スシ・フロム・ミタキハラ
「くっ、殺せ!」
「フフ……勇ましいわね、さやか。さすが円環の騎士。私のクララドールズ達を倒してここまで来ただけのことはあるわ」
放課後の保健室。鎖で拘束されたさやかの頬に、ほむらは白魚めいた指を這わせた。
妖しくうごめく指先は、頬から顎へ、顎から首へ、そして大きく開いた胸に下り、妖しい手つきで撫で回す。
なんとおぞましく、甘美な感触なのだろう。
昼夜を問わない責め苦を受け続けた体は焼きごてめいて火照りきり、
ひとたび息を吸い込めば、部屋に漂う濃密な異臭が、肺の奥へと染みこんでくる。
粘ついた磯の香りに甘さを足したような、名状しがたい生臭さだ。
馴染みのない者ならば眉をしかめかねないその臭いだが、さやかにはまるで甘露の香りに思えていた。
「だけど、あなたのやせ我慢もここまでよ。今日こそあなたをひざまずかせ、私に忠誠を誓わせてあげる」
「あたしは……あたしは悪魔なんかには屈しない!」
「ククク……そんなこと言って、本当はこれが欲しくてたまらなくなってるんじゃない?」
「そ、それはっ……!」
ほむらがおもむろに取り出したのは――スシ!
なんたることか! この悪魔は身動き一つ取れないさやかの前でスシを貪り食おうというのだ!
「そう。三日前、あなたも散々楽しんだでしょう? 欲しいと言えば……すぐにでも食べさせてあげる♥」
「そ、そんなものであたしが釣られるとでも――」
「ウフフ……こんなによだれを垂らしながら言っても少しも説得力はないわよ」
「あ、あたしはよだれなんて……!」
ほむらの指先が豊満な胸元に滑り込み、さやかの素肌を――ちょうど胃の真上をぐりぐりと刺激してくる。
「くくっ、凄いわね。きゅんきゅんと中が動いてるのが、こうして触れてるだけでわかるなんて」
「ち、違うっ! これはただ――あぅうっ!」
言葉と意志とは裏腹に、飢えきった肉体はどこまでも正直に反応した。
胃が蠕動し、下腹が収縮する。スシが欲しくてたまらないのだ。
この保健室に監禁されてから丸三日間、最初に与えられたスシを消化したきり、水しか口にしていない。
あの青臭い海苔の香りを、舌の上で踊るネタの味わいを想像するだけでよだれが湧き、それしか考えられなくなってしまう。
「でも、まずはあなたをマンゾクさせる前に、私が楽しませてもらうわ。
……フフ。心配しないでも、後であなたにもたっぷり味わわせてあ・げ・る♥」
「や、やめ――うああぁぁっ!」
ほむらはイクラの軍艦巻きを掴み上げ、一口で頬張った。
酢と混じり合った青臭い海苔の香りが湧き上がり、それだけでさやかは達しかける。
「フフフ……おいしい。たまらないわ……とろっとろのイクラが舌の上でとろけて――」
「や、やめてっ! そんなこと説明しないでっ!」
「ほら見て。綺麗な赤貝でしょう? ああ……美味しい♥ ぷりっぷりで、甘くって……♥」
「だめっ! だめぇっ!! 赤貝は、赤貝はだめなのぉっ!!」
ほむらはくちゃくちゃ、もぐもぐと、敢えて下品な音を立てながら、見せつけるようにスシを食べた。
良心の呵責を感じない、容赦の欠片もない責め苦。
悲痛な声を上げ、さやかが身じろぎする度に鎖が揺れ、じゃらじゃらと大きな音が鳴った。
「さすが『キュゥ兵衛』の特上寿司ね。こってりして、頬が落ちそう……♥」
「ら、らめぇっ! いっぺんになんて――」
「ウフフフ♥ いただきまぁす♥」
「あぁぁぁぁぁぁああああぁっっ♥♥♥」
ほむらは妖しげに笑い、オーガニック・トロスシを一度に二個食べた。
平均的な群馬県民の日給に相当するスシを貪るその様は、まさしく悪魔そのものだ。
「はぁっ……はぁっ……」
被虐のスシ責めに憔悴し、さやかはくったりとうなだれ、荒い息を吐いていた。
飢えが限界に達してしまい、もはや強がり一つ口に出来ない。
弱りきったさやかを見下ろし、ほむらはサディスティックな笑みを浮かべた。
「だいぶ素直になってきたわね。……さあ、それじゃあお待ちかねのご褒美よ♥」
「んむぅっ――!?」
力なく横たわるさやかの口に、突如なにかが突き込まれる。
玉子――ギョクだ! やわらかい!
