そこまどほむ。
「まどかを堕として、私だけのものにする」
そういって不適に微笑んだほむらちゃんと、それを阻止しようとするさやかちゃんの物語。(一部誇張有)
悪堕ちというかまどほむ堕ちです。むしろ上ってるような感じです。
つまりはいつものまどほむです、よろしくお願いします。
「神の理に抗うのも当然のことでしょう?」
そういって笑ったあいつの顔が、あたしはたまらなく嫌だった。
もともと、あたしとあいつは上手くいっていたとは、とても言えない関係だった。
あいつにも非はあったのだと思う。
でも、それ以上にあたしにも悪いところはあった。
あたしがあいつにかけてしまった迷惑は考えただけで申し訳なくなるし、しかもそれがほかの"時間"でも繰り返されていた事を知った時は、本当に申し訳なく思ったんだ
だから、あいつがQBの実験台にされてしまい、それを助けにいくと決まった時。
あたしは一番に手を挙げた。
不謹慎だけど、少し嬉しかった。
もちろん残してきてしまった杏子の事が気がかりだったというのもあるけど、
これでやっとあいつに少しでも借りが返せる。
あいつを助け出して、円環の理でまどかと一緒に過ごせるようにしてやるんだ、って。
あいつの過去、魔法少女になった理由。
何度もあたしたちと衝突しながらも繰り返してでも続けた目的。
それを知ることができて、あたしはあいつの事を理解する事ができたから。
……いや理解できたつもりでいたから、あいつをQBの手から助け出すために奮闘したんだ。
でも、その結果が、あんたのその笑顔なの?
「あんた、まどかになにをしたんだ!」
学校の案内をしてもらったというまどか。
戸惑ったような彼女の髪には、朝していたはずの黄色いリボンはなく、かつて彼女がしていた赤いリボンが結ばれていた。
何があったのかはわからなかったが、誰がやったのかは明白だった。
あたしはいてもたってもいられなくなった私は学校中を探し回り、屋上で一人風に吹かれていたあいつを見つけると、その勢いのまま詰め寄った。
しかし、そんなあたしにあいつは"あの"歪んだ笑みを浮かべて言った。
「ただあの子に返しただけよ。やっぱりあの子が一番似合うもの」
嫌な笑みを浮かべたまま、膿んだ視線をあたしに向けて続ける。
「ねえ、さやか。私考えたの。本当はただ見守るつもりだったのだけど、さっきのまどかの様子を見て気が変わったわ」
「変わった? いったい何を……」
「あの子を私だけのものにするわ。私だけの事を考えて、私だけの事を思って。秩序なんて気にする余裕もなく、ただ私と一緒に悪に堕ちていく」
ニタリ、と口の端を歪め、楽しそうに自分の指先を絡めて。
「あの穢れのないまどかを堕とす。それはきっと、とっても素敵だわ」
夢見る乙女のように、そんなことを言いやがった。
「――ふざけんな」
「……」
「そんな事、絶対あたしが許さない。まどかは、絶対あたしが守って見せる!」
例えあんたを倒す事になったとしても。
言葉にせず、視線に乗せてあいつにぶつける。
そんなあたしの視線を受けて、しかしあいつはどこか嬉しそうに。
「そう、それも素敵ね。精々、楽しみにしてるわよ、さやか」
そういって、あいつ……暁美ほむらは、何故か嬉しそうに微笑んだ。
それから一カ月。
まだ、ほむらのあの宣言から一カ月しかたっていない。
それなのに、この目の前の光景はなんなのだろう。
目を背けたくなるような光景。
できればこんな事、嘘か幻だと思いたい。
念のため杏子に魔法を使っていないか確認してみたけど、こんな馬鹿な事に使うもんかと呆れられてしまった。
なんだかんだ言っても、ほむらにはまだ良心が残っているのだと思っていた。
あの時に見せた微笑みも、本当は止めてほしいのかと思っていた。
だから、今すぐには無理でも、時間を掛ければほむらのしたことを理解できるかもとも思えたんだ。
あのときの言葉だって、きっとあたしをからかっているだけだって。
なのに、ねえ、どうして。
つまり、あたしは正直ほむらの事を見縊っていたという事だろう。
……まあ、その、まったく明後日の方向にだけど。
「まどかぁ」
「えへへ、ほむらちゃん」
屋上にいくつか設置してあるベンチの一つ。
そこは今まさにゆりんゆりんした桃色空間と化していた。
ベンチに横たわり、少女の膝を枕にしている悪魔と、膝を貸しながら愛おしそうに悪魔の頭を撫でている元女神様。
膝枕……否、仁美がいうにはこれぞ百合膝枕だそうだって、やかましいわ。
「何してんの……? ねえ、あんた何してんの……?」
まどかを堕とすんじゃなかったの? あんたが堕ちてんじゃん。完堕ちじゃん。
デレデレとまどかに撫でられているほむらに、何かもういろいろと面倒臭くなりながらも、
いい加減これ以上放置できなくなった私は意を決してその桃色空間に切り込んでいく。
異物の侵入にこちらに向けられる紫色と桃色の視線。
どちらも強弱はあれど、はっきりと邪魔者を見る様子が含まれていて早くも心が折れそうになる。
ほむらはともかくまどかまで……。
ちょっと本気で傷つくんですけど。いや、邪魔者なのは百も承知だけどさ。
しかしここで引く訳にはいかない。今日こそ決着をつけてやる……!
