ヘイトスピーチを問う
~戦後70年 いま何が~
広がるヘイトスピーチ 日本社会で何が
去年秋から年末にかけて各地で行われたヘイトスピーチを伴うデモです。
「おまえら朝鮮人は腐れ朝鮮人なんだよ、腐れ朝鮮人。
ゴキブリ、うじ虫、朝鮮人。」
「殺せ、殺せ、朝鮮人。
出てけ、出てけ、朝鮮人。」
こうした右派系市民グループによるデモは年間100件以上。
1万5,000人の会員を抱えるという団体もあります。
彼らは在日韓国・朝鮮人が生活保護の受給などの面で、日本人にはない特権を与えられていると主張。
一方、国はこうした特権はないとしています。
こうした団体の活動が人種差別に当たり違法だと裁判所が判断したケースがあります。
6年前、京都にある朝鮮学校の運営に抗議するとして行われた街宣活動です。
「なにが子どもじゃ。
スパイの子どもやないか。」
児童およそ100人が勉強していた授業中に、1時間近く拡声器を使って主張を続けました。
右派系市民グループ 元幹部
「一般ピープルが出した動画にしたら、すごい(視聴回数=211,326)ですよ。
すごい数ですよ、ほんとに。」
この活動に参加し侮辱罪などで有罪が確定した団体の元幹部です。
職業を転々とする中で、本やインターネットの情報から在日韓国・朝鮮人が得をしていると考えるようになったと言います。
右派系市民グループ 元幹部
「不公平な取り扱いがなされている。
不条理っていうか、何とも言えない感覚ですね。
ちょっと許せないな、率直に。
不公平。」
4年前から活動に参加している会社員は、暴力的な言葉を使うことにこそ意味があると考えています。
団体の幹部の発言を記したメモです。
より過激な言葉を選ぶよう促されたと言います。
右派系市民グループ 会員
「相手の喉元に突撃する。
ストレートに相手の嫌がる抗議をする。
既存の保守ではできなかったことを、この団体がしてるということにすごい魅力を感じました。」
「相手を傷つけるって感覚は持ってない?」
右派系市民グループ 会員
「もうほぼ持ってないですよね。
もうとんでもない下品な言葉を書き並べてもいい。」
こうしたデモの参加者30人以上に聞き取り調査を行ってきた社会学者の樋口直人さんです。
参加者の大半は、一般企業のサラリーマン。
主婦や学生もいました。
韓国など周辺諸国との関係悪化が彼らの心理に大きな影響を与えていると言います。
徳島大学 樋口直人准教授
「近隣諸国との関係でイライラした人、怒った人たちが調べていくうちに『あっ』て言って在日という敵を発見していくという過程がある。
ありえないような論理を使って、排斥するような動きが出てきたのが、新たな特徴だと思います。」
ヘイトスピーチを問う “歴史の教訓”は
今、国連は世界各地に広がるヘイトスピーチに警戒感を強めています。
去年8月、日本政府に対しても法律で規制するよう勧告しました。
人種差別的な団体による暴力の扇動が広がっていると指摘したのです。
国連人種差別撤廃委員会 クリックリー副委員長
「日本政府は、事の大きさを自覚しなければならない。
ヘイトスピーチが暴力や殺害につながりかねない。」
国連がヘイトスピーチに厳しい姿勢で臨む背景には、歴史の教訓があると言います。
600万人ともされるナチスによるユダヤ人の虐殺。
それは、言葉による攻撃から始まりました。
ユダヤ人が金融業を支配し富を奪っているとして被害者意識をあおったのです。
ヒトラーの主張はドイツ社会に浸透。
そして、虐殺へとつながっていったのです。
ヘイトスピーチ その先に何が…
ヘイトスピーチが暴力にまで及ぶという懸念が現実化した国があります。
日本と同様に6年前、国連から人種差別的な活動への対策を取るよう勧告を受けたギリシャです。
標的になっているのは、アジアや中東からの移民です。
「祖国のために移民と戦わねばならない。」
しかし去年まで対策が取られず、事態は悪化。
移民への襲撃事件も頻発しました。
一昨年(2013年)には、移民への暴力や差別を批判してきた人気歌手が殺害される事件も発生しました。
移民排斥を訴えるグループは政界へも進出しています。
現在、この政党(『黄金の夜明け』)はギリシャの国会で16議席を占めています。
政党の幹部
