#61 痴女の恩返し
まるで彫像の如く、あるいは携帯電話ショップのペッ●ー君の如く。
無表情で微動だにしない、機械的な立ち姿。目のハイライトとか消えてねぇ?
通路のド真ん中に立ちはだかるバトルメイド。ただし頭部にパンツ装備。
今更だが頭防具がそれってどうなんだ。防御力1アップと引き替えに変態度が50くらいあがってんじゃねーのか。非常食だからいいのか?
「な、なんですかこいつは」
「下がって」
俺は捕虜たちを庇うように前に出る。
「たぶん、今この世界で一番危険なサイバネ強化兵です」
「まあ、ヤバイのは見て分かりますが……」
見てヤバイ、戦ってヤバイ。
結論としてとにかくヤバイ。
しかし、そのヤバイメイドはハルバードを抜いて構える代わりに、メイドらしく折り目正しい礼をした。
「神。マサル・カジロ。あなたがここに来る事は分かっていました。
……私は伏して願います。どうか、シャルロッテ様方をお助けください」
これには拍子抜けと言うか……あんな『次に会うときは敵同士だぜ(意訳)』みたいな別れ方したからてっきりバトることになると思ってたのに。
「シャルロッテを、助け……? あいつどうかしたのか?
っつーかお前、俺を殺しに来たんじゃないのか?」
「『シャルロッテ』様の退避が済んだ後であれば、私にも出撃命令が下ったやも知れません。そして本来であれば、私はそれに逆らえませんが……
手品を使いました。オリーブで首飾るが如く」
「はぁ……」
なるほど分からん。
と言うかその曲、未だに手品と結びついてたのか。
「信用できないのでしたら……」
めっちゃ怪しんでる様子の俺に気が付いたのか、クララは何やらコツコツと自分の頭をノックした。
パンパカパーン♪
何故かクララの耳から電子音のファンファーレが鳴り響く。若干音割れ気味。
「これでいかがでしょうか。
ブレインインプラントコンピュータのポートを開きました。ファイアーウォールも停止しております。
世界運営支援システムの力を以てすれば、私を自在にできるものと思いますが」
さらっととんでもない事を言ったクララ。
頭にコンピューター埋め込んでる奴は、それをハッキングされたら終わりだ。脳に過負荷を掛けて焼き切るも、身体を操ってR18にするも自由自在という。
そしてアンヘルが本気になった時点で、電子戦で勝てる奴は居ない!
この世界の電子的制空権は常にアンヘルの手中にあり、ネットワークに接続可能な状態になった時点でアンヘルの手の平の上なのだ。
「……アンヘル、どうだ?」
半信半疑ながら俺が聞くと、すぐに返答があった。
『ポートの開放を確認しました。
バックドア設置完了。いつでも介入し、彼女の自由意志を奪って生ける操り人形とし、賢様の兵として命尽き果てるまで戦わせる事が可能』
「しねーって。……マジで開けたのかよ」
それだけ切羽詰まっている? 俺たちを信用している? それとも誠意ってやつ?
