159話 首都防衛戦
機甲軍団・軍団長であるカリギュリオは、迷宮攻略部隊との連絡が途切れた事に不満を隠せない。
金品関係もそうだが、何よりも質の高い"魔晶石"は、今後も大量に必要となってくるのだ。
どれだけあっても足りない程で、迷宮から搬出されてくるそれらを眺めて悦に入っていたからである。
しかし、35万名も投入した以上、これ以上の兵を迷宮に向かわせるのは具合が悪かった。何らかの危険があったとしても、突然に連絡が途絶するというのは想定外だったのである。
仮に脅威的な存在――例えばヴェルドラ等――が居たとしても、先頭が後方へ報告する事で全員が脅威を認識出来るように連結連絡の手段も準備していたのだから。
それなのに、結果は御覧の通り。
迷宮入り口は依然として口を開けているが、中に人がいる気配は無いのだった。
「どういう事だ?」
カリギュリオの呟きに、参謀達は答えを持たない。
そんな中、
「迷宮は探索するもの。
軍団により侵攻するものではない、と言う事でしょうか?」
妖艶なる美女がカリギュリオに語りかけた。
帝国機甲軍団の制服に身を包んだ、
ユウキの密命を受け、カリギュリオの動向監視と
ただし、帝国機甲軍団の本部付き参謀官の地位は本物であった。
それなりの実力を持ち、カリギュリオの参謀として仕えているのである。
「それは、ユウキの小僧の言葉か?」
「はい。
あの人は、迷宮を攻略するならば、精鋭のみを放つべきだと申しておりました」
「馬鹿な! 精鋭を送り込んだではないか!!」
その言葉を聞き不機嫌そうに答えるカリギュリオ。
正しく、帝国軍の中でも最強と自負する、改造兵団の精鋭35万を送り込んだのだ。これ以上を望むのは、高望みが過ぎるのである。
「しかし、その全てを飲み込み、未だ迷宮は存在します。
内部での様子を探る事が出来ない上に、これ以上援軍を差し向ける事も難しい。
出来るのは、生きて外に出て来る者を待つ事のみ、ですか?」
「安心せよ。蘇生効果がある腕輪を上位の者には配っておる。
報告では、死んでも迷宮の外にて復活出来るとあった。
誰も出てこない所を見るに、攻略は順調と言う事だ」
「ですが……結局、腕輪の蘇生効果も未確認だったでしょう?
あの人が言うには、スキルで創られた腕輪だろうから、
その言葉に押し黙るカリギュリオ。
軍団長は力だけで成れるものでは無い。力が無ければなる事は出来ないが、現状把握も出来ないような無能には決して務まらないのである。
今のミランダの言葉は正しく、蘇生効果は未知数であった。
だが、精鋭が35万も居て攻略不可能な構造物など考えられない。
大都市を幾つも灰燼に帰すだけの、途轍もない軍事力なのである。
最悪、迷宮ごと破壊し尽すだけで脱出は可能な筈なのだ。
まだ15万名も居ると考えるより、残り15万名しか居ないと考えるべきだろう。
事ここに至って、カリギュリオは
一旦全軍を集結させるべきであり、
カリギュリオは判断に迷い、そして、
「この地に少数の連絡部隊のみ残し、我等は
そして迷宮攻略部隊との連絡だが、探索チームを編成し――」
その言葉を言い終える事は出来なかった。
状況は既に動き始めており、その流れは渦巻く奔流となりカリギュリオ達を飲み込むべく押し寄せる。
多方面同時作戦、それが仇となったのだ。
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帝国軍の迷宮突入が完了するまでの間、首都攻略に進展は無かった。
距離にして数キロ地点なので、移動するにも目と鼻の先。
なので帝国軍も拠点設置に一日を費やし、
ゲルドは、そんな帝国軍の対応を鼻で笑う。
幾ら偵察をしようとも、伏兵をしている訳でも無いのだから意味は無い。
罠を仕掛けるには首都が近すぎるので、今回は正面からの衝突による正々堂々とした戦闘がメインとなるだろう。
数の上では圧倒的に不利。
しかし、ゲルドの役目は足止めであり、首都防衛の最前線を維持する事にあった。
ドワーフ王の得意とする戦術、壁となる部隊の内側から強力な攻撃魔法を放つという作戦。
ゲルド達に向いた、単純明快な作戦である。