正気を失うほど柔らかな厚焼き玉子の甘みによって、さやかはとろけきった嬌声を上げた。
「んぶっ――ん、んぐっ♥ あ、タマ、ゴ――タマゴらぁっ♥♥」
「フフッ……三日ぶりのスシはどう? そんな犬みたいにがっつくんだから、聞くまでもないことでしょうけど」
「あふっ、あ、あむっ、んむぅぅうぅっ♥」
「アハハハハッ! なあに、その声! もう喋ることすら出来ないなんて! アハハハハッ♥」
発情した猫めいた声を上げてギョクを貪るさやかの耳に、悪魔の嘲笑は届かなかった。
下品な音を立ててスシを咀嚼し、悦楽に悶える彼女が聖なる神の遣いであるなど、誰が信じようものか。
そこにはスシに飢え果てた一匹のケダモノ、一人の女がいるだけだった。
「あぁッ~~~♥ あっ♥ あぁ~~~♥♥♥」
確かな歯ごたえを持つ銀シャリを噛みしめる度、耐え難いほどの甘みと酸味が舌を徹底的に蹂躙し尽くす。
ごくりと喉を鳴らして飲み込めば、胃の奥に落ちていく確かな重みがある。
「クク……もう完全に堕ちたわね」
「んぅっ――!?」
あまりの快感に腰砕けになり、虚脱するさやかの頬に固い物が押し付けられた。
プラスチック製のストロー、さやかはそれがなにかもわからずうちに口を付け、躊躇うことなく啜った。
人肌程度のぬるい液体――番茶だ! しかもスシの味を邪魔しない、粗く、薄味のものだった。
「ん、んぐっ♥ ちゅ、じゅるぅっ♥ んきゅぅうぅっっ~~~♥」
哺乳瓶に吸い付く赤子のように頬をすぼめ、思いっきりストローを吸い上げて、ずるずると音を立てて茶を啜る。
口腔を、食道を、胃を満たす魔性の液体。もう悪魔のことなど頭にはない。
もう一口。もう一口だけ。欲望に支配された体がさらに液体を求めて舌を動かし――
「これ以上はダメよ」
「あっ……」
口元から湯飲みが離される。
「フフ……切なそうな声♥ そんなに私のお茶がおいしかった?」
「な……だ、誰があんなまずいモノっ!」
「あら、残念ね。今日こそはお気に召してもらえると思ったんだけど」
「あ、あたしはあんたには屈しないって――」
「そうね。なら、これはインキュベーターの餌にしましょう」
「――ッ!?」
普段の気丈さを取り戻せたかと思ったのも束の間、さやかは恐怖に凍り付いた。
「捨てるよりはまだマシでしょうし、杏子に知られたら怒られるわ。これは実際アブハチトラズじゃなくって?」
「ま、待ってっ! それだけはっ!」
ほむらが手を叩いてキュゥべえを呼ぶ。
一方さやかは血相を変え、鎖を引きちぎらんばかりの勢いでベッドから起き上がろうともがいた。
「ス、スシをキュゥべえに食べさせるなんて――」
「あら、あなたには悪魔の持ってきたスシなんて必要ないんでしょう。 なんの問題があるっていうの?」
「そ、それは――」
「さあ、インキュベーター。このスシを一つ残らず食べ尽くしなさい。築地直送のネタで作った、超高級の特上寿司をね」
「だ、だめっ! だめぇっっ!! おねがい、やめてぇっ!!」
さやかは涙を流し、薄笑いを浮かべるほむらに懇願した。
「お、お願い! ちょうだいっ! キュゥべえなんかにあげないでっ! もうっ――もう我慢できないのぉっ!」
「……クス。なにが我慢できないのかしら?」
がしゃがしゃと鎖を鳴り響かせ、必死に懇願するさやかを悪魔が嗤った。
氷のように冷たい瞳。艶めかしくうごめく指先は盆に残った最後の大トロを掴み、愛撫するように弄ぶ。
「お、おスシが欲しいのっ! もうお腹が空いて、なにか食べないと死んじゃうっ! スシをちょうだいっ!