「党のシンボルは、ナチスのかぎ十字に似ていると言われるが別物だ。」
この党の候補者の選挙活動の映像です。
候補者
「あなたはギリシャ人?」
男性
「はい、そうです。」
候補者
「移民に襲われるから気をつけて。」
候補者
「おまえはギリシャ人じゃないな、消えうせろ。
移民は地獄へ落ちろ。」
移民がギリシャ人の雇用を奪っていると主張し被害者意識をあおることで、支持を拡大させてきました。
政党の幹部
「我々は純粋な存在だ。
過激な表現を使うのは真実を語るためだ。
これからも移民に対しては、極端な手段を用いなければならない。」
日本でも収束の兆しが見えないヘイトスピーチ。
その先には、何があるのか。
京都の朝鮮学校に娘が通っていた龍谷大学教授のキム・サンギュンさんです。
事件のあと、学校は移転。
子どもたちは大きな音におびえるなど、今でも心に傷を負っていると言います。
キムさんは、ヘイトスピーチが続く社会に大きな不安を感じています。
龍谷大学教授 キム・サンギュンさん
「彼らのやってることは非常に突拍子もないと思いますけども、その背景にサイレントマジョリティーがいると思いましたね。
自分たちの生存権が侵害される。
もしかしたら何か大変なことに、被害遭うんちゃうかという、そういうふうな危機感なり不安感って非常に強いですね。」
ヘイトスピーチを問う 戦後70年 日本でいま
デモを行う団体は、活動がヘイトスピーチだと指摘されていることに対し、私たちは人種差別主義者ではなく、怒れる排外主義者だなどと回答しています。
一方、団体が特権だと主張している特別永住権について、法務省は歴史的経緯などを考慮して、認められた在留資格で、特権ではないとしています。
また生活保護の優遇について、厚生労働省は、国籍を問わず、同じ判断基準で支給をするかどうか決めていて、優遇の事実はないとしています。
●去年の秋ごろ 実際にデモを見て
私が去年最後に見たのは、秋ですけれども、見に行って一番感じたことは、驚くほど内容が、中身がないということです。
中身がないということは、非常に力強く、大変耳を疑うような言葉が次々と出てくるわけですが、例えば、彼ら、彼女たちが標的にしている在日のその特権、それが具体的に何かっていうこと、本当に存在するかどうかということを示そうとしない、もっと大きなこととして、おそらく、その先にもし自分たちのその目標を達成した暁に、そこにどういう日本があるのか、日本という国はどうあるべきかというビジョンと言いますか、思いと言いますか、それを外に対して伝えようとしない、非常に内向きで内容が非常に乏しいものだということを、私はまず聞いて驚いたんですね。
●言葉だけにとどまらず犯罪になるおそれも?
今、私たちは憎悪表現の話をしているわけですが、それがいつ、なんどき、憎悪行動、あるいは犯罪に切り替わる引き金になるかということはこれは大変、大きな問題です。
ヨーロッパはある意味、先進国、数年前にオスロ、ノルウェーで70人もの人が、1人の人が乱射をしていた、銃の乱射を起こしたり、先週、パリで起きたテロ事件もユダヤ人たちが生活の、自分のよりどころとしているスーパーの中で4人も殺されたっていうことがあります。
これ偶然ですけれども、パリに住む、あるいはフランスに住むユダヤ系の人たちは、ちょうど50万人、日本に暮らしている在日コリアンとほぼ同じ数なんですね。
彼らは戦後ずっと、寄り添いながら同化しないという形で、フランスの文化の形に参加しているわけですが、彼らはそれこそ今、生命の危機、彼らは本当にそこにいられるかどうかという危機を感じているわけです。
今年(2015年)おそらく15万人、数年の間には50万人ものユダヤ系の人たちはイスラエルに移住するのではないかというふうに言われているわけです。
生活を全部、放り投げて海外に行かなければならないというほど、言葉から始まり、実際に行動、犯罪につながった一連の出来事から生きてるわけですね。
日本と共通するのは、たぶん、インターネットによって、その言葉が始まりつながっていって増幅していて、1つの見えない形で人々の、ある一部の人たちの心を捉えて、行動に駆り立てていくっていうことがあったと。
●なぜ日本でこういうことが起きているのか?