強力な攻撃魔法を放つのは、
ベニマルの親衛隊である彼等が、今回の作戦の要となる。更に、援軍としてやって来たジュラの大森林の上位存在による妖術大隊5,000名だ。
まだまだ集める事は可能だが、今回は攻撃力の高い者のみが集まっていた。
残りは、万が一ゲルド達が敗北した際の最終決戦に備えている。
今頃は、人間の義勇兵達と混ざった、編成作業を行っているハズだった。
今回の妖術大隊5,000名は、ベニマルの嫁を自称する、
「旦那様の為に勝利を!!」
と、集った者達を激励していたのが微笑ましい。
周囲から堀を埋めていき、気が付けば既成事実が出来上がっていそうである。
戦略の段階で、ベニマルはモミジに負けているとゲルドは思うのだが、本人は案外嫌がっていないのかも知れない。
本当に嫌ならば、とっくに対処しているだろうから。
そうでなければ、『大元帥』の名が泣くというものである。
後方の支援体制も万全であり、攻撃手段にも問題は無い。
後は、帝国軍と自分達の軍、どちらの魔法結界が上で如何に相手の攻撃魔法を防ぎ切れるか、その事で勝負が決まると言って良い。
だがそれは、通常ならば……の話だ。
今回の戦に於いて、ゲルドの下にシオンがやって来て、自分達も勝手に行動すると宣言していた。
勝手に行動、本来ならば言語道断な話であった。
だが、数の上で圧倒的に不利な現状を打破するには、シオンの様な出鱈目な存在は有効的かも知れない。
ベニマルの指示も、
「好きにさせろ。どうせ、その内シオンが何か仕出かす。
その時、相手に混乱が生じるだろうから、そこを狙え!」
と言われていた。
ゲルドの仕事は、徹底的に壁になり、敵軍を通さない事。
それに徹していれば、その内シオンが相手軍を混乱させる。そこに全力で火力を打ち込めば良い。
実に
ゲルドはベニマルを信じているので、疑う事なく自分の仕事を全うするだけだ。
そして、一日睨み合いが続き、戦が始まった。
ゲルドの防御は正しく鉄壁だった。
帝国軍は、
携帯型魔導砲を放つも、ゲルドのユニークスキル『守護者』の効果により、全軍が鉄壁の防御を有している為に通用しないのだ。
また、ゲルドのユニークスキル『美食家』の胃袋を、軍団共通で使用出来るのが大きな力となる。
多少の怪我は、後方の支援部隊からの魔法で治癒するし、大きな怪我をしても即座に回復薬を使用出来るのだから。
今回の戦争というよりも、有事に備えて『胃袋』内部には大量の回復薬が常備されているのだ。
品質劣化も起きない上、ゲルドの配下はいつでも『胃袋』からの出し入れを許可されている。
兵站の概念から考えても、移動する事なくその場で治癒も可能なその部隊は、頼もしい鉄壁の魔物による第二の壁となったのであった。
そんなゲルド率いる第二軍団を、上空に浮かび俯瞰する者が居た。
カレラである。
武人であるゲルドは快く彼女達を受け入れ、好きにするようにと言ってくれている。
事実、ゲルドが壁役に徹する中で、カレラ達に出来る事は無いのだから。
カレラは、リムルからゲルドを守るように、という密命も受けていた。
恐らくは、テスタロッサやウルティマもそうであろうが、幹部達に対処出来ぬ程の強者が帝国軍に居た場合、その相手をして時間を稼ぐのがカレラ達の役目なのである。
だが、今は違う。
何故ならば、全力を出せ! という願ってもない命令が、
ただし遣り過ぎると、テスタやウルのように怒られる事も理解していた。
やり過ぎず、だが全力を出す。
という訳で、上空から核撃魔法を放とうとするカレラ。
「ちょ〜〜〜っとお待ち下さい! カレラ様、今何をしようとしましたかな?」
副官の
敏感に気配を察知しカレラの行動を読む辺り、長年に渡り鍛えられた苦労人としての勘が冴え渡っている。
「おや? アゲーラ、何か問題があるかい?
上空で核爆発を起こして、その余熱で地上をこんがりと焼き上げようと思うのだが?
どうだい? 中々考えているだろう?
直接打ち込まないなんて、完璧な手加減じゃないか!」
「素晴らしい、完璧です! 流石はカレラ様です!!」
「素晴らしくあるかーー! お前は黙ってろ!
