第13話 最強賢者、しらを切ろうとする
「レイク様が、魔物を倒したぞ!」
俺は魔法で声色を変化させ、村人のふりをして叫ぶ。
「え? え?」
状況を理解できていない兄レイクに、俺は声を落として告げる。
「僕はここに来てない。魔物はレイク兄さんが倒した。おーけー?」
「どうして、そんなことを……?」
「僕が外に出ているのがバレると色々と面倒だし、手柄なんていらないんだ。それに、レイク兄さんが次期当主になってくれないと……」
ビフゲルが次期当主だなんて、考えただけでも恐ろしい。
安心して領地を出て行けないじゃないか。
「でも、手柄を横取りだなんて――」
「じゃあ、僕が円滑に領地を出られるように後押ししてほしいかな。じゃあ、また!」
話しているうちに、領民たちがこちらへ来たようだ。
俺が見つかっては元も子もないので、いったん距離を取って、気配を消しながら見守ることにする。
「ま……魔物は、倒された!」
村人が集まってから、兄レイクがぎこちなく宣言した。
後ろめたそうなのはマイナスだが――どうやら、バレてはいないようだ。
誰が倒した、とは言っていないのがポイントだな。
さて、俺も家を出ているのがバレる前に、帰るとするか。
――ちなみにビフゲルは、魔物の爪がちょうど防具の分厚い部分に当たったようで、軽傷を負っただけだった。
運の良い奴である。
◇
それから、二日後。
俺はなぜか、帰ってきた父カストルに呼び出されていた。
それも、一人で。
「来たか、マティ」
俺が来たのを確認して、父カストルが口を開いた。
「おとといの件は、知っているか?」
「はい。レイク兄さんが、魔物を倒したことですよね?」
「ああ。『レイクが』極魔種の魔物を倒したらしいな。俺も死体を見たが、素晴らしい太刀筋だったぞ。」
「レイク兄さんは、剣の名手ですからね!」
父カストルの指導を受けているせいだろうが、兄レイクは領内で、剣の名手という評価を受けていた。
ちなみに極魔種というのは、魔物のうち、小型で高密度の魔力を持った種類を指すらしい。
はっきりした基準はないようだが、あの熊の魔物は、極魔種に分類されるようだ。
「ああ。あのランクの魔物の首を一撃で落とせる奴なんて、そうはいないぞ。お前達に渡している剣でそれを成し遂げられる奴となると――最早、化け物と呼んでいいレベルだな」
「レイク兄さん、すごいですね!」
魔物の種類だけでなく、わざわざ斬り方まで確認していたのか。
これは……バレたかもしれない。なんか、『レイクが』の部分を強調していた気がするし。
「いや。言っては悪いが、レイクじゃ無理だな。将来的にはともかく、今のレイクではな。今領内にいて、可能性がある者となると――」
「ビフゲル?」
「馬鹿を言うな。お前以外いないだろ」
「……ナ、ナンノコトカナー」
いや。自分で言っていても、ビフゲルはないと思ったが。
適当に農民のおっさんの名前を挙げたほうが、まだ説得力があった。
「まあ、気持ちは分かるぞ。レイクを次期当主にしたいのは、俺も同じだからな。……だからお前がいいなら、そこを追求する気はない」
意図までバレていたか。
そのままにしてくれるというのであれば、お言葉に甘えておこう。
「ただ、手柄はともかく、戦利品は倒した奴が受け取るべきだ。素材は扱いが面倒だからこちらで現金化して、領地を出るときに持たせてやろう。レイクの許可も取った――というか、レイクから言い出したことだからな」
……父カストルがわざわざ切り口を確認した理由が、分かった気がした。
いきなり俺に素材を渡すとか言い出したら、怪しまれて当然だ。
「ということで、これは渡しておこう。マティが……いや、レイクが倒した魔物から出てきた魔石だ。これは保存が簡単だし、使い道も色々あるからな」
「ありがとう」
父カストルは俺に魔石を渡して、どこかへ行ってしまった。
魔石か。
前世の俺であれば、自分で加工したところなのだが……第一紋以外だと、加工のクオリティーがガクッと落ちるんだよな。
今は魔石のままで持っておいて、後で腕のいい職人を探して、加工を頼むことにしようか。
しかしこのサイズの魔石って、地味に使い道に困るんだよな。強力な魔道具を作るには少し小さいし、生活用の小魔法を込めるには大きすぎる。純度は悪くないから、いっそ砕いて魔法薬の材料にでも――
「マティ、頼みがあるんだ」
魔石の使い道を考えながら歩いていると、兄レイクに声をかけられた。
「素材の話なら、もう父上から――」
「いや。それとは別件だ。あれは元々、マティのものだからね。そうじゃなくて、僕に魔法を教えてほしいんだ」
「魔法を?」
「ああ。正式にビフゲルから次期当主の座を奪うには、やっぱり魔法で勝たなくちゃいけないんだ。でも、この領内には魔法を教えられる人がいない。そう思っていたんだけど……あの熊を倒すとき、マティは魔法を使っていたよね? それも、無詠唱で」
俺が魔法を使ったことに、気がついていたのか。
あの時使った魔法は炎魔法ほど派手ではないが、【魔力撃】と違って、不可視という訳でもないからな。
ビフゲル降ろしのために魔法の指導をするのは、もちろん問題ない。
だが最後の方に、よく分からない部分があった。
「魔法は使っていたけど……むえいしょうって、何?」
むえいしょう……聞いたことのない名前だ。
俺があのとき使ったのは、特に名前のついていない魔法だったが、今の時代では名前が付いているのだろうか。
「無詠唱は、詠唱をしないことだけど?」
「……詠唱?」
えいしょう? やはり聞き覚えが……
いや。そういえば大昔、どこかの歴史書か何かでそんな名前を見たことがあったかも知れない。
魔法を使う際、決められた言葉を唱えるだとか書いてあった気がするが、あまりに非効率かつ無意味な方法なので、すぐに廃れたと本にはあったはずだ。
言われてみればビフゲルが魔法らしきもの(あれを魔法と呼ぶのは、魔法に対する冒涜だと思う)を発動した際、何やら無意味なたわごとを呟いていた気がするな。
「魔法を使えるのに、詠唱を知らない……? 詠唱っていうのは、ビフゲルがやってたみたいな……ちょっと見ていてくれるかい?」
そう言って兄レイクは、森の端にあった木の前に立ち、片腕を前に突き出した。
「我が体に満ちる火の魔力よ、一筋の矢となりて、我が前の敵を穿て!」
兄レイクが唱えたのは、ビフゲルと全く同じ文章だった。
そして、集まる魔力が少ないところも、変換効率が最悪で、極めて低威力なところまで一致している。
いや。おそらくは紋章の差だろうが、威力に関してはビフゲルより酷い。
全く訓練を積んでいない状態では、第一紋(現代では、栄光紋と呼ばれているらしい)が一番強いのだ。
「これが、詠唱だよ。マティがやっていたのは、詠唱を使わない魔法だから、無詠唱と呼ばれている。それって、かなりの高等技術なはずなんだけど……」
――なるほど。
今の世界の魔法は、想像以上に酷いらしい。
ビフゲルのあれが目標だとしたら、それを超えさせるのは簡単だ。超えないように指導する方が、逆に難しいくらいである。
だがその前に、一つ聞いておかなくてはならない。
「レイク兄さんは、ビフゲルに勝つために魔法を学びたいの? それとも、魔法戦闘の道に進みたいの?」
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書き下ろしもありますので、よろしくお願いします!