「やいほむら! あんた一カ月に言ってた事はなんだったんだよ!」
「何よ藪から棒に……せっかく人が気持ち良くうとうとしてたのに……」
億劫だと言わんばかりにごろん、と横を向いて眉根をひそめるほむら。
そこにすかさず援護するかのように、まどかも口を開く。
「そうだよさやかちゃん、ほむらちゃんのお休みの邪魔しちゃだめだよ?」
「……ごめん、まどか。すぐ終わるから、お願いだからちょっとだけ黙ってて」
「むー」
不満そうに頬を膨らませるまどかをとりあえず放っておいて、あたしはすでにうとうとし始めている様子のほむらを再び睨み付ける。
「散々偉そうに言ってた結果がこれ? 訳がわからないんだけど」
「だから何の事よ……って、ああ、そういう事」
合点がいったのか、ふふんと俗にいうドヤ顔を向けてくる。むかつく。
「それなら宣言通りにしてみせたじゃない」
「はぁ?」
「ねえ、まどか。まどかは私の虜よね?」
「うん? うん、そうだよ、もうほむらちゃんのいない生活なんて想像できないよ」
「えへへ」
えへへ、じゃねーし。なんだその緩んだ顔は。可愛いなこのやろう。
あの嫌味な笑い方よりはよっぽどそっちの方がましだけど、自称悪魔がえへへじゃないっつーの。
「あんた……悪魔キャラどこに捨てちゃったんだよ……」
「……あなた、さっきから重ね重ね失礼ね。キャラ扱いしないでもらえるかしら。私は悪魔そのものよ」
「どこがだよっ!」
どこの世界に膝枕してもらってにやけてる悪魔がいるんだよ!
「だってほら、今だって5人掛けのベンチを私とまどかだけで占有しちゃってるし。私ったら本当悪魔」
自信満々の顔で、あまりに小さい悪事自慢。
しょぼすぎる、というかもう悪事とすら言えないし。
「あとはこうしてまどかの膝を借りて疲れさせてしまって……あの、まどか? やっぱり痛いでしょうから、今日は私が膝枕をするわ」
「ほむらちゃんは重くないから大丈夫だよ」
「でもしてもらってばかりだと悪いし……だから…」
「だーめ。学校では私がほむらちゃんにするんだから。してくれるなら、また遊びに行ったときにしてくれるとうれしいなって」
「それは、ええ、構わないけれど」
「ありがとう。あと、ほむらちゃんの膝は私だけのものなんだから、人前でストッキング脱いじゃだめだよ?」
「ええ、もちろんよ。膝だけでなく私のすべてはまどかのものよ」
「うん、私もほむらちゃんのものだよ。えへへ、本当に食べちゃいたいくらい大好きだよ」
「? まどかは私の事が食べたいの?」
「え? ……え、えっと、比喩だよほむらちゃん?」
「よくわからないけど…まどかになら食べられても私は構わないわ」
「えへへー」
「あ、あの、すみません……ここ学校だからさ……」
自然な流れでいちゃつき始めた二人の間に割って入る私に、二人からはもちろん、外野からも向けられるブーイング。
いつの間にか背後にいた仁美を筆頭にしたそういう趣向の人たちにとって、昼休みに行われるこの桃色空間は最高のイベントらしい。知るか。
「なんなのさやかは。さやかはなんなの。いったい何がしたいのよ」
「それをこっちが聞きたいんだよっ! というか人と話すのにずっと寝転がってんなっ、起きろっ!」
「ああ、もうっ……さやかうるさいっ……」
ごろん、と体勢を変えて私に背を向けるほむら。
当然反対を向けばそこにあるのはまどかのおなかであり、そこに抱き着くようにしてこちらを完全無視の構え。
抱き着かれたまどかはというと、彼女にしては珍しく桃色の目を鋭くさせて睨み付ける。
もちろんほむらではなくあたしを。
「さやかちゃん、これ以上ほむらゃんのお昼寝を邪魔しちゃだめだよ」
お腹に顔をうずめるほむらに対しては優しく頭を撫で続けるくせに、あたしに対しては普段のおっとりしたまどかからはあまり想像できないような迫力で責めてくる。
悪いのはあたしなの? もうさやかちゃん訳わかんない。
「おーい、もういいから帰ってきなよ」
「美樹さん、一緒にこっちでお茶でもどうかしら?」
