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ドラゴンテイル 辺境行路 作者:猫弾正

序章

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手長06

「其処に隠れている奴……姿を現せ」

黒髪の女剣士の宣告が、冷たく虚空に響き渡った。

「出てこなければ、此方から行くぞ?」

半エルフは尖った耳を済ませるが何の音も気配も感じ取れない。

何かの勘違いではないか?戸惑いを隠せないままに女剣士に告げようとして、

「おお、恐い。今、出て行きますゆえ、堪忍を」

黒髪の娘の誰何に応じるように、囁くような低い声が闇から響いてきた時、

半エルフは心臓の鼓動が跳ね上がるほどに驚愕した。

 かつてこれほどの近い距離で気配を悟れなかった事は、同族相手にすらなかったからだ。

岩陰からゆらりと影が浮かび出る。



「……ホビット?」

 エルフ娘の半信半疑の呟きに応えるよう、揺らめく西日が照らし上げた小柄な影は、確かにホビットの若い娘だった。

炎を想わせる見事な赤毛の髪は、彼女の種族に多い柔らかな巻き毛で、それを後ろで無造作に紐で束ねている。

仕立てのいい動き易そうな革製の上着を着込み、腰には女剣士のそれにも劣らぬ立派な拵えの小剣を吊り下げていた。

小さな足は剥き出しの裸足。

 ホビット族は足の裏に毛が生えており、音もなく歩くことが出来ると云われていた。

微かに垂れ気味の優しげな瞳に形のいい唇を持った穏やかな顔立ちだが、しかし、今はその目の底に警戒するような光を浮かべて、一足飛びに逃げられる距離で立ち止まって女剣士と半エルフの交互に隙なく視線を配っていた。