……良いですか、カレラ様。そういうのは、手加減とは言わないのです」
「なん……だと?」
苦労人アゲーラは、同僚のエスプリの無責任なカレラへの賞賛を黙らせて、子供に話すように丁寧に説明を始める。
自分の上司であるカレラは、ブレーキの付いていない暴走車のような性格をしている。
止めるのに非常に苦労するのだ。
力だけは圧倒的なだけに、始末に終えないのである。
同様の苦労を分かち合う筈の同僚エスプリは、カレラに追随するばかりで役に立たない。
結果、全ての苦労はアゲーラにやって来るという、嫌な環境が出来上がっているのだった。
理性を持って悪意を為すテスタロッサや、制御する気はあるが遣り過ぎるウルティマも大概だとは思う。
しかし、常に全力で遣り過ぎるカレラは駄目だ。
全力で事にあたり、遣り過ぎたなと笑われても、一緒に笑える心境にはなれないのである。
いや、今まではそれで良かった。
最強の存在である
そんな自分達に命令出来る者など居なかったのだから。
しかし、これからの時代、魔王リムルの覚えを良くする為には、頭を使う事を覚える必要があると考えるアゲーラ。
自分は既に頭を使っている。
なので、上司であるカレラにも、少しは考える力を持って貰いたい、それがアゲーラの願いだった。
そんな苦労人アゲーラが、懇々とカレラへと説明――飽きやすく人の話を聞かないカレラに、理解しやすく簡潔に。これが難しいのだが――を行っていたその時。
突然、帝国軍の前線に異常が生じた。
その数、凡そ1万。
シオンに鍛えられし
数もさることながら、その戦闘力は上空で観察するアゲーラが見ても格段に高いものである。
シオンの能力である、『恐怖覇気』を
一万の兵が、
敵の恐怖心を煽り、戦意を喪失させる。
敵の本来の実力を封じ、此方が一方的に暴れるのだから、効果は絶大であった。
ドワーフ三兄弟長男のガルムが鍛えたお揃いの紫紺の鎧を着用し、戦場の蹂躙を開始するシオン親衛隊。
馬鹿でかい妖気を放つ巨人が3名暴れている。魔王ダグリュールの三人の息子達だ。
その3名も『恐怖覇気』を身に纏い、暴力の化身となって大暴れしていた。
戦場に三つの渦が出来上がり、帝国兵を薙ぎ払っている。
三人の巨人を除いても、一人一人の戦闘力を比べても、圧倒的に
どの様な鍛え方をしているのかは知らないが、悪魔であるアゲーラから見ても若干の脅威を感じる仕上がりだったのだ。
「ねえ、アゲーラ。
君のつまらない話を聞いている間に、シオンさんに抜け駆けされてしまったようだよ?」
アゲーラに緊張が走る。
カレラは普段から力の制御なんて考えない性格だが、怒ると暴走を通り越し爆発する。
まして、その怒りの対象が自分だったら、生き残るのは諦めなければならないのだ。
「カレラ様! 後方に無傷の部隊が待機してますよ!
あれなんか手頃ではないでしょうか?」
エスプリが、感謝しろよ、この馬鹿! と言わんばかりの視線を向けてきつつ、一方を指差した。
そこには、首都に向かって来た20万の軍勢の半数が、野営地を設営し待機している。
カレラがニッコリと頷き、
「おお、いるいる! いいね、あれを頂こうか!」
と満足そうな顔で頷いた。
アゲーラは最早制止したりしない。
上司が暴走して後で怒られようが、それはその時になって考えれば良い話。
今自分に向けて怒りが向かない事の方が大事な事だったからだ。
苦労人アゲーラの苦難は、まだ始まったばかりである。
結局、野営地にて首都攻略への第二陣を編成していた帝国軍は、上空からの攻撃により壊滅する事になる。
自分達で編み出した
アゲーラとエスプリが、それぞれに種類の異なる防御結界を無効化する。
直後、一瞬のタイミングを狙ってカレラが魔法を発動させた。
核撃魔法の一種、"
突然、重力が狂ったようにその力を増し、自身の体重に耐え切れなくなり潰される帝国軍人。
開けた場所に野営地を設営していた事が仇となり、悪魔の目により逃げ場などなく正確に範囲が指定されている。
極限まで威力を高めれば、超重圧により大爆発が生じるのだが、今回カレラは手を抜いていた。
一応アゲーラの忠告を聞き入れて、自重したのである。
故に爆発は生じず、
だが、軍としての行動が出来る程に被害は軽微では無かったけれど。
カレラはその一撃で満足し、撤退を指示。
ゲルドのサポートに戻って行った。
後に残ったのは、壊滅的な打撃を受けた帝国軍のみであった。
ただ、彼等にとって幸いだったのは、余りにも一瞬の出来事であった為に、恐怖も後悔も感じる暇が無く死ねた事であろう。
逆に言えば、その一撃を生き残った者達は、魂を埋め尽くす恐怖と、帝国への不信、それらの思いに包まれて我が身の愚かさを嘆く事になったのである。
こうして、首都近郊での戦闘は、シオンの一方的なまでの蹂躙戦へと発展し、それに向けての援軍はカレラにより潰された。
そして、ゲルドの壁は一切崩される事が無く、一歩も後退する事なく帝国軍を押し戻したのである。
首都防衛戦は終息し、戦局は侵略してきた帝国軍に対しての掃討殲滅戦へと移って行く事になるのである。