後ろの方から我関せずの姿勢をとっていた杏子とマミさんから、見かねたようなお誘いの声。
正直もうあたしも逃げてお茶をしたいところだけど、ここで引いたらきっともういろいろだめだ。
あたしはまどほむに絶対屈したりしない!色んな意味で堕落した二人の事を放っておく訳にはいかないのだ。
……かといって、このままでは分が悪いので少し攻め方を変えてみる。
「……まどかはほむらを甘やかしすぎなんじゃない?」
「うっ…そ、そんな事ない、よ?」
今までとは少し違う反応。どうやらまどかもかろうじて自覚があるみたいだ。
割と本気で良かった。
「もう百歩譲って仲良しなのは良いよ。良いけどさ、甘やかしすぎるのはほむらのためにもならないんじゃないの」
「それは……そうだけど、でも、ほむらちゃんにも必要な時は厳しくしてるよっ!」
「いや、そうは見えないけど……」
いつも砂糖を直接口に突っ込まれるような甘いやりとりを見せつけられている事しか記憶にございませんが。
「たとえばさっきだって――」
「はい、ほむらちゃん、あーん」
「あーん」
「……どうかな、口にあう?」
「ええ、とってもおいしいわ、まどか。いつもわざわざ作ってきてくれてありがとう」
「えへへ、良かったぁ。ううん、気にしないで? 好きでやってる事だし、こうでもしないとほむらちゃんってば携帯食しか食べないんだもん。……はい、次はこれ、あーん」
「……まって、まどか。それはいらないわ」
「え?」
「シイタケは好きじゃないもの」
「……好き嫌いしてたら大きく……なれないんだよ?」
「……まどか?どこを見て言っているのまどか? ……別に良いわ、だって私は悪魔だから」
「悪魔の意味がわからないよ?好き嫌いするならもうお弁当作ってこないからね」
「えっ、あ、それは……でも、しいたけ…は……」
「膝枕もしないから」
「……あーん」
「はい、あーん。えへへ、偉いよほむらちゃんっ!」
「ねっ、ちゃんと厳しくするところは厳しくしてるんだよっ!」
「うん、それは知ってた」
お昼はみんなで食べてるからね。
見せつけられてるからね。
ここ一カ月くらい毎日な!!
「てーか、それは厳しくするというのとは違うような」
どちらかというとそれは躾だ。
ああ、まどかはまともだと思ったらすでにまともじゃなかった。完全にやられてる……。
「ん……」
そして私達がそんなやりとりをしているのに、気が付けばまどかに抱き着きながら静かに寝息をたてているほむら。
寝たんかい。
どんだけ油断しているんだ、こいつ……。
……ん? 油断?
あれ、もしかして今まどかを覚醒させられたら、案外すんなり解決するんじゃないかな、これ。
これだけあたし達が騒いでても起きないなら、やってみる価値はあるかもしれない。
よしっ。
「まどかっ、今がほむらを助け出すチャンスだっ」
「へっ? ほむらちゃんを助け出す?」
「そう、今から話す事をちゃんと聞いて、そして思い出してほしい。あたし達は――」
ほむらを起こさないように気を付けながら、あたし達が何者であるのか、ほむらが何をやらかしたのか、たすけるためには何をすればいいのか。
今までの経緯を含め、あたしなりにわかりやすく説明をする。
我ながらなかなかにわかりやすく、要点をつかんで説明できたと思う。
思うのに、話が終わるとまどかとの距離が開いてしまったような気がした。
物理的な話ではなく、精神的に。
「あ、あのね、さやかちゃん。ほむらちゃんもたまに自分の事を悪魔って呼んだりしてるし、私もノートにお絵かきするのが好きだからあまり人の事言えないけど……」
「へ?」
まどかはそこでいったん区切り、不自然に優しい笑顔を浮かべて、まるであたしを気遣うように続けた。
「その、もう私達も中学生だからさ、物語と現実の区別はつけないと、そのだめなんじゃないかなぁって思うの」
「えっ、ちょっ」
痛い人認定されていた。いや、まあ確かにいきなりあんたは女神なんだ~とか言われたらドン引きするだろうけどさ!でもさ!でもさ!