 ホビットの瞳には僅かに険しさが含まれていて、その視線の強さに怯んだエルフ娘は僅かに後退って距離を取った。

「いや、お見事な手管。隠行には少しは自信が在ったのだが、あっさりと見抜いてくれる」

云ってから赤毛の女賊。次いで小男の亡骸へと鋭く視線を走らせて付け加えた。

「しかし、些か惨い殺し方をなされる」

赤毛の小娘の言葉に、エルフ娘は表情を強張らせて大きく躰を震わせた。

血色の戻ってきた顔色から再び血の気が引き、思わず目を伏せる。

「……ふん。一体、何人の旅人がこいつらの手に掛かったのか考えれば、呵責の必要があるとも思わんがね?」

 黒髪の女剣士のホビットへ向けた声には、棘々しさが隠せなかった。

小人の偽善的な呟きにも増して、エルフ娘が苦しげな反応をした事がより強く彼女の勘に触れたのかも知れない。

「それより貴様、何者だ?随分と始めから様子を窺っていたようだが……」

眦を吊り上げ、敵意を隠そうともせずに女剣士は冷たい声で詰問する。


「……この娘。何時から?」

「最初からだ」

戸惑ったような半エルフが呟いた疑問に、黒髪の剣士は断言した。

「君の耳は合っていたぞ。

 こいつを入れれば確かに六人。こやつも小屋で此方の様子を窺っていた一人よ」

鋭い目でホビットを睨みつけた。

強く烈しい女剣士の眼光を小人は真正面から受け止めて、内心は如何あれ、表情には欠片も動揺を見せなかった。

「私が戦っていた時にも、影からこそこそと様子を見ていた。そうだな?」


「……お疑いのようだが、私は賊の仲間ではない」

ホビットは静かな口調で、女剣士を真っ直ぐに見つめた。

怯む様子は全く見えない。


「……ほう?」

 口の端を吊り上げた女剣士が、不信を言葉に表さずに表明しながら、続きを促がした。

「小屋で盗賊たちが貴女達を狙っているのを耳に挟んで、いざという時は助太刀いたそうと思ったから」

「ほう?どちらに助太刀するつもりだったのか聞いてもよろしいかな?ホビット殿

 我らか?それとも彼らか?」

一番苦しい時に助けてくれなかった者が、実は助太刀する心算でした。など後から言い出したからとて信用する人間など何処にもいない。

慇懃無礼に揶揄する女剣士の言葉には辛辣さが散りばめられていた。

まして手出しする機会は幾らでもあったにも拘らず、傍らにずっと潜んでいただけなのだから。


「……小屋でそんな話聞こえてこなかった。耳はいい心算だけどね」

 翠髪の娘も気を取り直したのか、ホビットに反撃する。

殺し方を咎められたのも、気に喰わなかったのかも知れない。

燃えるような赤毛のホビットに不信の眼差しを向けていた。

「隠語で会話していた。盗賊だけが理解できる外国語も混ざった仲間うちの言葉ゆえ、理解できないのも無理はない。

 普通の人が耳にしても、意味は聞き取れないだろう。

 そして二番目の問いだが、貴方に助太刀する必要があるとは思えなかった」


人族の娘は右手を上げると、旅の連れを指し示した。

「では、何故彼女を助けなかった?」

「悟られるぬよう、距離を取って賊の後ろを追跡していたのだ。

 見える場所で窺い始めた時には、既に貴方と四人の賊が戦い始めており、

 其処のお嬢さんが何処に行ったのか、皆目見当がつかなかった」


「戦っている最中、貴様の視線を感じた。

 物影に潜んで一部始終ずっと見ていたであろう?」

ホビットは、潜んでいた事自体は否定はしなかった。

「危地に陥れば、手助けしようと思ったと云った」

「では、何故出てこなかった」

「必要なかっただろう?」

同じ質問と同じ返答を繰り返し、そして二人の間で少しずつ緊張が高まっていく。

「そして姿を現さなかったのは、今のように疑われるのが厭だったから」

「……まるで信用ならぬな、御主が賊の一党ではないという証が何処にある?」

尊大な口調に怒りを込めて、黒髪の女剣士は赤毛のホビットを問い詰める。

「盗賊の言葉というものが在るというのは、戦の際に雇った忍びの者から耳にした事はある。

 だが、それを理解できるのは賊の一員だけの筈。

 さては御主も名うての盗賊の一人か?ホビットよ」

女剣士も半エルフも、今や不信と猜疑の瞳でホビットを見詰めていた。



 黒髪の女剣士は、表情の読めぬホビット族の娘を何とも疑わしげに見ていた。

何とも喰えぬ奴。恐らくは、一味ではないというのは嘘では在るまい。

連中もこやつの存在は知らないようだったからな。

だが、と、ホビットが身につけている小剣に、それと悟られぬ程度に視線を走らせて目に留めた。

 中々、立派な拵えをしている。鮮明な朱色に塗られた鞘。

