第2話 最強賢者、兄を哀れむ
鍛錬を始めるにあたって、まず下準備として、【受動探知】と呼ばれる魔法を発動する。
これは名前の通り、魔道具や生物が発する魔力を認識することによって、周囲の状況を調べる魔法である。
効かない相手もいるが、敵に気付かれることもなければ魔力消費もないので、最もよく使われる探知魔法の一つだ。
それでいて、精度や範囲を上げようと思うと、実は難しい魔法でもある。
今の俺は簡単に死んでしまうので、森に入るためにこの魔法は必須だ。
魔力を全く使わないので、魔法というより技術に近いかもしれないが。
これはすぐに発動できた。魔力を使わないだけあって、今の体でも発動は難しくない。
ただ、魔法制御力がかなり落ちているせいでノイズが多く、探知できる範囲はかなり限られるようだ。
前世であれば半径数百キロはいけたが、しばらくは一キロ程度で我慢するしかないな。
まあ今の雰囲気なら、この程度でも十分に危険を回避できるだろう。
魔物はおろか、強そうな動物でさえ、ほとんど探知に引っかかっていないようだし。
「マティアス! なぜお前が外に出ている!」
森に出るべく意気揚々と歩き始めた俺に、そんな声がかけられたのは、俺が家を出てほんの数百メートルのところでだった。
声を聞くだけで、誰だか分かった。次男のビフゲルだ。
どうやら、俺が家から出ているのが気にくわないらしい。
「出ちゃダメなのか?」
俺は歩みを止めず、むしろ早めながら言葉を返した。
現世の記憶の全てが、俺に告げている。こいつの相手をするのは無駄だと。
「ダメに決まっているだろう!」
俺の言葉に、ビフゲルは怒りで顔を真っ赤にしながら答えた。いつ血管が切れるか、見ているこっちが心配になるレベルだ。切れればいいのに。
「ダメな理由は?」
俺はさらに足を速めながら、さらに質問を浴びせる。
ついでに、身体強化魔法も使ってみた。
軽い強化だが、早歩きには十分だ。
「家の恥さらしだからだ! お前のような失格紋は、俺が家を継いですぐに追放してやる!」
また『しっかくもん』か。
知らない単語でけなされても、反応に困る。
ただ一つ確かなのは、俺はビフゲル以外に恥さらし扱いされたこともなければ、家から出るなと言われたこともないということだ。
ビフゲル矯正計画ならば、家に居る間に幾度となく聞いたんだが……この様子を見る限り、結果は芳しくなさそうだな。
「なんなんだ、その『しっかくもん』って?」
「そんなことも知らんのか。これだから失格紋は!」
六歳児に向かって、そんなことを言われましても……。
ちなみにビフゲルは十四歳だ。その十四歳が六歳児にこんな言葉を浴びせているというだけでも、ビフゲルの異常さは簡単に理解できるだろう。
というかこの馬鹿は、本当に自分が家を継げると思っているのだろうか。底抜けの馬鹿であることを抜きにしても、お前、次男だぞ?
「ならば、栄光紋の俺が教えてやろう。左腕を見てみろ!」
まあ教えてくれるというのならば、一応は聞いてみようか。
そう考えて、俺は左腕に視線を移す。うん、第四紋があるな。
「これが、どうしたんだ?」
「それは失格紋。魔法をロクに使えないクズの証だ! そしてこれが、魔法の神に選ばれし者の証、栄光紋だ!」
そう言ってビフゲルは、自分の左腕を空高く掲げ、俺に見せつけた。
……うわぁ。痛々しい。見ているこっちが恥ずかしくなるので、ぜひともやめていただきたい。俺が家の恥ならば、こいつは人類の恥、いや有機物の恥だな。
まずい。こいつと同じ種族に生まれたというだけで、死にたくなってきたぞ。もう一度転生するか?
頭痛をこらえながら、俺はビフゲルの腕を観察する。
腕の向きからして、奴が俺に見せつけたいのは紋章のようだ。
その紋章が何なのかは、一目で分かった。
――第一紋だ。これだけは間違えようがない。前世で何百年もの間、うんざりするほど見てきた紋章なのだから。
俺はビフゲルに向けて、哀れみの表情を浮かべた。
分かったぞ。きっとこいつは自分の紋章に絶望するあまり、人格を歪めてしまったに違いない。
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