第12話 最強賢者、名案を思いつく
哀れな領民たちを無理矢理同行させたビフゲルは、村人のうち一番体格の良さそうな奴を先頭に立て、周囲を他の村人たちに固めさせた上で、意気揚々と森に入っていく。
兄レイクの立ち位置は、一番後ろだ。
手柄をとられないようにしつつ、いざという時には役目を押しつけるためだろうか。
俺はそこから二十メートルほど離れて、あとをつけていた。
気付かれないよう尾行するにしてはかなり近い距離だが、相手が対策魔法を使っていなければ、魔法でいくらでもごかませる。
目的はもちろん、ビフゲルの暗殺――ではなく、ビフゲル以外の参加者を守ることだ。
その結果として、たまたま偶然、運悪くビフゲルだけが死ぬようなことがあるかもしれないが、それは俺の関知するところではない。自業自得である。
「それで魔物ってのは、どっちにいたんだ?」
ビフゲルが、領民の一人に聞く。
「森の奥です」
「奧ってことは……どっちだ?」
そんなことも分からないのに、出兵したのか……。
「今どこにいるかは分かりません。見つけたのは結構前なんで、もう移動しちまってるかも……」
「チッ、使えん奴だ。――まあいい。適当に歩いてれば、そのうち見つかるだろ。行くぞお前ら!」
作戦がずさんだ!
ビフゲルはこの森の広さを、どのくらいだと思っているのだろう。
適当に歩いていては、下手をすれば一週間かかっても、魔物の元には到着できない。
この尾行、いつまで続くのかな……などと思いつつも、俺は追跡を続けるのだった。
――二時間後。
「ビフゲル様。手分けをするのはいかがでしょう」
あまりに魔物が見つからなかったためか、領民の一人がこんな提案をした。
ナイスだ領民!
……しかし、だ。
「お前は馬鹿か! そんなことできる訳がないだろう!」
ビフゲルは反対した。
「もし俺に何かあったら、どうするつもりだ!」
ビフゲルに何か……えーと、喜ぶ?
などという回答を、領民ができるはずもなく、作戦は頓挫した。
「そんなマネをせずとも、俺のカンで見つけてやる! 次は向こうだ! さっさと歩け!」
結局、カンかよ。
しかもそのカンが、当たっているからタチが悪い。
何の偶然かは分からないが、今ビフゲル達が歩いている方向は、ちょうど魔物に向かうような方向なのだ。
距離が近付いたせいで、魔物の種類も少しつかめてきた。
恐らくは熊や虎といった、四足の動物が魔物化したものだな。
魔物にしてはかなり小さい体だが、それはこの魔物が弱いということではない。
むしろ逆だ。魔力反応の大きさが同じなら、体が小さいほうが魔力の密度は上がり、戦闘力も高まる。
この規模の魔力反応の中でいえば、最悪のパターン。父カストルでも、一対一で勝てるかどうかは怪しいところだ。
それから十分ほどして、討伐隊は魔物の少し手前までたどり着く。
あと10秒もすれば、魔物が視界に入るだろう。
ビフゲル達が魔物に近付いていくのを見て、俺は討伐隊と少し距離を開け、熊の側面を取るように位置取った。
問題なのはここからだ。
ビフゲルは領民に周囲を固めさせており、必然的に魔物と最初に戦うのは領民ということになる。
その段階で俺が手を出して魔物を倒せば被害は防げるが、それだとビフゲルは魔物をナメたままになるし、「俺でも倒せる獲物を、横取りされた」などと言いがかりをつけられかねない。魔物を倒すことよりも、倒した後の処理が面倒なのだ。
だが、それだけのために無関係な領民に被害を出すのも問題だ。
どうしたものか、と考えながら様子をうかがっていると、状況が動いた。
それも俺にとって、最善に近い方向性で。
「俺の獲物だ! お前らは手を出すな!」
ビフゲルが魔物を見つけ、周囲の護衛を無視して前に出たのだ。一体何のために周囲を固めさせたのだろうか。
