第163話 最強賢者、傍受する
「……さっきから、龍脈の操作が失敗すると思っていたが……貴様の仕業か?」
俺が気配を消して魔族に近付こうとすると、ふいに魔族が振り向いた。
まあ、元々このレベルの魔族に不意打ちを仕掛けられるとは思っていなかったので、問題はない。
敵が無防備な状態ならともかく、あの崩落で警戒を誘った後だからな。
「だったら、どうする?」
その質問に、俺は肯定とも取れる返事をする。
敵が勘違いをしているのなら、勘違いをさせたままにするのは戦闘の基本だ。
だが……
それに対して魔族が反応を示す前に、魔族の周囲の魔力が、不自然に揺れた。
これは……恐らく、通信魔法だな。
そう考え、周囲の魔力を読み取ってみると、通信内容が分かった。
『騙されるなよ。マティアス=ヒルデスハイマーなら龍脈操作を妨害する力はあるかもしれないが、移動しながらは不可能だ。誰かが龍脈の近くに陣取って、妨害工作を仕掛けていると考えろ。使われている魔法からして、恐らく栄光紋が妨害のメインだな。個々の魔法は恐らく高レベルじゃないが、使い方が上手い』
『分かりました。騙されるふりをしながら戦います』
恐らく、この魔族に指示を出している魔族が他にいて、そいつからの通信が入っているのだろう。
内容からして、魔法や龍脈のことを、けっこう分かっている魔族だ。
通信を潰すという手もあるが……今回は、気付かれずに傍受したほうが戦いやすいかもしれないな。
敵の技術レベルを知っておくことにもつながるし。
「……なるほどな。では、お前を潰せば龍脈を好きに動かせるという訳だ」
そう言って魔族が、結界を展開した。
だが、通常の結界とは違い、術式がほとんど中央に集中している。
失格紋対策という訳か。
術式の本体が中央にあるので、こういう結界は失格紋だと潰しにくいのだ。
……まあ、それは失格紋の扱いに慣れていない奴の話だが。
俺は展開された結界魔法の術式を、一部だけ改変する。
結界の術式自体を破壊しなければ、結界全体を崩壊させるのは難しいが……一部だけを壊したり、潜り込むだけなら難しくないのだ。
「なっ……」
驚く魔族を相手に、俺は素早く剣に魔法を付与する。
そうして、魔族に突き刺そうとしてみたのだが……。
「……流石に硬いか」
やはり、まともな力を持った魔族は硬い。
まあ、今まではほとんど様子見でしかないのだが。
だが……それだけではないな。
魔力の感触からして、恐らく近接攻撃対策用の魔法を施してきている。
『どうやら、マティアス対策は効いているようだな』
『はい。威力は想定より高いですが、破られてはいないようです』
『破られる前にカタをつけろ。格上相手に長期戦は不利だ』
『……はい』
やはりか。
この魔族自身も、今まで戦ってきた魔族よりはだいぶ強いが……それ以上に、失格紋を専用に対策してきているようだ。
ただ……こいつが知っているのは、剣に魔法を乗せて戦うだけの失格紋のようだ。
実際、今まで魔族と戦った時の俺は、それに近い戦い方だった。
しかし――失格紋の力がそれだけであれば、失格紋は最強の紋章とまでは言えなかっただろう。
確かに大量の攻撃魔法を乗せた剣は強力だが、失格紋の武器はそれだけではないのだ。
『ルリイ、14番の魔法陣を準備しておいてくれ』
『はい!』
俺はルリイに指示を出しつつ、攻撃の準備をする。
今の攻撃を防いだのは、いっけん防御魔法に見えるが……実は違う。
あれだけの強度の防御魔法を、常時展開はできないからな。
そこにつけ入る余地がある。
問題は、その隙をどこで作るかだが……今回はいい材料が用意されているので、それを利用させてもらおう。
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