真鍮製だろうか。金属製の彫刻がされた金色に輝く柄。

小剣とはいえ、一介の旅人が持つには不釣合いに立派な品物だった。

それに女剣士の詰問にも、まるで怯んだ様子を見せない。

気配を潜める技も、信じられないほどに練達だった。

微かな違和感と戦闘中に視線を感じなかったら、気がつかなかっただろう。

ホビットの話も、態度も、格好も、何かちぐはぐなのが女剣士には気に入らない。

全てが胡散臭く思えて、余計に不審と不信を煽った。


「或いは、我らが隙を見せるのを待っていたか?漁夫の利を狙って共倒れを待ったか?」

「……」

「応えろ」

黒髪の女剣士が威嚇するように、一歩前に歩み出た。


 仮にホビットが困惑したとしても、彼女はそれを表には出さなかった。

首を微かに傾げて、踏み出した黒髪の人族の娘を茫洋として見つめていた。

女剣士がホビットを観察していたように、ホビットも人族の娘を推し量っていた。

まだ若い娘だが厳しく冷酷な性格は、真一文字に閉じた意志の強そうな口元、微かに細めた鋭い黄玉の瞳から、容易に読み取れた。

ホビットの間合いを測って踏み込んでこない用心深さから見ても、容易ならぬ百戦錬磨の剣士なのは間違いなく、戦うにしても説得するにしても骨が折れそうだった。


 脅そうとしたのか、或いは胡散臭いホビットを追い払おうとしたのか。

女剣士が剣を抜こうと柄に手を延ばした次の瞬間、その喉元に白銀に輝く刃を突きつけられていた。

「……え」

傍目から見ていたエルフ娘が素っ頓狂な叫びを小さく上げた。

エルフ娘には、そして女剣士にも、ホビットの動作が見えなかった。

気がついたら、間合いのうちに入られていた。


 女剣士の剣が疾風であれば、ホビットの太刀は迅雷とでも云うべきか。

黒髪の娘は、避ける事も、剣を抜く事も出来ずに、死命を制された姿勢のまま、喉元にホビットの小剣を突きつけられていた。

 さすがの女剣士が動けなかった。

柄に手を掛ける途中の姿勢で、歪な石像のように固まったまま、息を飲んだままに低く呻いた。

エルフは信じられないといった様子で、ただ目を見開いている。



 ホビットの刃は黄昏の夕日を浴びて朱色に煌めいた。

「私が賊の一味であれば、此の侭貴女の首を跳ねるだろうな」

ホビットが低く囁いた。

「……くッ」

女剣士すらホビットの剣の軌跡を微かにしか捉える事は出来なかったし、半エルフにいたっては銀閃の残像すら見えなかった。

「……だが、幸いにして私は連中の一人ではない」

ホビットがじっと黒髪の女剣士を見つめた。

小人族の目から如何な言葉を読み取ったのか。

忌々しく思いながらも、人族の娘は微かに頷いた。

「……そのようだな」

赤毛の小人は剣を引くと、滑らかな動作で鞘に納めた。

女剣士は乱れた前髪をかき上げたが、額を濡らしていたのは雨だけではなかったかも知れない。

「……では」

ホビットが踵を返し、女剣士に無防備な背中を晒して立ち去ろうとする。


「待て。貴様の名は?」

ホビットが振り返った。瞬きしてから応える。

「……キスカ。キスカ・ロレンツォ」

「覚えておくぞ。キスカ・ロレンツォ」

冷たい声で告げた女剣士が名乗りを返す事はなかったので、ホビットはそのまま音を立てずに夕闇の中へと消えていった。


「ふん」

 小人が立ち去ってから、黒髪の娘はつまらなそうに舌打ち一つすると肩を竦めた。

衝撃に顔を強張らせたエルフ娘が、ぼんやりとした口調で独り言のように呟いた。

「あのホビット。一体何者だろう?」

何かに聞かれるのを恐れるような、囁くような声だった。

「さてな。キスカ・ロレンツォとは聞かない名だが、存外、世に手練は多いものだな」

女剣士の秀麗な美しい声が、恐怖だろうか、憤怒だろうか。

微かに震えていたのをエルフの耳は確かに聞き取った。

整った美貌は冷たく無表情で、黄玉の瞳は燃えるように爛々と輝いていた。


「……貴女より早かった。あんな剣捌きは初めて見たよ」

「まあ、不意を突かれたし、私も疲れていたからな。

 次があれば、こうはいかんよ」

 人族の娘は一つ肩を竦めると、燃えるような眼差しで蟠る闇を睨みつけていた。

エルフ娘は顔を伏せて首を振った。負け惜しみだと思われたようだ。

少し不愉快に感じたが、人族の娘は気にしないことにした。


 ホビットの消え去った闇を鋭い眼差しで睨みつけて、黒髪の剣士は最後に一度だけ名前を呟いた。

「……キスカ・ロレンツォ」

忌々しげな囁き声は、冬の冷たい風に紛れて誰の耳にも届く事無く消えていった。



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