、食事を運んだり。
必死だったそうです。
けれど祖父は心と体を追い詰められ続け、生きる力を失っていったようでした。
そんな祖父を見て、彼は苦しかったら死んでもいいよと言ったのです。
どれだけ吐くのが辛い言葉だったでしょうね。
聞いていた私はとても苦しくなりました。
祖父を楽にしてあげたかったのだと言っていました。
でも…その後に聞いたものは、もっと苦しくなるような内容でした。
そう言った次の日、祖父は海で亡くなっていたそうです。
祖父を助けようとした方も、亡くなられたそうです。

勝博は、自分が殺したようなものたと言っていました。
自殺で父を亡くした私も同じようなことを思っていたので、彼の心を思いました。
どれだけ苦しかったことだろうと。
子供が背負うにはあまりに大きすぎるものです。

勝博は中学になった頃、父親に対抗できるだけの力をつけて、出ていけと言ったのだと教えてくれました。
家族を守るために、父を無理矢理離婚させたと。
父親は勝博に圧倒され、最後は頭を下げて置いてくれと言ったそうですが、彼は聞かなかったそうです。

私は彼からこの話を聞いた時、もう二度と彼が辛い思いをしないように、私に力になれることがあったなら必ず力になりたいと思いました。


ただ…。
この話、残念ながら裏がありました。
ここで書くのは拍子抜けという感じになってしまいますが、過去世の彼は…逆の立場だったようで。
どうも酷いことをされた父親に、逆に同じような酷いことをしていたので、現世でこうなってしまったようでした。
因果応報…というものですね。
けれど私は全く知らなかったというか、記憶を失っていたので、苦しい時は支えになれたらと思っていました。

彼は私のためなら何でもすると言いっていましたし、もしもそれが嘘だと思うのなら、腹をかっさばいてでも教えてやると私に言いました。
お腹を切られるのは私のためにはならないので、そう言う度に、やめてくださいと彼に言ってましたけど。
もしも二人の関係が明るみになってしまったなら、私の家族に土下座してでも守るとも言ってくれていました。
ただ、子供達は自立するまで育てるのが親の役目だから、この関係は二人だけの秘密だと私に言いました。
私はそれを了解しました。

ところが、そう時間が経たずして、彼は奥さんに私との関係を話しました。
彼は女性の話をしない人間だったらしいのですが、奥さんに私の話をよくしていたようで、それで奥さんが怪しんで聞いてきたようでした。
私には、潔く関係を認めて話したことを得意気に言っていました。
そして殴られてきたと。
言ってしまったことのいいわけはしていませんでしたが、自分の気持ちが隠しきれなかったと嬉しそうな感じでした。
私はそんな彼を受け入れて、咎めることはしませんでした。
過去の話を聞いた時に、人に対して心を開けなくなっていったことも聞いていたので、そのままの自分を出せていた彼の姿に、良かったねと思ったからです。
それが私の彼に対する愛情でした。

一緒にいたい、会いたいとよく言うようになりました。
私はなるべく応えようとしました。
私自身も話しているだけでホッと出来たので、色んな話をしました。

ツインレイの話もするようになってからは、そういった繋がりのある関係ではないかと、二人ともが思うようになりました。
ただ、私はツインレイであってもなくても、本音で向き合えて支え合えるのなら、それで良いと思いましたし、そんなことを彼にも伝えていました。
彼はツインレイであることに執着していたようでしたが、私は向き合える支え合える関係があることが幸せでした。
だから、彼の奥さんに気付かれてからは、彼の助けになれたらと奥さんとも話しました。

奥さんは不安定になる度に、私の家族に事実を話すと言いました。
私は最もだと思いましたが、話される怖さを感じながらもそれはそれとして、奥さんとの向き合いは続けました。
勝博自身も奥さんとは話していましたが、いつも結局は私が話すという感じでした。
もうその頃に無理は随分出てきていたのに、私は苦しい時にくれた彼の言葉に感謝していたし、彼との時間があることで元気になれていたので、彼から離れようとは思わなかった。
ただ、彼を苦しめたくはなかったために、離れようと伝えたことは何度もありました。
その度に彼に嫌がられましたが。

