やわらかホロホロのお肉を実現する、たった2つのポイント

第6回は「肉料理」についてです。お肉はやわらかくジューシーに仕上げたいもの。そのために抑えるべきは、使う肉の部位に応じて加熱の仕方を変えることです。やわらかお肉ができあがるメカニズムをご紹介します。

洞窟の壁画に野生の牛や馬が描かれていることから、人間が狩猟活動を行うようになったのは10万年以上前と推測されています。人間は象のように身体が大きいわけでもなく、ライオンのように鋭い牙を持つわけでもない弱い生き物ですが、集団で狩りをし、そこで得られた食べ物を分かち合うことでコミュニティを形成し、今日の繁栄を得たのです。

その時代から肉を調理する基本は「焼く」ことでした。なぜ、肉は焼くとおいしいのでしょうか。大きく関係しているのはメイラード反応です。

高温で肉を熱すると大きな分子が小さな分子に分解され、いわゆる「肉っぽい香り」が出てきます。このいい香りは高温で加熱しなければ出てきません。香りをより強くしたければ糖類と一緒に調理すると、メイラード反応をより進めることができます。焼肉で糖分を含んだタレに漬け込むのはそのため。


ステーキ用の肉の部位。何が違う?

今日は奮発して牛肉のステーキを焼いてみましょう。

まず、スーパーでステーキ用の牛肉を買ってきます。しかし、スーパーの肉売り場に行くと「ヒレ肉(ステーキ用)」「サーロイン(ステーキ用)」「牛肩ロース(ステーキ用)」「もも、ランプ肉(ステーキ用)」という具合にいくつも種類があって、戸惑ってしまうかもしれません。同じステーキ肉ですが、それぞれ肉の部位も性質も違います。

どの部位がどのような性質の肉なのでしょうか。それは牛になった気分で四つんばいになり、草を食べる真似をしてみるとわかります。首や肩、胸、前足に力がかかり、背中は動きませんね? この時、力がかかっている部分がいわゆる《硬い部位》です。つまり、草などの餌を食べるときによく動かす首はもっとも硬い部位の一つ。

肉を構成している要素は筋肉=筋繊維と、腱(料理用語ではスジ)=結合組織、それから脂肪の三つです。もも肉やランプ肉(おしりの肉です)は牛の重い体重を支えるための筋肉が発達しているので、やや硬め。しかし、筋肉が発達しているということは味が濃い証拠でもあります。ランプ肉やもも肉をステーキにするときは叩いて薄くしたり、レア気味に焼いてから薄く切って食べるとおいしいでしょう。

逆に一番やわらかいのは背中の内側のあまり動かない筋肉のヒレ肉。動かない部位なのでやや淡白な味ですが、脂肪が少なく、やわらかいのが特徴で、人気があります。ただ、他の部位に比べると小さい部位なので、高価なのが難点です。

背中の肉はサーロイン。こちらもやわらかいですが、ヒレ肉よりも味が濃いので、ステーキ用の肉としては一番人気。

サーロインよりも前の位置にある肩ロースはどうでしょうか? 肩は歩くたびに動くので、サーロインより味は濃いのですが、動くための腱が入っています。腱は焼いても硬くて食べられないので、取りのぞくか、気にならない程度まで薄く切る必要があります。肩ロースの薄切りがよく『すき焼き用』として売られているのはこのためです。

腱(スジ)=結合組織は筋繊維を取り囲み、骨や肉同士を物理的に結合させている部分です。スネ肉のように動く必要のある部位ほど結合組織は多く、筋肉の力が強いほど、結合組織も太くなるので、動物が年をとって運動量が増えてくると結合組織も太く強くなっていきます。

結合組織の主要な成分は「コラーゲン」というタンパク質で、焼いただけでは食べられません。しかし、水の中で加熱すると「コラーゲン」は粘りのある「ゼラチン」に変わるので、焼くのではなく、長く煮込めばやわらかく食べられるのです。


強火で何度も裏返して焼く ステーキ

1.厚さ1.5㎝〜2㎝のステーキ肉の両面に薄く塩を振る。

2.オリーブオイル大さじ1を入れたフライパンを中火にかけて十分に熱し、静かに肉を入れる。片面30秒焼くのを4回くりかえし、計2分間焼く(2㎝以上の厚さの肉の場合はここで火を弱火に落とし、さらに1分間焼く)。

