第117話 最強賢者、観察する
「魔物が地上の、戦いやすい場所に出てくれるなら、それは絶好の経験値稼ぎのチャンスだ。悲報だなんてとんでもない」
「ま、魔物を、ただの資源みたいに……」
「実際、資源だからな。しかも出てくる場所が分かってれば、罠だって仕掛け放題だ。こんなに美味しい状況はない。……ってことで、結界を起動するついでに、龍脈を見に行くぞ」
「龍脈?」
「ああ。龍脈ってのは、巨大な魔力の塊だからな。魔力を観察するなら、龍脈を見るのが便利なんだ」
召喚魔法がおかしなことになったというのは分かるが、今の探知能力だと、ただ地上で見ただけでは魔物の現れ方は大雑把にしか分からない。
どうせ結界も起動しなければならないことだし、ついでに見てこよう。
「私も魔石を設置するとき、龍脈は見ましたけど……ただ土の中で、魔力がゴチャゴチャしてるようにしか見えませんでした……」
「ボクも、あんなの見ても、分かる気しないよ……」
まあ、ルリイたちには、まだちょっと難しいかもしれない。
龍脈って、確かに結構ゴチャゴチャしてるように見えるからな。
慣れてくると、龍脈の構成なんかが読み取れてくるのだが。
「大丈夫です! 私も分かりませんから!」
「……え? イリスは分かるよな?」
龍脈という名前の通り、竜はなにかと龍脈を使う種族だ。
地図代わりに龍脈を使ったりもするし、分からないはずはないと思うのだが――
「大まかな地理ならともかく、竜だって大きい龍脈にちょっと混ざっただけの魔法なんて分かりませんよ! そんなことができるのは、マティアスさんと……いや、マティアスさんくらいです!」
今、何か言いかけたな。
もしかして、何か隠したいことでもあるのだろうか。
「今、俺以外にもいそうな感じのことを言わなかったか?」
「一人いましたが、今はいません」
俺の言葉に、イリスはそう返す。
やっぱり、昔はいたよな。
よく考えてみると、前世で同じことをしている奴に会ったことはないが、言わないだけで、やっていた奴は多いはずだ。
別に、難しい技術ではないからな。
今は魔法技術が衰退したみたいだし、仕方がないにしても、衰退する前には沢山いたのだろう。
「ちなみにその人は『転生します。探さないでください』とかいう置き手紙を残して、いなくなりました」
そんな奴が――ん?
それ、前世の俺じゃないか!
「イリスが知ってるのって、その一人だけか?」
「マティアスさんと、その一人だけです」
「……まあ、イリスは竜だからな。人間の技術を知らないのも無理はない」
「普通の人間の技術レベルを知らないって意味では、マティアスさんのほうが酷いと思いますけど……」
そんな会話をしながらも、俺達は龍脈へとたどり着いた。
魔族討伐に出かける前に頼んでいた通り、掘った龍脈には魔道具が装着され、魔力収集装置の一部は稼働を始めている。
これなら、すぐにでも他の収集装置をつないで、結界を稼働させられる。
稼働の前に、龍脈の確認だが――これは中々、面白い状況になっているようだ。
元々あった魔法に、死んだ魔族たちの魔力が変な風に結びついて、かなり特殊な状況になっている。
これは、いろいろな意味で期待できそうだ。
それと、龍脈の様子からすると、魔物が召喚されるのは明日の昼前。
いま結界を起動して魔力を消費しても、回復が間に合う。
――ってことで、とりあえずは結界の起動だな。
こうしている間に、魔族が潜り込んだりしたら、面倒だし。
「結界を仕込むスペースを作るから、ちょっと待っててくれ」
「はい!」
「了解!」
「分かりました!」
3人の返事を聞いて、俺は周囲の壁を適当に掘り始める。
もう龍脈の必要な部分は掘り終わったので、ガンガン掘り進めることができた。
それから、3人の手を借りつつ、俺は結界の構成を組み上げていく。
最後に、メインとなる魔道具の付与だ。
「ルリイ、この魔石に、この魔法陣を刻んでくれ」
そう言って俺は、魔石と魔法陣が描かれた紙を取り出す。
俺が来たのは討伐が終わった後だったが、校庭で倒された魔族に刺さっていた矢を見れば、ルリイが俺が魔族戦の前に渡した魔法陣の付与に成功したことは分かる。
あれに比べれば、だいぶ簡単だ。
「はい!」
そう言ってルリイは、魔道具の付与をすんなり終わらせた。
やはり、明らかに腕が上がっている。
元々、魔族戦の前のルリイでは、あの魔法陣の付与は不可能だった。
それでも、何度かの挑戦の末に成功させると読んで、俺はあの魔法陣を渡したのだ。
戦闘の緊張感の中で付与するのと、失敗しても問題ない平時に付与をするのでは、経験の重みが違うからな。
「じゃあ、行くぞ!」
そう言って俺は、完成した魔道具を起動する。
魔道具が、低い音と共に振動しはじめ、やがて止まる。
魔力収集装置からの魔力供給も、安定している。
どうやら結界は、無事に起動したようだ。
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