ツインレイの話をするようになってから、私はブログを書くようになりました。
そこで彼との事を書いたりもしました。
子供にいつか見つかるかもしれないと思いましたが、私なりに向き合おうとしても夫と向き合ってこれなかった夫婦生活では、男女の愛を子供に語ることも教えることも出来ません。
これが明るみになったなら嫌われてしまうかもしれないけれど、それでも私と勝博が本当に想いあい支えあい続けていたなら、いつかこういうものが愛なのだと子供達も感じてくれるかも知れないと思ったのです。
ブログで記事を書いたのは、勝博に対する想いの決意と、子供達にたとえ遠い未来であったとしても、想いあうこと、支えあうことの大切さや尊さを知ってもらいたかったから。
他人にそれを理解してもらえなくても、私にはそんな想いがありました。

けれど、そのブログを平山真由美(いいま)が読み(何故読むようになったかは長くなるので省略)、突然私にLINEを寄越してきました。
彼女とは幹事を一緒にやってはいましたが、プライベートな関係は深くはありませんでした。
悩みを相談しあう間柄ではなかったということです。
それにもかかわらず、彼女は私のブログを非難してきました。
理由は子供のためにならない、子供が傷つくでした。
言っていることはよく分かりました。
言われるのは当然のこととも思いました。
けれど彼女は、私とは浅い関係の人間。
一度の忠告なら分かりますが、しつこく何度も言われるのは意味が分かりませんでした。

私が何故ブログを書くのか、子供がいながら何故あのような内容なのかを全く聞こうともせず、ただひたすらに「それは間違っている。私の言うことが正しい。聞かないのはおかしい」と、LINEで長文を送り続けてくるのです。
分かりやすく事を説明しても、同じ事を長々と繰り返す文章を止めることなく送ってくる。
話が出来ないと思った私は、彼女の言い分を飲んでブログを全て消しました。
それが一番問題の起こらないことなのだと分かっていましたが、私には私の想いと決意、意志と決断があるのです。
私の話をひとつまみも聞こうとしない人間が、何故そこまで言ってくるのか理解できませんでした。

後に、彼女は私を単に従わせたいだけの嫉妬心と自己顕示欲の強い人間なのだと知りましたが、その頃の私には分かりませんでした。

その時に書いていたブログの文章だったかもしれません。
5ちゃんねるのきちがいじみた者が、私の名前で別にブログを作り、私の書いた記事の所々を書き換えてアップし、息子に送りつけたのは。
もしかするとその文章ではない文章だったかもしれませんが、勝博に対して書いたものだったのは間違いありません。

平山真由美はそこで終わっていたなら良かったのですが、よーへいと公式のコメント欄で向き合い始めたことを中村恵子(けーちゃん)が話してしまったこと、彼女に送ったLINEの文章そのままを平山真由美に見せたこと、松田真由美と平山真由美を同一人物だと勘違いした5ちゃんねるの人間がネットに写真を載せたため、私がやったと平山真由美に勘違いされたことで、私への執着が酷く大きくなった彼女が保健所へ私のことを相談に行ったり、息子に直接連絡をしてきたり、私に執拗に電話をかけてきたりと、多くの嫌がらせをしてくる結果になりました。
彼女の暴走は本当に酷いものでした。

平山真由美に話した中村恵子は、私と関係があると思われなくなかった。
5ちゃんねるの者達の目から逃れるために、フェイスブックの繋がりを切りたいと言って、私を友達から外しました。
自分がしたことが事を大きくしたということを考えることもなく、彼女は私を切り捨てました。
彼女には、けーちゃんのしたことは人を信じられなくなる行為だと丁寧に説明しましたが、「私が悪いの?」と言い、しまいには面倒臭いと逆に文句を言われました。
私のことが心配だ、心配だと気にしてくれていた人だったし、それまではとても楽しく話せていた人だったので信頼していました。
けれど、言葉とは儚いもので、彼女の心配という言葉は自己保身と平山真由美への不必要なお喋りに消え、初めから中身の無いものだったことを知りました。
言葉とは残酷なものです。 
信じるに値する言葉とは、行動とはどのようなものなのでしょうか?


今日はここまで。