第5話 最強賢者、父と戦う
「僕は、領地を出るの?」
気がついたら、父に質問していた。
俺のさっきのごまかしは、一体なんだったというのか。
「……マティには早い話かもしれないが、マティは三男だからな。領地で畑を耕してもいいが、魔法か――いや。剣ができれば、外に出るという選択肢が生まれる。そっちのほうが、きっと楽しいぞ」
なんと。剣ができれば、俺は自動的に領地から出られるらしい。
最高じゃないか! 三男バンザイ!
魔法も言いかけていたようだが……魔法はダメなのか?
ものはついでだ。聞いてみよう。
「魔法だと、ダメなの?」
「も……もちろん魔法でもいいぞ。でも俺は、剣の方がいいと思うけどな!」
うーん。歯切れが悪い。俺の魔法に関して、何かあるのだろうか。
まさか本当にこの領地では第四紋がハズレだと思われているなんて可能性は――
ないな。流石にあり得ない。第四紋は扱いが難しいので、領地の平均年齢が十歳くらいなら分からないでもないが、ヒルデスハイマー領は当然大人のほうが多いのだ。
ハズレ扱いされる紋章があるとすれば、第一紋以外にあり得ない。
その第一紋にだって戦闘以外の強みが存在する。ハズレ扱いされるいわれはないのだが……まあ、俺にとってはハズレだな。
◇
翌日。
俺が朝起きると、父カストルと兄レイクはすでに外に出て、剣の素振りをしていた。
身体強化などはかかっていないが、父の剣筋は綺麗だ。剣速も悪くない。
魔法は未発達な領地だが、剣術はそうでもないようだな。
「おはよう、父上、レイク兄さん」
「やあマティ。おはよう」
玄関を出た俺は、素振りをしている父と、兄に声をかける。
今日から訓練を始めるとは聞いていたが、その時間は聞いていなかった。遅れてしまったかもしれない。
「マティか。早起きだな。剣術が楽しみだったのか?」
遅れてはいなかったようだ。
「領地を出て、冒険者になりたいんだ」
「そうかそうか。普通は騎士を目指すもんだが、冒険者も悪くないな! よし、少し早いが、始めるか!」
そう言って父カストルは、俺に一本の木剣を手渡した。
中に重りが入っているのか、木にしては重い。
父カストルも同様に、木剣を手に持っている。素振りには真剣を使っていたようだが、流石に真剣での訓練はしないらしい。まあ回復魔法がないと、危ないからな。
「さあ、かかってこい! 俺に剣を当てれば勝ちだ!」
そう言いながら父カストルは、俺に向かって剣を構えた。
……え? いきなり模擬戦?
6歳を相手にやる内容か?
「どうした! どんな手を使ってもいい。一撃入れてみろ!」
戸惑う俺に、父カストルはなおも声をかける。
このまま黙っていれば、向こうからかかってきかねない勢いだ。
ヒルデスハイマー家の剣術教育は先進的だと言ったが、あれは控えめな表現だったようだ。
この家の剣術教育は、未来に生きている。
――やるからには、今できる限りのことをしよう。
「いきます!」
「おう!」
俺は宣言し、身体強化を使わずに、わざとゆっくり、のそのそと歩いて距離を詰める。
武術もへったくれもない、無様な動きだ。
それから、踏み込みとすら言えないような動きでゆっくりと踏み出し、下から上に向かって剣を振るう。
身体強化を使っていない上に、重力に逆らう動き。その剣速は、当たっても痛みすら感じそうにないほど遅い。
別になめてかかった訳ではない。素振りを見た時点で、カストルがなめてかかれる実力でないことは理解していた。
むしろ今の俺では、本来勝てない相手と言ってもいい。根本的な身体能力が違いすぎる。
寝る前の筋力強化と魔力強化(魔力も筋力と同様に、使い果たすことで生成量が増えていくのだ)も昨日から始めたが、それだけで訓練を積んだ大人に勝てるほど、武術や魔法は甘くない。
だからこそ、この作戦を使った。
俺の剣を、父カストルが受け止めようとする。かなり手加減しているようだ。俺が来る前にしていた素振りとは比べものにならないほど、動きが遅い。
その動きを見て俺は――今まで切っていた身体強化を発動し、一気に最大まで出力を上げる。
ここからが本番だ。
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