トロでもアナゴでもなんでもいいのっ! お願いだから……お願いだから、おスシをちょうだいぃっ!」
その言葉を口にした瞬間、なにかががらがらと音を立て、崩れ去っていくのをさやかは感じた。
そんなさやかを嘲笑い、ほむらがさやかに顔を近づける。
「そう。いいわよ……私に忠誠を誓うならね」
「ち、誓う。誓うからっ!」
「『誓います』でしょう? 美樹さやか。あなたはこれから私の奴隷。
私の許可なく出前を取ったり……いいえ、なにかを食べることすら許さない。
あなたは永遠に私の僕となり、私が与えた物だけ口にするの。……言ってる意味がわかるかしら?」
「ち、誓いますっ! 奴隷にでもなんでもなりますからっ――」
「……フフッ。なら、こう言いなさい。
そしたらあなたのはしたなくよだれを垂らした口に、好きなだけスシを詰め込んであげる♥」
ほむらはさやかに耳打ちし、離れ際に耳たぶを甘噛みした。
(ごめん……ごめんね、なぎさちゃん……あたし、スシには勝てなかったよ……)
さやかはもはや逆らえなかった。いや、逆らう気力すら失っていた。
穢れを知らない神の御遣い、弱者を守る正義の騎士は、いま悪魔の誘惑に陥落し、肉欲に完全屈服したのだ。
ただスシを貪ることだけを望む青い獣は――ついにその誇りをかなぐり捨てた。
「わ、わたしは――」
ごくりと生唾を飲み、体に残った全ての力でさやかは叫んだ。
「――わたしはほむら様のスシ奴隷ですっ! どうかいやしいスシ奴隷のあたしの口に、
こってり濃厚な大トロ・スシを詰め込んで、妊婦みたいなボテ腹になるまでお腹いっぱいにしてくださいっ!」
「フフフ…よく、言えたわね。さやか♥」
「ふぁぁッッ――♥♥♥」
大トロを口に叩き込まれ、さやかは達した。
口腔を満たす濃厚な脂。とろけるような舌触り。豊潤な醤油の塩気と香り。シャリの甘みと確かな歯ごたえ。
それはまさに究極のスシ。あらゆる魂を堕落させ、悦楽の底へと引きずり落とす魔なる者の奸計だった。
一度その快楽を知ってしまえば、逃れる術などありはしない。
「んぐっ♥ んっ♥ んぉぉぉおっ♥♥ むぐっ♥ んふぅぅぅぅぅぅううっっ~~~♥♥♥」
「休んでる暇はないわよ。アナゴも、タイも、あなたの好きなスシ・ネタはなんでも揃ってるんだから♥」
「あぁぁぁぁぁあ~~~~~♥♥♥」
トロを飲み込んだのも束の間、炙りサーモンが口の中に放り込まれた。
こんがりと焼かれたシャケの脂に絡んだ、レモンの果汁と醤油のうまみ。
この世の物とは思えぬ快楽にのたうち回り、意識さえもあやふやになる。、
(あぁぁっ――やばいっ♥ このおスシ絶対やばいっ♥♥ おいしいっ♥ おいしすぎるよぉっ♥♥
あたし、だいっきらいなほむらに思いっきりスシ食べさせられて、
胃袋陥落させられちゃってるっ♥♥ スシ奴隷にされちゃってるよぉっ♥)
白痴めいた思考に堕としつくされるさやかだったが、ほむらのスシ責めは終わらない。
シャケの次はイカ。その次はサバ。その次はコチ。その次はキス。
ある時は醤油とワサビで、またある時はシソやツマ、時には紅葉おろしやポン酢をあえて。
