第6話 最強賢者、父に勝利する
父カストルが俺の剣を受け止める直前で、俺は身体強化を脚に集中させ、姿勢を落としながら斜め前へと踏み込む。
カストルが振った剣は、俺の頭上を通り過ぎていった。
今の俺の強みは、6歳児ゆえの身長の低さだ。低すぎる位置にいる相手というのは、意外と狙うのが難しい。
そして勢いを付けたまま、膝に向かって剣を突き込む。
斬撃に比べて刺突は受け止めにくく、力勝負に持ち込まれにくい。相手が油断していればなおさらだ。
しかし――
「ふっ!」
父カストルは、俺の刺突を受け止めた。
これで決められる可能性もあると思っていたのだが、どうやら父カストルも、そこまでは油断してくれなかったようだ。
だが、それも想定の範囲内。
俺は全身の勢いを殺さず、【縮地】を発動。父カストルの背後に回り込む。
「むっ……消えた!?」
父カストルは、俺の姿を見失った。
【縮地】は別に、一瞬で相手の背後を取るような魔法という訳ではない。
相手の意識に死角を作り、そこに潜り込むことによって、一瞬だけ相手の認識をかいくぐるための魔法。それが【縮地】。
第一紋であれば今の十倍は魔法力が必要な魔法だが、流石は第四紋。魔法は完璧に発動した。
近接特化型の紋章は伊達ではないようだ。
知識としては知っていたものの、実際に使ってみるとその強さがよく分かる。
前世の俺など、百年もたたずに超えられてしまうのではなかろうか。これだけでも、転生して正解だったという確信が持てる。
しかし、感慨にふけっている暇はない。【縮地】で稼げる時間は一瞬だ。
俺は一刻も早く剣を届かせるべく、再度刺突を繰り出した。
完璧なタイミング。そして人体の構造上、受け止めるのが困難な軌道。
相手を完璧に見失った状態から、この攻撃を魔法なしで防御できる者は、前世でもかなり限られただろう。
しかし、父カストルは受け止めた。
俺が来る前にやっていた素振りは、ウォームアップ程度だったとでも言うのだろうか。
そんな父カストルでも、やはり今の攻撃は無理な姿勢で受け止めざるを得なかったらしい。
対する俺は、全体重と身体強化で生み出した力を、全て剣へと伝えることができる。
これだけの差があって、双方の力はようやく拮抗した。
双方の剣が動きを止める。前にも後ろにも、ぴくりとも動かない。
そうなってからの時間は恐らく、0.2秒といったところ。しかし俺にはそれが、とても長い時間に感じられた。父カストルにとってもそうだろう。
その後に、父カストルが動きを見せる。体をひねることで、剣に伝えられる力を増そうとしているようだ。
このままいけば、あと半秒ほどで俺の剣は押し切られ、俺はそのまま敗北するだろう。
体力差からいって体勢を立て直されれば勝ち目はないし、そうなってもむしろ健闘したほうだといえる。
だが俺は、この戦いがそのような結末を迎えることを、ただ受け入れようとは思わなかった。
模擬戦といえども、全力で勝ちを目指すのが俺流だ。黙って負けるくらいなら、賭けに出てやる。
残り少ない時間で、俺は次の魔法を構築する。
【魔力撃】。剣に魔力を乗せることで、威力を上げる魔法だ。
身体強化より遙かに強力な魔法だが、当然、難易度も跳ね上がる。
【縮地】は絶対に成功させるつもりで使ったが、第四紋にも限界はある。ここまで来ると成功するかは運だ。
そして俺は、賭けに――勝った。
発動した【魔力撃】が剣に力を与えて、父カストルの剣を押し切る。
そして俺の剣が父カストルに触れた直後、【魔力撃】の効果が終了し、俺はバランスを崩して倒れ込んだ。
兄レイクと父カストルは呆然とつぶやいた。
「父上に、勝った……?」
「剣の才能があるかもしれんとは思っていたが、化け物か……?」
なにやら、驚かれてしまったようだ。
父カストルに至っては、軽く引いている気がする。
まだ訓練もしないうちから、いきなり模擬戦に負けるとは思っていなかったのかもしれない。
ただこの勝負は、ルールの問題が大きい。
「不意をついただけだし、今の攻撃、本当にただ当たっただけでしょ?」
今の模擬戦のルールは「当たれば勝ち」。だから俺は、形式上勝利したことになった。
しかし今のが実戦であれば、俺の攻撃は父カストルに軽い傷を与えた程度だろう。鎧を着ていれば、それすら不可能だったかもしれない。
さらに戦闘の結果を大きく左右する初撃で、父カストルは手加減をしていた。俺はそこを突いただけだ。
そういう意味で、俺は指摘したのだが。
「いや。それはそうだが、今の攻撃は何だ? 俺に姿を見失わせた上、明らかにあり得ない速度とパワーが出ていたよな?」
「うん? 普通に身体強化と、【縮地】と、【魔力撃】を使っただけだけど……」
「「それは普通じゃない(よ)!」」
なぜか、ツッコミを入れられてしまった。ものすごい息の合いようだ。
ああ。確かに【魔力撃】はやりすぎだったかもしれない。
「ごめん。普通じゃなかった。【魔力撃】はたまたま成功しただけ」
「そういう問題じゃないんだが……」
今度は、あきれ顔をされてしまった。一体俺が何をしたというのか。
「まずその身体強化とか、【縮地】とか【魔力撃】って、魔法か?」
「うん」
「なぜ、マティがそれを使えるんだ?」
「……練習したから?」
「いや、その理屈はおかしい」
なぜ!?
練習せずに、どうやって魔法を使うというのか。
もしやこの世界では、魔法の使用に許可が必要だったりするのか?
「練習すれば、誰だってこのくらいは……」
「よし! お前がおかしいことはよく分かった!」
「僕の九年間の訓練は、一体何だったんだろう……」
反論しようとした俺に、父カストルはあきれ顔で返してきた。
兄レイクは頭をかかえて何やらぶつぶつ呟いているが、内容を聞き取ることはできなかった。
「お前に、常識というものを教えてやろう」
「常識?」
この国における、魔法の規制についての常識とかだろうか。
そういえば前世ではそこら中で使われていた身体強化だが、生まれ直してからは一度も見た覚えがない。
「ああ。剣術に関する常識だ。……教えるのは、俺じゃないがな」
「うん?」
そう言いながら父カストルは、家の玄関に目をやった。
ビフゲルが家から出てきたようだ。
「おいビフゲル! 遅いぞ!」
「少しくらい遅れたって、別にいいだろう! 俺の勝手だ!」
うん。相変わらずのダメっぷりだな。
こいつから教わることなんて、ないような気がするのだが。
「黙れ! ここが軍なら、処罰の対象になっているところだぞ。本来ならば今日は、特別厳しい鍛錬を科すところだが……今日のお前は運がいい」
そう言いながら父カストルは、俺に目配せをした。
何か悪いことを企んでいる顔だ。
「腕立て二千回か、マティとの模擬戦。どちらか選ばせてやろう」
「マティアスとの模擬戦だ!」
父カストルの問いに、ビフゲルは満面の笑みで答えた。
どうやら俺と模擬戦ができるのが、よほど嬉しいらしい。
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