3.お皿にとり、4分間休ませる。端を切ってみて、火加減を確かめる。生っぽかったらもう30秒ずつ両面を焼き、2分休ませる。好みの焼き加減までこれをくりかえす。適当な大きさに切り、カラシ醤油やわさび醤油をつけて食べる。

さて、好みの肉を買ったら、家に帰って早速、焼いてみましょう。ゆで卵をつくったときに卵のタンパク質の変性温度について触れましたが、同様に、肉を焼く前に肉のタンパク質の変性温度を頭に入れておくと戸惑いません。

肉のタンパク質はおよそ50℃から固まりはじめ、55℃で弾力が出てきます。60℃になると縮みはじめ、水分が外に出てくるので、ミディアム・レア〜ミディアムを目指すのであれば、この手前で加熱をとめます。65℃で灰色になりはじめ、70℃で完全に灰褐色になり、肉汁はほとんどなくなります。ここまで焼いたら「焼き過ぎ」です。

卵と違って肉の目標温度はややシビアなので、やわらかい肉は加熱しすぎないことが原則。厚さ2.5㎝のステーキをフライパンで焼く場合は1分間に5℃以上温度が上昇することを覚えておいてください。一般的には中心温度65℃が加熱の限界です。つまり、この温度がウェルダン。しっかりと火を通したい豚肉や鶏肉も65℃以内に収めたほうがいいでしょう。

火の通り過ぎを防ぐ対処法として広く行われているのは加熱を二段階にわけることです。つまり、最初に高温で表面を焼き、次に弱火で温度を上げていく方法。逆に低温で焼き、最後に高温で表面に焦げ目をつける方法もあります。

いずれにせよ、焼く時間が長くなるほど、水分が蒸発する量も増えるので、1.5㎝〜2㎝くらいの厚さの肉であれば、水分が蒸発する前に一気に焼き上げたほうがジューシーに仕上がります。

料理書の多くには「肉は中火で焼き、裏返すのは一度だけ」と書かれていますが、それは誤りです。肉は頻繁に裏返すことで放出する熱の量が少なくなり、早く焼けるからです。早く焼けるということは外側に火が通り過ぎるリスクが減るということ。理想的な状態で火を入れるには強火で何度も裏返しながら焼くのが最適です。一度だけ裏返す方法だと片側にはどうしても火が通り過ぎてしまいますからね。

フライパンの中で肉が重なってしまうとその部分に、焼き色がつかないので、フライパンの底に収まる枚数にします。一度にたくさん入れるとフライパン表面の温度が下がり、肉から出てきた水分で表面が煮えた状態になり、メイラード反応もうまく進まないので、理想は1枚〜2枚です。

3回裏返して、トータルで2分間焼いたら温かい場所で焼いた時間の倍の時間、休ませます。つまりここでは4分。そうして休ませているあいだに表面の熱がゆっくりと内部に伝わります。

肉が冷めてしまうと心配になるかもしれませんが、室温25度の部屋であれば5分置いても表面温度が4℃下がるだけなので問題なし。それよりも肉の内部に熱が伝わる時間を確保することのほうが重要です。

肉の端を切ってみて「もう少し焼いたほうがいいな」と思ったら、もう一度、

30秒焼きをワンセット(トータル1分間)くりかえし、2分間休ませます。これを好みの焼き加減までくりかえせばおいしいステーキになります。付け合せにはぜひ、フライドポテトを。


弱火でコトコト煮込むとやわらかくジューシーに 煮豚

硬い肉は煮込みに適しています。硬い肉、すなわち牛肉や豚肉ならすね肉やバラ肉、肩ロースです。鶏肉の場合は胸肉よりももも肉、あるいは手羽が煮込みに向いています。今回は豚肩ロース肉を醤油味で煮込んでみましょう。

1.豚肩ロース300gは3㎝〜4㎝角に切り、少量の油を敷いたフライパンでこんがりと焼く(中は生でもかまわない)。

2.18㎝の行平鍋に水2カップ、酒1カップ、砂糖大さじ2、1の豚肉を入れて強火にかける。煮立ってきたらアクをとり、極弱火に落として1時間煮る。

3.醤油大さじ2を加えて、さらに1時間煮る。塩小さじ1/8(0.7g程度=親指と人指し指でつまんだくらい)加えると味が引き締まる。金串を刺して肉の硬さを確かめて、すっと刺さるようならでき上がり。