ほむらの宣告した通り、次から次へと口に詰め込まれていく実際奥ゆかしいスシ達は、
容赦なくさやかの味覚を犯し、脳髄までをも溶かしていく。
「フフッ、だらしない顔ね。なぎさやまどかがあなたを見たら、一体なんて言うかしら?」
「あむっ……♥ ご、ごめんねっ♥ ごめんね、なぎさちゃんっ♥♥ んぐっ♥
だけど、あらひ日本人だもんっ♥ おスシだいすきな食いしんぼらもんっ♥ おスシ食べないなんて絶対無理ぃっ♥♥
あらひ円環の騎士なんてもうやめへ、ほむら様のおスシ食べるためだけの、スシ奴隷として生きていきまひゅぅっ♥」
「ウフフフ……聞いたかしら、百江なぎさ。仲間が増えて嬉しいでしょう?」
「んっほぉおぉぉおおぉっっっ♥ チーズっ♥ チーズぅぅぅぅぅうっ♥♥」
ほむらがぱちんと指を鳴らすと、隣のベッドカーテンが上がり、隣人の存在が明らかになった。
ネコミミフードにバルーンパンツ。死んだはずの百江なぎさだ。
彼女は子供の腕ほどもあるフィラデルフィアロールに恵方巻きめいてかぶりつき、スシ快楽に狂喜している。
「こってりクリームチーズとサーモンなのですっ♥ ぶっといのですっ♥ 大きいのですっ♥
チーズ♥ チーズッ♥ チーズッッ♥ チーズぅっ♥♥ なぎさはチーズさえ食べられるなら、他になにもいらないのですっ♥♥」
「あ、あぁぁぁっ♥ なぎさちゃん、あんなおっきいの食べてるなんて……♥ んむぅぅっ♥」
「ら、らめれふぅっ! これはなぎさだけのものなのですぅっ♥」
未知のスシ快楽に身を震わせ、さやかはなぎさが加える巻きスシの反対側に口を付け、口いっぱいに頬張り始めた。
隣にはカリフォルニアロールもあった。見たこともない海外製の巻きスシもある。
円環の力を手中に収め、神に等しき力を得たほむらにとって、スシを作り出すなど造作もないのだ。
そしていかなる高貴な魂も、スシの前では無力に等しい。
それを指し示すかのように、室内にはスシ奴隷となった五人の少女が、甘い嬌声を上げていた。
「マミっ♥ プリンくれよぉっ♥ からあげもぉっ♥ ハマチも欲しいよぉっ♥♥」
「んむっ、あ、佐倉さんっ♥ わらひの甘エビ取っちゃいやぁっ♥」
「ほむらひゃんっ♥ 大トロちょうらいっ♥ マダイもっ♥ ブリもちょうらいっ♥ 大事なことなんてどうでもいいからぁっ♥ 」
魔法少女達が悪魔に傅き、一心不乱にスシを貪る。それはこの世の終わりの姿、古事記に記されしマッポーだった。
かつて円環に集いし魂達は、浅ましき欲望の虜囚と成り果て、こうして魔なる者に下った。
円環は永遠に閉ざされた。いや、残酷な悪魔の支配するこの回転スシ・バーめいた空間こそが、新たなる円環の理なのだ。
「さあ、みんな。メインディッシュよ。健康のためによく噛んで、残さずしっかりと味わいなさい」
『は~い♥』
逆らう者は誰もいない。
ほむらはたおやかな手でスシを握り、微笑みと共に皿を差し出す。
「へい、お待ち」
『実際安い』と書かれた銀の絵皿に載せられた、一貫の握りスシ。
五人それぞれのソウルジェムが載ったそのジェム・スシに、少女達はショーユをつけた。
〈了〉