そうですね、対外的、外に対して対立をするとか、排他的な言葉をはくということをどの国にもあるわけで、私が専門にしている、例えば幕末日本の歴史を見ても、攘夷(じょうい)論というものがあり、海外に対して、大変強い調子で言葉を紡いで発言していくわけです。
しかし、何かそこに根拠があったり、強いものに対して、あらがわざるをえないというような状況があり、さっき申し上げたように、根拠のない非常に薄い言葉、意味がほとんどない言葉をあけすけに公共の中でそれを繰り出していくということは、私は非常に新しい日本であって、日本ではないというふうに言いたくなるような状況ではないかなというふうに感じています。
ヘイトスピーチ どう向き合うべきか
フリーライターの加藤直樹さんです。
在日韓国・朝鮮人が多く住む東京・新大久保で生まれ育ちました。
新大久保で繰り返されていたデモで、近所の人たちが罵声を浴びせられるのを見て衝撃を受けたと言います。
フリーライター 加藤直樹さん
「『良い朝鮮人も悪い朝鮮人もどちらも殺せ』。
彼らは差別しているだけじゃなくて、『殺せ』って言っているわけですよね。
東京で『朝鮮人を殺せ』という言葉が飛び交うのって、関東大震災のとき以来なんだろうなと思ったんですね。」
国の調査会が関東大震災の教訓をまとめた報告書です。
地震のあと朝鮮人が放火しているなどといった流言飛語が広がり、市民や軍隊、警察までもが朝鮮人を殺害したと指摘しています。
加藤さんはこうした自分たちの歴史を見つめ直すことが重要だと考え、ブログや本で発信を始めています。
加藤さんが知ってほしいと考えているのは、大震災の前の社会の風潮です。
当時、日本の植民地だった朝鮮半島では独立運動が繰り返されていました。
これに対する警戒感が広がり、新聞記事には朝鮮人に対する蔑称が日常的に使われていたのです。
フリーライター 加藤直樹さん
「民族差別が地震の前に社会に浸透してたっていうこと。
そう考えると僕らの今生きてる時代だって、何かが起きたときにとんでもない誤った選択をしてしまう何かを育てている可能性があるわけですよね。
そういう恐れの感覚、持たなきゃいけないと思うんですよね。」
今の時代の風潮の中でメディアの役割が重要だと発信を続けているのが、昭和史を研究する作家の保阪正康さんです。
保阪さんが懸念しているのは近年、メディアの中に氾濫する過激な言葉です。
紙面に並ぶ反日、売国、国賊といった言葉。
保阪さんは戦時中、異論を封じる際に使われた言葉と共通点を感じると言います。
作家 保阪正康さん
「こういった乱暴な言葉が社会にまき散らされると、これが定着すれば社会全体がおびえてしまう。
俺は『反日』って言われるんじゃないか、『売国奴』って言われるんじゃないか、そういう恐れがね、持つ人が出てくると思うんですよ。
おびえて言論の自由を享受しなくなる人が増えることの方が怖いと思う。」
大手雑誌記者の男性です。
出版業界では今、韓国や中国に関する記事や本が欠かせなくなり、より攻撃的で過激な内容を求められていると言います。
雑誌記者
「とにかく韓国たたけみたいな、そういう企画もあるし、何もないときでもとにかくやれみたいな、そういうのはありますよね。
やっぱり売れる。
『まずい』と思うんだったら買わなかったらいい話で、結果的にあおってるかもわかんないですね。」
保阪さんは、これからの時代、メディアにはより寛容で理性的な姿勢が求められると指摘しています。
作家 保阪正康さん
「怖いのは自分たちの国が100%正しく美しく、100%何から何までよくて相手が悪いんだっていう形になったら、他のもの見えなくなる恐れがあるからね。
社会全体が多様性を失うし、ある意味で言えば知性を失うし、月並みな言葉で言えば暴力的な方向へ近づくんだよね。」
ヘイトスピーチを問う 戦後70年 いま何が
●地方議会で対策・規制を求める意見書可決も 今どうすればいいのか?
ヨーロッパのように実際に規制をかけるという方法もあるし、アメリカのように言論の自由を求めるということが大切、そのことを議論することは大切だと思うんですが、私は日本、特に日本語の中に、人々のこの距離を調整をしたり調節をしたり、歩み寄っていくっていう能力のようなものが、言葉の中に本来あると思うんですね。
待遇表現、私たちが使っている敬語であったり、そういう言葉の中に、人をどういうふうに自分と位置づけるかということは、昔からの知恵、可能性としてはあったと思います。
現在のヘイトスピーチを見てると、それが反対を言ってるように、非常に英語で言うサウンドバイト、食いつきのいいキャッチーな言葉を増幅させることによって、あたかもそれが現実であるかのように思い込んでしまう。
そのことをやっぱり防ぐ、そういうことをとどめる、止めるためにまずは教育が非常に重要だと思います。
(信じ込んでしまう人がいる?)
いるんです。
近現代の歴史については、ヨーロッパやアメリカに比べて、日本人はやはり非常にまだ、特に小中教育の中では学んでいないっていう現実があります。
議論をする、判断するためにはまず何があったかということを知るということは、とても大切だと思いますし、あと寛容性というものは、人と交わることによって、それが現実を一つ一つ、実証していくことによって、できるようになると思うんですね。
これも私は、日本人は非常に得意とするところだと思うんです。
抽象的な概念ではなくて、実際に特権があるのか、この人たちは隣でどういう暮らしをしているのか、サイレントマジョリティーとしてそれを通過するのではなくて、自分もコミットして、どういうふうにこれからあす、一緒に暮らしていくために何が必要かということを、できるだけ自分の課題、問題、あるいは自分のプラスとして考えることが大事だと考えますね。