バラ肉を使う場合は脂抜きのために事前に下茹でする必要がありますが、今回のような肩ロースを使えばその必要はなく、手軽に楽しめます。醤油味ではなくデミグラスソースで煮込めばブラウンシチューになりますし、トマトソースで煮込む手もあります。原理さえわかれば応用は自由自在です。

この料理ではまず「肉を焼き(メイラード反応で風味を出し)」それから「肉を煮込む(結合組織を変性させてやわらかくします)」という二段階の工程を踏みます。

メイラード反応についてはステーキと同じ要領で、高温で表面をさっと焼けばいいでしょう。続いての煮込む工程ではコラーゲンをゼラチン化させるために70℃以上にしなければいけませんが、肉の赤い部分を高温にさらすとパサパサになってしまいます。

解決策は蓋をしないで、弱火で煮込むことです。蓋をしないでコトコト煮ると90℃程度で加熱することができます。80℃での加熱が理想ですが、現実的にはこれがベターな調理法です。

蓋をしないで煮ると低い温度で加熱できる秘密は鍋の中身が蒸発する時の気化熱にあります。夏場のコンクリートに打ち水をすると涼しくなりますが、水は蒸発するときに周りの熱を奪っていく性質があります。蓋をしないで、極弱火で煮込むことで、沸点以下で加熱することができるのです。

のんびり煮込むと肉はほろほろになります。肉のタンパク質が凝固してしまっても、口の中でバラバラになれば、やわらかく感じます。また、スジ=結合組織がゼラチンになっているわけですから、ジューシーさもあるはずです。

肉の調理を温度という視点からまとめるとこんな感じです。スジの少ない部分は40℃〜60℃まで熱し、スジの多い部分は70℃以上で加熱しなければいけません。さらに風味を良くするには表面を140℃以上で加熱してメイラード反応を起こします。

なんだか数字がいっぱい出てきて面倒に聞こえるかもしれませんが、整理すればとても単純な理屈です。つまり、やわらかい肉は表面に中火〜強火で焦げ目をつけつつ、火を通しすぎないこと。硬い肉は強火でグツグツ煮るのではなく、蓋をせずに弱火でコトコトと煮ればおいしくできること。そんな簡単なポイントをいくつか守るだけでいつでもおいしく、やわらかな肉料理をつくることができます。

<今回のまとめ>
●高温で肉を焼くとメイラード反応が起こり、「肉っぽい香ばしさ」が生まれる
●やわらかい部位は加熱しすぎないよう、強火で短時間で焼くことで、こんがりジューシーに仕上がる
●逆に硬い肉は弱火で長時間、煮込むことでやわらかくなる

この連載がスマート新書として9/2(月)に発売されました!

目次
第1章 完璧なゆで卵のつくり方 〜煮る、茹でる料理のキホン
第2章 高温と低温を同時に達成するのがコツ 〜焼く料理のキホン
第3章 電子レンジでつくる夏野菜の煮物 〜蒸し料理のキホン
第4章 卵の量を控えるだけでお店風の天ぷらに 〜揚げ物のキホン
第5章 色によって調理法が変わる 〜野菜料理のキホン
第6章 ステーキは強火で何度も裏返す 〜肉料理のキホン
第7章 火が通りやすい魚は、短時間で調理せよ 〜魚料理のキホン
第8章 計量は料理上達への近道 〜道具のキホン





お金のことを語るのは、なんとなくカッコ悪いかも?という世の中の風向きを、
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この連載について

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おいしさの「仕組み」がわかる 料理のキホン

樋口直哉

すでに料理をしている人も、これからはじめる人も、知ればみるみる料理が上達し、楽しくなる「料理のキホン」をご紹介します。どのように調理するとおいしくつくれるのか、なぜそのように調理するのか、食材はどのように扱うべきなのか、調理法と食材の...もっと読む

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4sei_kachou すんばらしい。ただこうしろってレシピで… https://t.co/nMUUbM7chR 約1時間前 replyretweetfavorite

yanagi_galaga よんだらおにくたべたくなるやつ。 約2時間前 replyretweetfavorite

sumiko1029 目から鱗。こんな風に体系立てて解説してくれる料理の記事ってなかなかに貴重です。 約3時間前 replyretweetfavorite