第116話 最強賢者、様子見する
「……なるほど。向こうだったのか」
魔族が、王都近辺から逃げ出した直後。
逃げた魔族の魔力反応を観察していた。
魔族というのは、基本的に群れを作らない。
第二学園襲撃の際には14人集まっていたが、ああいうのはかなり希なケースだ。
だが魔族が一時的に合流したり、小規模な拠点ができたりすることは珍しくない。
俺が来る前のエイス王国も、その状態になりかけていたし。
という訳で、今回魔族には特殊な魔力を放出し、俺に居場所を教える魔法をつけてもらった訳だ。
もちろん、本人の了解は得ずに。
これからあの魔族には、各地にある魔族の拠点を回って、俺にその所在地を伝える役目を担ってもらうことになる。
本人は、他の魔族達に、俺や第二学園の脅威を伝えているつもりなのだろうが。
――それはいいとして、問題はあの魔族が置いていった、魔物大発生の魔法だ。
恐らく、元々は死んだ魔族から放出された、特殊な魔力に干渉して魔物を大量発生させる魔法だが……構築に失敗したのか、魔法を安定させるのに必要な部分が欠けている。
この構成で魔物の召喚に成功する確率は、せいぜい0.7%といったところ。
99%以上の確率で、何も起きないはずだ。
問題は、残りの約0.3%だ。
壊れた魔法陣に、ちょうどいい具合に周囲の魔力が作用することで、通常の魔物召喚ではなく、おかしな現象が起こる可能性がある。
どうせ何も起きないだろうが、一応消えるまで見守っておこう、程度の感覚で俺はここにとどまっていたのだが……どうやらこれは、随分と運の悪い――いや、運のいいパターンらしい。
不完全な魔法が変な方向に働いて、魔物大発生の魔法(アシュリルが、死ぬ直前に使ったものだ)と、今回死んだ魔族たちの魔力が、融合しようとしていた。
このまま放っておけば、王都の近くで、かなり大規模な魔物召喚が行われることになる。
そこまで見て俺は、第二学園へと戻った。
「「マティ君(くん)!」」
学園に戻ると、入り口のあたりで、ルリイとアルマ、それとイリスが迎えてくれた。
どうやら俺がいない間に、結界のほうは安定したみたいだな。
本格的に起動する時には、また俺が手を加える必要があるだろうが、ひとまず手は離せる状況になったのだろう。
他の生徒達の姿は、あまり見当たらないが……魔力反応を見る限り、学園内部に集まっているみたいだな。
祝勝会だろうか。
「細工をするって出て行きましたが……何があったんですか!?」
「ああ。ちょっと、魔族を倒してきたんだ。それと、一人の魔族に細工をな」
ルリイの質問に答えながら俺は、さっき倒した方の魔族の角を、収納魔法から取り出す。
「か、買い物に行くみたいな感覚で魔族討伐……細工って言うのは、その角にですか?」
「いや、そっちは別の魔族だ。2つほど魔法を仕込んでから、わざと逃がした」
言いながら俺は、再度例の魔族の反応を探る。
どうやら例の魔族は、まだ隣の王国へ向かって飛行中らしい。
仕込んだ魔法も、ちゃんと機能しているようだ。
「魔族を逃がす!?」
「ああ。適当に脅かしてな」
「そ、そんな恐ろしいことを……ちなみに、どんな魔法を仕込んだんですか?」
ルリイの質問に、俺は答える。
「位置を探知しやすくする魔法と、遠隔で爆死させる魔法だ」
「ば、爆死!?」
「ああ。まあ失格紋だと厳密な意味での遠隔操作は無理だから、特殊な魔力に反応して自動で起爆するタイプの術式だけどな」
今回の戦闘で、一番面倒だったのはそこだ。
他の紋章であれば一瞬で仕込める程度の魔法で済むのに、わざわざ拘束して使う必要があった。
失格紋、真面目に戦闘するときにはいいんだが、こういう小技には向かないんだよな。
「な、なるほど……マティアスさんが、ただで魔族を逃がすわけないですもんね……」
「ああ。いくら弱い魔族とは言っても、何もつけずに野放しにする訳にはいかないし」
前世みたいな状況なら、多少放っておいても大丈夫だったのだが、今だと割とシャレにならなさそうだからな。
俺も移動が大分遅くなったので、直接倒しに行くにしても時間がかかるし。
そんなことを考えながら、俺は次の話題を切り出す。
「あと、一つ朗報があるぞ」
「朗報! な、何でしょうか!」
「王都の近くで起きる魔物の大発生が、大規模になったぞ!」
「……ろ、朗報? あの、悲報にしか聞こえないんですけど……」
「っていうか、大災害じゃ……」
悲報? 大災害?
何を言っているんだろう。
丁度いい強さの魔物が大量に現れて、経験値になってくれるんだぞ。
明らかに朗報じゃないか。
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