今回はアーカイブで
今回お騒がせの熊本の済々黌の同窓会について
書きますよ。
あのいじめをやっていた東京同窓会の4人とは別に
東海地区同窓会があります。
日本どまんなかの名古屋で開催されますよ。
そこで映えある 講演をさせていただきました。
いつからMiuは本を書き始めたの?と聞かれると
日記は4歳、週刊誌は自分で作ってましたが6歳
字が書けてたので、スイスイと文章を作ってました。
今のスピードはこのころから培われてます。
そして、高校時代は文芸部に所属します
そこで熊本県の文芸部連合の会長もやりましたよ
そして早稲田の第一文学部への道へ進みます。
早稲田文学部受験のことはなんでも聞いてね
せっかくの済々黌が
あんなOGやOBのせいで地に落ちるのもいやなので
ここで弁明しておくと
済々黌自体はとても楽しい学校生活で、いいところです。
第一期生に 曽祖父がいて飛び級で東大医学部へ
20歳で医師免許を持っていました。
こんな歴史は、色々と済々黌の事務局でみつけた資料によってわかりますから
事務局はとても大切です。
ぶりかえしますが
インチキおばさん
とだれかが言い切ってましたが
文芸部の頃から文章に創作をしていた者に
よくそんな口がきけるなと思いますね
誰とは申しませんよ
でもいじめの加害者には間違いない人。
それでは御覧ください。
こんばんは
世界混浴露天党ニューズレターのお時間
お待たせしましたー
名古屋の講演は素晴らしい内容で幕を閉じました
高校時代のM iu初公開!
この時から目力強い子でしたね
大学は早稲田文学部しかない!と夢を描いて、文学の道に行くことを望んでました
文芸部ではいくつかの同人誌を作り、広告も取り小さな出版社並みでした
今もこの頃にやっていた書く、編集、売る
の要素を考えていますよ
また、この同心学舎は済済黌の前身同心塾の頃のまま残っていて、文芸部の部室なのです
ここの掃除も部活のひとつという。
曽祖父が一期生ですが、曽祖父が通っていた学舎が部室だったことをおもうと
縁を感じます
曽祖父と同じ、東京の大学へ進みました
今や
作家としても9作の著書や漫画原作、アプリ小説4作にコラムと。また来月、8月にムック本にも参加しますよ
M iuが思うに
少人数の要人と初めて会う時は白を選び
柄が目立つ服、黒地の大きな柄は
お着物での礼服の1つ
黒振袖のイメージです
白が好きですけども、人に注目されるときは