うん、まあ……全部か。
だが続くアンヘルの言葉は、さらに俺を驚かせた。
『自己診断プログラムをハッキングし、神経系スキャンを行いました。
今現在、クララの意識はありません』
「えぇ?」
『何らかの薬物を摂取した形跡があります。おそらくはそれによって、強制的に気絶状態を作り出したと推測。
ブレインインプラントコンピュータ内にエミュレートされた人格模倣AIが、身体の操作を代行している状態です』
「はい。これが私の手品の種。
精神操作による命令の強制を回避するため、表層意識のみを模倣したAIを構築しました。
いつか、教会がシャルロッテ様に牙を剥く日もあるだろうと、精神操作の隙を突いて準備した奥の手にございます」
「バグ技みたいな事してんのな」
なんという捨て身の策か。
そうまでして……と感心するべきなんだろうな、この場合。
いつの日かシャルロッテを助けるためだけにこれだけの無茶な準備をしてきた。って言うかこりゃ明白に教会への反逆だ。
いくら傀儡とは言え、シャルロッテは教会社会の『神』。その最側近にまで出世したクララが、全てを投げ捨てて教会に弓を引いたのだ。
フラットな調子で話してるのは、AIのせいなんだろうか。だがその本気と、後に退けないって事は痛いほどによく分かった。
「とにかく。
私がここへ来たのは、あなたにシャルロッテ様方をお助けいただきたいと思ったがため。
どうかお力添えを頂けませんか」
「つまり、シャルロッテも連れて逃げてくれってのか」
「ええ。ふたりほど」
「……は?」
……言葉のアヤだろうか。
クララの言い方だと、シャルロッテをふたり連れて逃げてくれって言ってるみたいに聞こえるんだが。
「あいつ分身の術でも使えたのか? それとも残像が出る速さで動けるのか?」
「いいえ、そんなことができたらシャルロッテ様が沢山見えて私が幸せですが、不可能です。
……教皇が、現在のシャルロッテ様は傀儡として不適であると考え、複製体を作ったのです」
ここでようやく俺は、シャルロッテに何が起こったかをクララから聞いた。
幽閉されたと思しきオリジナルのシャルロッテ。
彼女の記憶を移植されたクローン『シャルロッテ』。
教皇エーリックは、オリジナルのシャルロッテを傀儡として不適であると見なし、手駒としてクローンの『シャルロッテ』を新たに生み出した……
俺はマジで目眩と吐き気がした。胸クソ悪すぎる話だ。
「外道極まるって言うかマジでなんだそれ……
あいつの脳みそ馬肉と鹿肉の合挽ジビエハンバーグか何かなの?」
「わかりません。教皇を解剖したことはございませんので」
『賢様、馬肉はジビエではございません。野生のシビレサソリ馬でしたらジビエに分類されると思われますが』
アンヘルのツッコミは無慈悲かつ冷静だった。そしてまた俺の知らない生物の名前が出たんですけど。
「一人目のシャルロッテ様が何処におられるか、私にすら知らされてはいません。
ですが、それほどまでに厳重に秘された場所となれば……自ずと限られます。
教会本部中枢区画。その中でもおそらく、教皇執務室に近い場所でございましょう」
クララの分析に俺も同意。
「確かに、この世界で最も厳重に何かを隠せる場所ってったら、そこだろうな」
「それに誰しも、見られたくないものは手元に置くものです。あなたも男児であれば、ベッドの下にやや背教的な本を隠した経験があるのでは」
「お前、部屋の掃除しててエロ本見つけたら机の上に並べるタイプだろ絶対」
「そのような真似は致しません。もしシャルロッテ様のお部屋で斯様な物理書籍を発見したとしたら、私はただ赤飯を10合ほど炊いて独り黙々と完食致します」
人格コピーAIに動かされているクララの身体は、不気味の谷に落ちそうな微笑みを浮かべてうっとりしていた。
……やっぱりこいつヤバイ。いやパンツ被ってる時点でヤバイのは分かってたけど。
その時だ。耳がキーンとしそうな勢いで別の声が飛んできた。
『カジロ様!!』
正確には
もちろん榊さんからの連絡。俺たちの会話は
「『救出に向かっている余裕などありません、一刻も早く脱出するべきです!
そもそも彼女は教会側の人間、しかも教皇の孫娘です。今現在殺されずに幽閉されているとあれば、今後も傷つけられることは無いのでは?』
とかそんな感じ?」
『………………ハイ』
そろそろパターン読めてきたぞ。
俺が無茶をしようとするとだいたい止めてくれる。と言うか俺の頭の中にはあっても捨ててしまう常識的な判断を口にする係っつーか。アンヘルは俺が何しても基本的に止めないし。
今回ばかりは外付けブレーキ、もとい榊さんに従おうかと悩む俺。この作戦はかなりギリッギリだ。犠牲者無しで引き上げようと思ったら一刻の猶予も無い。
「まあ、分かるけどさあ……」
「おっしゃることもごもっともです。
ですが、私はあなた方の慈悲に縋り甘えるために来たのではなく、取引をするために参りました。
相互に利益があるものと思いますよ」
クララは鉄面皮のままで淡々と言った。
こいつは全体的にヤバイしパンツも被ってるけどバカじゃない。シャルロッテのためなら権謀術数の限りを尽くすのだろう。
俺たちに協力させるための札くらい持ってきていて当然だった。
「……情報をひとつ差し上げましょう。
傍観に徹していた教皇が動き始めました」
「エーリックのジジイが?」
「彼は軍事の専門家ではありませんが、政治的に先を見据えた手を打ちます。
依然としてあなたを抹殺すべく動いておりますが、同時に
脱出の阻止でも、
ふと、俺は、ここに居ないはずのエーリックが現れて、俺の首を絞めているように錯覚した。
こちらがされて嫌なことを的確に見抜いている。
一方的な勝利だけは絶対に許さず、この勝利を傷物にすることで
犠牲者ゼロで退却できたら、そりゃ士気は上がるよ。既に100%近い俺の支持率も2万%とかになりそう。
だが、5人の捕虜を助けるための作戦で10人死んだとかになったら……
言うまでもない。火種が残る。
何より、そうやって犠牲者が出るのは、政治的にどうこうじゃなく俺が絶対に嫌だ!
