第11話 最強賢者、失格紋の冷遇に気付く
俺が9歳になって、半年ほどが経過した。
休まず鍛錬していただけあって、体力や魔力も良い感じに伸びてきた。
「領民共を集めろ! できるだけ強い奴だ!」
そんなある朝、俺が起きると、ビフゲルがこんなことを叫んでいた。
誰かに呼ばれたとかで、今日は父カストルが家にいない。
押さえる人間がいなくなったせいで、いい気になっているのかもしれないな。
しかし、それと領民を集めることの関連性は、よく分からない。
頭数を集めて、俺をボコるつもりだろうか。だったら、綺麗にビフゲルだけ返り討ちにしてやろう。巻き込まれる領民たちが可哀想だ。
「マティアス、お前は来るな。家でじっとしてい……いや。今日は森に出た方がいいぞ!」
スルーして、こっそり家を出ようとしたのだが、ビフゲルに見つかってしまった。
手抜きせずに、隠密系の魔法でも使えば良かったかもしれない。
一瞬そう思ったが、かけられた声の内容は、俺の予想を遙かに超えていた。
ビフゲルが、俺の外出を推奨している……?
まさかビフゲル、ついに正気に戻って――
「マティ。今日はやめておいた方がいいよ。森に魔物が出たんだ」
戻って、いなかった。なんだ、俺に死んでほしかっただけか。それでこそビフゲルだ。安心したぞ。
魔物と聞いて、俺は【受動探知】を使い、森の中の様子を探ってみる。
すると、普段の俺では探知できないような距離に、魔物の反応が見つかった。
見つけられたのは、別に【受動探知】の調子が良かったとかいう訳ではない。
反応のサイズが、大きかったのだ。
もちろん、前世で見た強力な魔物に比べれば小さい反応ではあるが、最下級の魔物に比べると、はるかに大きい反応。
最もマシなパターンでもビフゲルなら10秒と持たないだろうし、レイクでも30秒もたせるのが限界だろう。
だがこの魔物には一つ、最も簡単な対処法がある。
「放っておけばいいんじゃないか?」
遠くから動きを見る限り、この魔物は、村の存在に気付いていないようだ。
当然、襲ってくる様子もない。放っておけば勝手にいなくなる可能性が高い。
父カストルが帰ってきても、恐らく勝てるだろう。わざわざビフゲルが領民を集めて挑む意味など、一つも見当たらない。
「我が領地を踏み荒らす魔物を、放っておけるか! この俺の手で、絶対に討伐する!」
おお。珍しくビフゲルが、ちゃんとした貴族っぽいことを言っている。
今ので理由が分かったぞ。ビフゲルは手柄がほしくて、魔物に挑もうとしているんだな。
「レイク兄さん、止めないの?」
ビフゲルが一人で挑むというならともかく、領民達が可哀想だ。
「僕もそうしたいのは山々だけど、それはできないんだ」
「なぜ?」
父カストルがいなくとも、長男である兄レイクの反対があれば、領民たちが従う必要は無くなると思うのだが。
ビフゲルは領民にも嫌われているようだから、自主的に従うような奴もいないだろうし。
「この俺が次期当主候補の筆頭、つまり領主の代理だからだ!」
そんな俺の問いに答えたのは、ビフゲルだった。
領主がいないとき、次期当主が代理を務めるのは分からなくもないが――
次男の上、馬鹿を絵に描いたようなビフゲルが、次期当主候補筆頭……?
「いやはやご冗談を」
思わず、変な言葉遣いになってしまった。
あり得ないよね? という気持ちを込めて、俺は兄レイクの方を見る。
「事実だよ、マティ」
なん……だと……
「マジで?」
「残念ながらね。……次期当主の選定基準にも、色々な決まりがあってね。栄光紋とか魔法技術が関わってくると、次男のほうが上になったりするんだ」
栄光紋というと、ビフゲルのたわごとに含まれていた単語か。
そのたわごとに、兄レイクまでもが同調している……?
俺は思わず探知魔法を発動し、誰かが俺に幻覚をかけていないかどうか確認する。
しかし、幻覚魔法の痕跡は見つからなかった。
兄レイクにも、精神操作系の魔法はかかっていない。一体何が起きているというのか。
「その辺は、国の規定みたいなんだけど……ああ。あった」
そう言いながら兄レイクは、一枚の紙を引っ張り出した。
タイトルは『エイス王国貴族・次期当主選定基準』となっており、何やら大きくて立派な判が押されている。
試しに読んでみる。魔力や体力を鍛えるついでに勉強していたので、文字も多少は読めるようになったのだ。
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エイス王国貴族・次期当主選定基準
貴族家の次期当主候補は以下の基準に従って比較し、点数の高い者から上位とする。
ただし特別の事情がある場合は、この限りではない。
長男 5点
長男以外 長男よりも年齢が低い場合、年齢差一つにつきマイナス一点
栄光紋 5点
魔法技術 高い方に3点
女性 マイナス2点
失格紋 マイナス200点
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……点数制だな。
重要性の異なる複数のものを比べる際には有効な方法だが、こんな所にまで採用するのはどうなのだろうか。
いや。それはいいとして、貴族に求められるのは魔法の力じゃないだろ。ただの魔法バカが領主になってしまったらどうするんだ。
どうやらこの表によると、年齢や栄光紋、魔法の技術などがあれば、次男や女性でも当主になれるらしい。
逆に失格紋(ビフゲルが言っていたことが正しいとすれば、俺の紋章のことだ)を持った人間は、下の兄弟と200歳近く差が無いと、当主になれないと。
じゃあこの基準に従って、ビフゲルと兄レイクを比べてみよう。
兄レイクは長男なので、プラス五点。
ビフゲルは一歳差の次男で、栄光紋なので、プラス四点。
――なるほど。魔法技術次第では、順位が逆転する訳か。
そして兄レイクの言い方からすると、魔法技術はビフゲルの方が高いようだ。
これはまあ、そうかもしれないな。ビフゲルや兄レイクが魔法の練習をしているところは見たことがない。
そして、全く訓練を積んでいない場合の比較なら、第一紋は強いのだ。
まあ第一紋の成長率は低いので、まともに訓練をすれば、八歳で追い抜かされる程度の差なのだが。
「じゃあ、僕も参加で――」
「来るな」
ビフゲルが自滅するだけなら全く構わないが、兄レイクまで巻き込まれるとなると、放っておく訳にはいかない。
そう考えて立候補したのだが、秒速で却下されていた。まあ最初から来るなと言われていたので、ダメで元々なのだが。
「さっきは森に行けと言ったが、邪魔をされても困るな……。よし、お前は今日一日、玄関から外に出るな。これは当主代理としての命令だ。じゃあな」
更にビフゲルは、こう言い残して家を出て行ってしまった。
流石に放っておく訳にもいかないのだろう。兄レイクもついていくようだ。
さて。俺はどうするかだが、当主代理として、玄関から出るなと命令されてしまった。当主命令では仕方が無いな。
仕方が無いので、窓から出ることにしよう。
玄関以外からなら外に出てもいいだなんて、当主代理様がお優しくて助かったぜ。
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