「ぐぬぬ……」
ほむらにはそんな態度取らないくせに、差別か、これが差別なのかーっ。
「こ、こうなったら仕方ない、先に謝っとくよ、ごめんっ」
「ふぇっ? いったいなにひゃっ!?」
まどかの脳天に直撃する必殺のチョップ。
ちょっとした言葉でも反応するようだから、壊れた電化製品と同じく物理的な衝撃を与えれば戻るのではないか。
かなり根拠のない賭けだけど、これで覚醒を促すしかない。
決して今までのやり取りで鬱憤が溜まっていた訳ではない。ないですよ、ええ。
「さあ、思い出してまどかっ! 本当の自分を、今とは違う姿を!!」
「い、痛いよさやかちゃん……もう、何をいってるの……今とは違う姿って………違う、姿……?」
お、おお?あれ、なんだかまどかの様子がおかしい。
もしかしてこんな作戦でうまくいった?まじで?
あたしの戸惑いはよそに、まどかの桃色だった瞳が黄金に輝き、その小柄な体からは信じられないくらいの魔力があふれ出す。
それに何事かと驚いた様子の杏子とマミさんの視線を背中に感じながら、あたしはちらりとまどかの膝上へ視線を移す。
「……んぅ……」
それに対して、相変わらずスヤァしている悪魔。鈍感か。
何かもう本当、この子は大丈夫なのだろうか。
まどかが世話を焼きたくなる気持ちが少しだけわかった気がした。
「そうだ、そうだったね。なんで忘れてたんだろう……ほむらちゃん」
ほむらには悪いけど、でも向こうに行けばずっとまどかと一緒にいられるんだ。
悪魔なんて名乗る必要もなくなるんだ。ほむらの願いを踏みにじる形になってしまって罪悪感がないとは言わないけど、それでもあたしは――!
「まどかっ」
「うん、わかってる、さやかちゃん。私に任せて」
こくん、と力強く頷く、頼もしくまどか。
そしてゆっくりと熟睡しているほむらへと手を伸ばしていって――。
***五分後***
「……できたっ!」
高らかに宣言される勝利宣言。
まどかは自分の偉業に満足するように微笑み、額の汗をぬぐいながら張りつめていた緊張を息とともに吐き出した。
黄金色の瞳が見下ろす先には、いまだに安らかな寝息をたているほむら。
しかし、見事にその髪は二つの三つ編みが――
「そっちかよ!!」
その"違う姿"じゃないよっ!
どんだけメガほむが好きなんだよっ!
ああもうほら、杏子もマミさんも、「なんだいつもの事か」みたいな感じでもうこっちに興味なくしちゃってるし!
「違うでしょ、まどかっ!」
「うぇひひ、大丈夫だよ、わかってるもん。えいっ」
まどかが気合をいれると、ぽんっという軽い音とともに、彼女の手の中にあらわれる赤いフレームのメガネ。
ぽんっ、なんて可愛い音だけど、瞬間的に凄い量の魔力が使われたことがわかる。
なんて無駄……というか完全に力、取り戻してるんじゃんか。
そしてそれなのに起きないほむら。悪魔やめちゃえよ、もう。
「無駄じゃないよっ、必須だよっ!」
「ああもううるさいっ! 心を読むなっ! って、まどかっ、あんた、目がっ!?」
「ん?」
きょとんとするまどか。
黄金に輝いていたはずの目は普段の桃色に、あふれていた魔力も跡形もなく消え去ってしまっていた。
「な、なんで……?」
「なんでって…ほむらちゃんが起きてさっきの私を見たら慌てて驚いちゃうよ。可哀想だよ」
何を当たり前の事を聞くの? とでも言いたげなまどか。……ああ、もうわかった、こいつ、この状況に全力で乗っかって生活を楽しむつもりだ。
ほむらの宣言は、どうやらすでに実現されていたらしい。
なるほど、確かにまどかは、すっかり悪に堕ちてしまったようだ。
それでも、それが悪いことだとは思えなかったのは、きっと。
「ほむらちゃんには、秘密だよっ」
唇に人差し指をあて、おどけた様子で言うまどか。
その姿はとても幸せそうだったから、だろう。
ならあたしにもう、言う事なんて何か残されている訳がない。
まったく、何も解決はしていないけど、それでもきっと。
力任せではない、それよりはマシな答えをいつか見せてくれるのではないだろうか。
根拠はないけど、何となくそう思えたから、あたしは。
「……はぁ」
あたしはため息をついて、覚えてなさいよ、と指を突き付ける。
ごめんね、と小さく頭を下げるまどかに、苦笑を浮かべながら背を向けて。
呆れた様子で、しかし手招きをしてくれる杏子とマミさんの元に戻るのだった。