第115話 最強賢者、逃げられる
人の多い王都中心部を抜け出した俺は、王都から少し外れた場所にある、森に向かった。
ルリイ達に言ったように、細工をするためだ。
問題は、その細工の相手だが――
「マジかよ……あいつら、全滅しちまったぞ。あのマティアスって奴、マジで化け物なのか?」
「奴らは、俺達魔族の中でも最弱クラス……とは言っても、14人を瞬殺というのは、流石におかしい……かなりの化け物と見るべきだろうな」
俺の目の前でこんな話をしながら、何やら魔法を構築している、魔族たちである。
確かに、俺が倒した14人の魔族にくらべれば多少は強そうだが……なんというか、どんぐりの背比べという言葉が似合う感じだ。
一応、俺も姿を隠しているが、敵の探知能力を探るため、隠蔽魔法はわざと弱めにしてある。
向こうが気付く様子は、全くないが。
……そろそろ魔法が完成するみたいだし、俺も出て行くか。
こういう特殊な魔法構築の場合、下手に邪魔する方がおかしな現象が起きる可能性が高いので、逆に終わるまで放っておいた方がいいのだ。
「ああ。まあ俺達にかかれば、あんなのはゴミでしかないがな。俺達の存在にも、気付かなかったようだし」
「まさにその通り。いずれにせよ、奴と俺達が戦うことは永遠にないだろうな。この魔法が、奴を殺すのだから」
「面白い話をしてるみたいだな。どんな魔法で、俺を殺すんだ?」
ちょうど割り込みやすい話が出たところで、俺は会話に混ざってみた。
もちろん、返事はない。
代わりに返ってきたのは、困惑と驚きの言葉だ。
「な……なぜお前がここにいる!」
「それだけ面白そうな魔法が構築されてれば、誰だって気付く。魔法を構築する時には、少しくらい魔力を隠すことに気を配った方がいいと思うぞ」
そう言って俺は、連中が構築していた魔法を指す。
どうやら、一応は完成したようだが……これ、魔法の構成が間違ってるな。
何というか、惜しいことは惜しいのだが、ちょっと違う。
ちなみに、俺がこんな無駄話をしてやっているのは……今回の戦闘には、特殊な事情があるからだ。
同じ理由で、ルリイ達も連れてきていない。
今回の戦闘は、色々と繊細だからな。
「人間が、魔力を探知? ……なるほどな。わざと意味不明なことを言って、動揺させる作戦か。そうはいかんぞ!」
そう言って魔族たちは、俺に向かって武器を構える。
魔力を探知したという部分は、本当なのだが。
当たり前の技術が嘘扱いされたことに、俺は少しもやもやした気持ちを抱えながらも、言葉を返す。
「まあ、理由なんてどうでもいい。さっき、龍脈に歪みを見つけたもんでな。妙な魔法で魔力のバランスを乱されると困るんだ」
これも、半分本当だ。
龍脈の歪みのおかげで、王都の結界構築は、少しだけ早く終わった。
ただ、この魔法は、別に龍脈とは何の関係もない。
魔法の構成からして、魔族はどうせ自分が構築している魔法の意味なんて分かっていないので、だまされてくれるだろうと見ての発言だ。
「……も、もちろん気付いていた! だからこそ、この魔法で貴様を殺す! 龍脈の力で!」
ほら。やっぱり分かっていない。
この魔法に、龍脈に干渉する力などない。
ただ死んだ魔族の魔力を媒介に、魔物を大量発生させる術式――の、出来損ないだ。
しかし、今までの会話のおかげで、2人を魔法の射程に収めることができた。
だから俺は、次の魔法を展開する。
「なっ……貴様、何をするつもりだ!」
急に体が動かなくなったことに、魔族たちが驚きの声を上げる。
俺が『魔糸拘束』と呼ばれる、敵を束縛する魔法を使ったのだ。
「決まってるだろ? お前らを殺す」
俺は親切にも、魔族の質問に答えてやりながら、魔族のうち弱そうなほうに攻撃魔法を撃ち込んで倒す。
剣で倒さないのは、わざと派手な魔法で倒して、もう片方の危機感を煽るためだ。
「ぎゃあああああ!」
俺の魔法を受けて、弱そうなほうの魔族は、無駄に苦しみながら死んでいった。
「くっ、化け物め……仕方ないか!」
魔族の一人が倒されたのを見て、もう片方の魔族は悔しそうな顔をしながら、大量の魔力を放出する。
自分の体に過負荷をかけながら、一気に体を強化することで、拘束を抜け出す魔法だ。
よかった。このくらいの魔法は知っていてくれたか。
もし知らなかったら、失敗したふりをして、わざと拘束を緩めなければいけなかったところだからな。
そんなことを考える俺の前で、魔族は森へと飛び込み、隠れるようにして逃げ始めた。
俺が来るまでは『あんなのゴミでしかない』とか言っていたはずだが、随分な逃げっぷりだ。
本人は魔法を使って、身を隠しながら逃げているつもりのようだが――隠蔽魔法の魔力が派手すぎて、逆に見つけやすくなっている。
――まるで成長していない。
ついさっき、魔力を隠した方がいいと教えてやったばかりだというのに……。
追いかけて倒すのは、簡単だ。
だが俺は魔族を追いかけず、魔族は派手に魔力を放出しながら、森の彼方へと消えていった。
――よし。上手くいったみたいだな。
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