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【栃木】

引き揚げ体験、令和の若者に 文星芸術大学長・ちばてつやさん

文星芸術大の学長で漫画家のちばてつやさん=宇都宮市で

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 漫画家のちばてつやさん(80)が戦後に旧満州から引き揚げた体験を若い世代に伝えている。十年以上教授を務め四月から学長になった文星芸術大(宇都宮市)では、制作に生かしてもらおうと授業で学生に話すことも。インタビューに、二足のわらじを履きながら平和の尊さを訴え続ける原動力や思いを語った。 (共同通信・當木(とうぎ)春菜)

▽地獄の日々

 一九三九年生まれのちばさんは父親の仕事のため旧満州奉天(現中国瀋陽)で育ち、六歳で終戦を迎えた。間もなく住居を追い出され、葫蘆島(ころとう)を経由して翌四六年夏に日本へ戻るまで「地獄の日々だった」という。帰国できるか情報がない中、昼は暴徒化した中国人に襲われないよう橋の下などに身を潜め、夜は次の隠れ場所を求め、冬場は氷点下二〇度を超える極寒の地をさまよった。

 常に空腹で、わだちにたまった虫の湧いた雨水をすすった。寒さをしのぐため道端で倒れている人から衣服を剥ぐ同胞の姿を見た。「まだ生きていそうな人からも服や靴をもらって裸にしていた。人間がすることじゃない」。日本に戻ってからもしばらく、思い出さないようにしていた。

 その後、漫画家として活躍したちばさんに、文星芸術大が二〇〇五年開設のマンガ専攻の教授就任を打診。「漫画は人から教わるものなのか」と迷ったが、母の古里の宇都宮で「最後の奉公をしろ」と母に言われた気がして引き受けた。

▽漫画の幅広げて

 大学に来て十五年目。構成や技術面の助言のほか、作品の幅を広げてもらおうと、映像を見せたり、他の大学から教員を呼んで講演してもらったり。その手段の一つとして、折を見て自身の体験を学生に伝えている。

 人間のさまざまな面に理解を深めて引き出しを増やせば、より深いドラマを描けるようになると考えるからだ。ちばさん自身も無意識に引き揚げ体験から漫画を描いたことがある。代表作「あしたのジョー」の終盤で登場する韓国人ボクサーが、戦時中に飢えに耐えかね、行き倒れの人を殺して食料を奪う場面だ。

 どぶ川や倒れている人にたかる虫、人間の残酷さ。記憶にふたをしたはずの「地獄の日々」が無意識に原稿に反映されていた。「戦争は人を鬼にする。当時を知らない学生も、私の話をきっかけに人間のそのような側面に気付き、作品に生かせるかもしれない」

▽「ずっと戦後で」

 作品に書き残すなど体験を伝えてきたちばさんの原動力は、死んでいった友人たちへの負い目だ。日本へ帰る船の中で一緒に甲板で遊んだ友人が亡くなり、布にくるまれて海に葬られた。少し食べ物を分けていたら良かったのかな-。「生き残った者には語り継ぐ使命がある」と話す。

 終戦から七十年以上がたち「戦争を知らないと、あまり深く考えずに(戦争を)やっちゃえとなってしまう」と危機感を持つ。海外の紛争に心を痛め、難民の姿が過去の自分に重なる。改憲で、日本が戦争できる国になってしまうのではとの懸念もある。「日本にはずっと『戦後』でいてほしい」との思いは切実だ。

 恵まれた現代の若者に全てを理解してもらおうとは思わない。「当時の過酷さは想像もつかないだろう。でも、二度と戦争が起きないようにするにはどうしたらいいか考えてもらいたい」

<ちば・てつや> 1939年東京生まれ。幼少期に旧満州の奉天(現中国瀋陽)から引き揚げ、56年漫画家デビュー。代表作に「あしたのジョー」「紫電改のタカ」など。2005年に文星芸術大のマンガ専攻教授、今年4月から学長。日本漫画家協会の会長も務める。

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