第9話 最強賢者、剣の鍛錬に参加する
あの酷い模擬戦の、翌朝。
俺と兄レイク、ビフゲルの三人は玄関前に集合し、訓練の準備をしていた。
昨日は遅刻していたビフゲル(逃げ出した所を父カストルに捕まえられた直後、俺に対して音速の五連続降参を披露し、俺達三人をあきれさせた)も、今日はちゃんと早く来ているようだ。
その様子を見て、父カストルが頷いた。
「よし、全員揃ってるな! 早速鍛錬に入るぞ! まずは全員、素振り百回からだ!」
言われたとおり、俺達は木剣を持って素振りを始める。
どんな素振りをすれば良いのか分からないので、とりあえず兄レイクを真似て、袈裟斬りをやっておくことにする。
魔法戦闘師は、魔法だけで戦う者を意味する言葉ではない。接近戦において剣は重要だし、強力な魔剣に数十もの強化魔法をまとめて乗せての斬撃は、俺の得意技の一つであった。
この袈裟斬りも、前世では幾度となく繰り返し,実戦でも数え切れないほど使った剣だ。
基本的な振り方は分かっているので、素振りは今の体にそれを合わせる作業になる。
「ビフゲル、構えはそうじゃない、こうだ!」
「レイク、振り方はだいぶマシになったが、その後がダメだ! もっと隙を小さくしろ!」
俺達の素振りを見て、父カストルが指導をしていく。
その父カストルは、俺の前で立ち止まった。
「マティは……」
そこまで言って、父カストルは言葉を切った。
「…………ダメだ、指摘する点が見当たらん。剣でも重くしてみるか?」
「いや。この重さで大丈夫だと思う」
大切なのは重い剣を振ることではなく、適正な重さの剣を振ることなのだ。
今は剣の重さを変えられない分、身体強化で調整をしている。
だから身体強化を調整して素振りの剣を重くしたところで、必要な魔力が増えるだけである。
身体強化の制御が苦手な者ならともかく、今の俺にとってあまり意味がある行動とはいえない。
「そうか。じゃあそのまま、素振りを続けるとい……あれ? そこまで完成してるなら、素振りの必要があまりなくないか?」
……ふむ。
言われてみれば、確かにそうだ。
この体もだいぶ馴染んできたし、身体強化と【魔力撃】を乗せる程度なら、今の状態でも十分すぎるくらいだ。
それよりは、基礎的な体力や魔力を底上げしておきたい。
森で動物でも狩って、魔力稼ぎといきたいところだが……
「いくらマティに剣の才能があっても、どこかしら抜けている点はあるはずだ! まずはそれを探す!」
まあ、そうなるな。剣の鍛錬の時間だからな。
確かに、抜けがないとは限らない。
前世で俺が剣を使いはじめたのは、確か120歳くらいの頃。つまり、魔法が割と使えるようになってきてからだ。
当然マスターした剣術も、それに合わせたものとなっている。
【魔力撃】で手一杯の状況での戦い方など、考えたことも無かったのだ。
「でも、どうやって?」
戦闘における正しい動きというのは、やはり実際に戦って初めて分かることが多い。
前世のように何十年もかけてシミュレータを設計するほど、今の俺はヒマではないのだ。
「もちろん、俺が相手になる。俺にとっても練習になるしな。王都ならともかく、この辺だとマティくらい強い練習相手が見つからないんだよ」
父カストルが相手になってくれるのか。それはありがたい。
「やっぱり僕たちじゃ、相手にならないんだね……」
その発言を聞いた兄レイクが、何やら落ち込んでいた。
「言っておくが、マティがおかしいだけだからな? レイクの剣術だって、騎士養成学校の入試を余裕で通るレベルだからな?」
そして、何やら励まされていた。……まるで俺が変人であるかのような扱いには、何だか納得がいかない。
ちなみに騎士養成学校というのは、今の世界にあるエリート育成機関の一つらしい。
魔法をやらないようだし、なんだかお堅そうな雰囲気だから、あまり行きたくないが。
「よし、まずはオーソドックスに相手が大上段から振りかぶって、まっすぐ振り下ろしてくる場合の想定だ! 行くぞ!」
「ちょっと待った」
叫びながら突っ込んできた父カストルを、一旦止める。
戦う前に戦術を予告して、どうするというのか。
「あらかじめどう戦うか教えたら、意味がない!」
剣の構えというのは、相手の動きに柔軟に対処できてこそ意味があるのだ。
もちろん相手の動きを予想して構えを変えるのは普通だが、それは相手の動きや癖を見てからのものであり、親切な相手の予告を信じてのものではない。
「いや。それでは流石に難易度が……」
「実戦に、『俺は今からまっすぐ剣を振り下ろすぞー!!』なんて叫んで、その通りに戦ってくる相手なんて、いる訳がないよ?」
「それはそうなんだが……いや。見た目に惑わされていたな。マティならいける気がしてきた。……行くぞ!」
「はい!」
◇
――それから、およそ三十分後。
「……弱点が、見当たらない……」
「マティ、天才ってレベルじゃないよね……?」
俺の剣術の弱点らしい弱点は、結局見つからなかった。
基礎的な力や魔力が不足しているため、力比べのような状況に持ち込まれると負けてしまうのだが、それは剣術の弱点というより、体の弱点だろう。
鍛錬を続けていれば伸びていくものなので、特に問題はない。
「ふ……不正だ! 何かおかしな真似をしているに決まっている!」
「どうやって?」
「な……何か汚い手を使ってだ!」
そしてビフゲルは剣術で俺に負けるのがいい加減我慢ならなくなったのか、またおかしなことを叫び始めていた。
ちなみにビフゲル。それは質問の答えになってないぞ。
「ビフゲルはそう思うのか。……おかしなことをしている相手は、戦ってみると分かることが多いぞ。どうしでもマティをそういう扱いにしたいのなら、お前が戦って――」
「今のは気のせいだった」
そして、すぐに訂正していた。見苦しいにもほどがあるだろ……。
精神によくないので、こいつのことを考えるのはやめにしよう。何か楽しいこと、楽しいこと……。
……重要なことを思い出したぞ。
「そういえば父上」
「どうしたマティ?」
「剣ができれば村の外に行けるって話だったけど、もしかして今のままでもいける?」
残念ながら俺のいるヒルデスハイマー領は、魔法の鍛錬にとってあまり良い環境とは――
というのは、自分をごまかす口実のようなものだな。
本当の理由を言ってしまうと、俺は世界を見てみたいのだ。
たとえ前世の記憶を引き継いでいても、6歳は6歳。まだまだ外の世界や冒険といったものに興味を抱き、あこがれる年頃なのである。
「じ……実力だけで言うなら行けなくはないが、流石に早くないか?」
「僕も、流石に早いとおもうなぁ」
だが、反対されてしまった。
そんな気はしていた。領地から出て独り立ちするには、6歳は早すぎる気がする。
「ああ! 行けるぞ! さっさと出て行くがいい。というか出て行け」
珍しいことに、ビフゲルは賛成してくれているようだ。
やめてくれ。ビフゲルに賛成されると、自分が何か間違ったことをしているような気分になるじゃないか。
「戦闘の腕前だけでは、生きていけないからな。せめて15……いや。条件次第では12歳。それが限界だな」
「条件って?」
剣で父カストルに勝つとかだろうか。
それなら二年もあれば、何とか――
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書き下ろしもありますので、よろしくお願いします!