これだけ派手に騒げば、魔物も当然ビフゲルの存在に気付く。
背中を見せていた熊の魔物が向き直り、ビフゲルに向かって走り出す。
対するビフゲルは剣も構えずに片手を前に突き出し、何やら訳の分からないセリフを叫び始めた。
「我が体に満ちる火の魔力よ、一筋の矢となりて、我が前の敵を穿て!」
セリフと共にビフゲルの手に魔力が動き、ポヒュッ、という小さな音を立てながら現れた火の矢が、熊の方へ飛んでいく。
熊は火の矢を避けようとさえせず、真っ直ぐビフゲルへと走っている。
そして火の矢が熊の目に直撃し……消滅した。
熊は全くの無傷、ノーダメージだ。
これは……魔法か? しかし、それにしてはあまりにも稚拙というか、お粗末だ。いくら魔物が魔法耐性を持っているとは言っても、最大の弱点の一つと言ってもいい目に当たって無傷など、まともな魔法ならまずあり得ない。
威力もそうだが、変換効率もおかしい。手に集まった魔力は微々たるものだが、それでもちゃんと変換できていれば、あの数十倍は威力が出てもおかしくないはずだ。
そもそも、最初の恥ずかしいセリフは何のためにあった?
「なっ……」
「ビフゲル様の……栄光紋の魔法が効かない!?」
「こいつ、ただの魔物じゃないぞ! 極魔種だ!」
その様子を見て、討伐隊一行が驚きに包まれた。
どうやら彼らにとって、ビフゲルの魔法(?)が通じないというのは衝撃的なことらしい。パニックに陥って意味不明な方向へと走り出す人間までいた。
中でも一番驚いているのはビフゲル本人のようで、ほとんど動けないでいるところに熊の爪を受け、数メートル吹き飛ばされた。
周囲が固まる中、唯一まともな判断力を残していた兄レイクが、熊の爪を剣で受け止める。
「撤退だ! ここは僕が食い止める! 早く撤退を!」
だが、地力があまりにも違う。
兄レイクの剣も、あっという間に押し込まれる。このままでは三秒ともたない。
……まあ、三秒もあれば十分なのだが。
兄レイクの剣が押し切られる前に、俺は挑発魔法の一つ、【強制探知】を発動する。
精度には個体差があるものの、ほとんどの魔物は無意識のうちに【受動探知】を使っている。
【強制探知】は、その魔物に向けて魔力を浴びせることで、自分の魔力反応を大きく見せる魔法だ。
弱すぎると無視され、強すぎると逃げられてしまう、ある意味で調整の難しい魔法なのだが――うまくいったようだ。
【強制探知】が発動した次の瞬間、熊の魔物は兄レイクから腕を放し、一目散に俺の方へと向かって走ってきた。
「マティ、なぜここに! 早く逃げるんだ!」
叫ぶ兄レイクを無視して、俺は魔力を練る。
魔物が到達するまでにかかる時間は、およそ4秒。十分すぎる。
俺は胸の前に両手を構え、体内の魔力を一気に集中させる。
集まった魔力に指向性を付与し、同時に圧力へと変換。
そして体術で魔物の腕をかわし、すれ違いざまに心臓へと叩き込む。
流石にこれだけでは倒せないが――動きが鈍れば、それで十分だ。
俺は家から持ってきていた剣を抜くと、身体強化と【魔力撃】を乗せ、一撃で首を切り落とした。
「マティ! ここは僕が……あれ?」
魔物を追いかけてきた兄レイクが、倒れた魔物を見て惚けた顔をする。
そこで俺も、今の状況に気付いた。
討伐隊のうち兄レイク以外は草木に遮られ、魔物が倒されたことに気がついていない。あの恐慌状態を見るに、多少不自然な演技であっても、そこに気付く余裕を残した者はほとんどいないだろう。
これはもしや……チャンスではないだろうか。
手柄を、押しつけてやる!
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