「……内部に配置されていたサイバネ強化兵のうち4割ほどが外へ回されました。もしあなたが引き上げの際、
第三層と第二層に分かれたチームは合流が難しく、おそらく別個に撤退する計画と思われますが、まず間違いなく、あなたの居ない方が狙われます」
「そう来たか……!」
「また、内部の者はあなたを待ち伏せている様子です。
これは推測ですが、あなたを
「クソ……存在自体が嫌がらせみてーな奴だ、エーリック」
「ここからあなたひとり生還する事であれば容易でしょう。
しかし、そのような結末は望みませんね?」
「言うまでもない」
俺は言い切った。
「そして、おふたりのシャルロッテ様が置かれた現状は、おふたりにとって死に等しく辛いものと推察致します。このクララ、サイバネ強化心臓が張り裂けそうです。いえ、実際に張り裂けたら私は蒸発しますが。
……どうかおふたりをお救いくださいませ」
再びクララは深々と礼をした。
取引と言いはしたけれど、こっちに無茶をさせることになるのは間違いない。
そう思って誠意を見せているわけだ。
「協力してほしけりゃ協力しろってこったな」
「はい。
ある程度の危険は避けられないでしょうが……僅かながら、私にも手札がございます。
もしシャルロッテ様方を救出していただけるのでしたら、シャルロッテ様を通じて行使可能な非常手段がひとつございます」
願ってもない話だ。
だが、だからって考えも無しに飛びつくわけにはいかない。
「アンヘル!」
『既に脳内の記憶領域から『非常手段』を読み取り、戦略支援AI『ハンニバルVer.π』の判断を仰いでおります』
「略すのかよ! ついにそれが円周率だと認めたな」
『ハンニバルはクララへの協力を支持しております』
「こいつが言った状況説明の裏は取れてるか?」
『先程クララが述べた情報は、全て本人が収拾したものであり、偽記憶の上書きが行われた形跡もございません。
また、本部周囲に待機するサイバネ強化兵の数が先程から増えております』
「了解、サンキュー!」
裏取り完了。秘書が有能で助かった。普段のポンコツポイントはここで帳消しにしておこう。
「すまん、榊さん。そういうわけだ。もうしばらく耐えられそうか!?」
『こちらは手薄です! むしろ第三層の方が……』
『敵増援が現在は静観しておりますので、現状維持可能と判断』
「分かった、なるべく急ぐ!」
俺は腹をくくった。迷ってはいられない。即断即決!
捕虜救出のついでにシャルロッテを解放し、エーリックのじじいに一泡吹かせてやろう。
「あなたのお仲間は、ひとまず私がお預かり致します。
代わりに、どうか……」
「救出料はツケといてやるよ。今なら全品100%OFFだ。
……5人はこの変態メイドに付いてってください。見た目も中身も怪しいですが腕は確かです」
「承知致しました!」
「「「「私は祝福的で心穏やかです!!」」」」
力強く(×5)珍妙な(×4)返答を受けて、俺は行動を開始した。
現在更新停止中ですが、そのうち再開もしくはリライトを予定しております。
年単位で先になるかも知れませんがどうか気長にお待ちくださいませ……
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