第7話 最強賢者、兄を警戒する
「模擬戦を選ぶか。よろしい。問題はルールだが……勝敗の条件は、どちらかの降参か、俺の審判ということでいいか?」
父カストルは俺ではなく、ビフゲルに聞いた。
俺の意思を無視して、話が進んでいく。
まあビフゲル相手なら普通にやっても何とか勝てる気がするので、よほどおかしなルールでなければ問題ないのだが。
「待ってくれ父上」
「何だ?」
「審判には限界がある。誤審が起きないとは言いきれない」
ビフゲルが、こんなことを言い出した。
ああ。ビフゲルの考えている事は何となくわかるぞ。
父カストルが、俺に有利な審判を下さないかどうかを心配しているのだろう。ビフゲルは父カストルにも、よく思われていないようだからな。
それを自覚しているとすれば、こういう発言が出るのも無理はないな。
「分かった。審判はなしにしよう」
父カストルは、随分あっさりと引き下がった。
審判なしで模擬戦をするらしい。父上の意図が、よく分からなくなってきたな。
「それと一回戦じゃ、マティアスも物足りないだろう。五回くらいでどうだ?」
「分かった。では五回にしよう」
「それと確認だが、手加減はいらないんだよな?」
「ああ。『お互い』、手加減は不要だ」
父カストルは、ビフゲルの言われるがままだ。
それどころかビフゲルが提案をするたび、父カストルが悪い顔になっていく。もはやニヤニヤ笑いと言っていいくらいだ。それと同時に,あきれているようにも見えるな。
発言に特徴があったとすれば、『お互い』の部分を強調していた事か?
……ダメだ。本格的に父カストルの意図が分からない。
困惑する俺を尻目に、父カストルはビフゲルに模擬戦用の剣を手渡し、俺から少し離れた位置に立たせた。
そして、模擬戦の開始を宣言する。
「準備はいいな? 模擬戦、はじめ!」
「おらあああああ! 死ねやあああああああ」
合図に従って、ビフゲルが動いた。
模擬戦でするものとは思えない発言をしながら剣を正面に構え、こちらに向かって突っ走ってくる。
手加減は無用という話だったな。俺も最初から、本気でいこうか。
ビフゲルの力は父カストルほど強くないし、剣筋も酷いものだ。これなら正攻法で倒せるだろう。
俺はビフゲルが振り下ろした剣を横から受け止め、左へと逸らした。
「おわっ!」
ビフゲルがバランスを崩す。まさか、受け止めた場合の対処を用意していなかったとでも言うのだろうか。
……流石にないな。もしそうだとしたら、あまりにお粗末過ぎる。
恐らくこれは罠だ。あからさまな隙を作って俺の油断を誘い、魔法からのカウンターか何かで沈める作戦だろう。
そう読んだ俺は、あえてその誘いに乗ることにした。
こういった奇策は、読まれた時点でただの愚策に成り下がる。
セオリーから外れた行動は、非効率だからこそセオリー外なのだ。
俺は魔法の気配に注意を払いながら、ビフゲルへと木剣を振るう。
命中まで、残り0.3秒。動きはない。
残り0.2秒。まだ動きはない。魔法を使うにしても、そろそろ使わないと間に合わないはずなのだが……?
残り0.1秒で、ビフゲルは動きを見せた。
なんとビフゲルは、俺の剣に対し、目をつぶったのだ。
まるで迫る剣に対して、恐れを抱いたとでもいうかのように。
いやまさか、仮にも剣の訓練を受けたものが、そんな行動を取るわけがない。
もしかして、何か見逃していたか? 俺は自分でも気付かないうちに、ビフゲルの罠にかかっていたとでもいうのか!?
そんな考えが頭をよぎったが、いずれにしろこの状況では、すでに取れる行動は一つしかない。
俺は躊躇を捨て、ただ全力で木剣を振り抜いた。
バキッ。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
木剣を受けたビフゲルが、声を上げてのたうち回る。
罠も何もなかった。俺の木剣は、普通にビフゲルへとクリーンヒットした。
弱すぎる。……いや、待てよ。
この戦闘の勝敗条件は、『どちらかの降参』のみだったはずだ。
つまりビフゲルは、まだ敗北していない。
さらに、この痛がりよう。明らかに異常だ。訓練を受けた者のする行動ではない。
もしや痛がるふりをして、時間を稼いでいるとでもいうのだろうか。
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