pixivは2018年5月16日付けでプライバシーポリシーを改定します。内容が以前よりも明確になり、EU(欧州連合)の新しいプライバシー保護法にも対応します。

ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。
Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。

イラストコミュニケーションサービス[pixiv(ピクシブ)]

pixivへようこそ

この作品「夢見る泉の物語」は「アイドルマスターシンデレラガールズ」「夢見りあむ」等のタグがつけられた作品です。

カービィに憧れた夢見りあむの話です。

夢見る泉の物語

大石ハツ

2019年8月6日 16:01

カービィに憧れた夢見りあむの話です。

a a a

「終電逃したからワープスター呼んだ」
　SNSにそう呟いてから5分。いいねのカウンターはまだ回り続けている。777も912も通り過ぎ、ついには1000を超えてしまった。こういうとき、自分はアイドルなんだと実感する。使い古された構文、言葉の組み換え。でもアイドルが言えば世界で一つの宝石になる。本当に不思議だ。だから自分がそんな存在だということが今でも不意に信じられなくなる。彼らにはぼくが何者に見えているんだろう。

　Pサマが呼んだワープスターはタクシーの姿をしていた。私としては星型で空をひとっ飛びするようなのがよかったのだけど、事務所がお金を出してくれるのだからそんな贅沢は言えない。黄色っていう共通点があるのだから、及第点をあげよう。「ありがとうございます～」なんて言って付き添いのスタッフに手を振ると、彼は満面の笑みで返してくれた。横のPサマの苦笑いが気になったけど、ぼくだってアイドルだ、そんなことで顔を崩したりはしない。こんなに撮影長引かすなよ～って言いたい気持ちはもちろんあったけどね。
　車に乗り込み運転手に行き先を告げる。これであとは自動操縦なんだから便利なものだ。しばらく揺られていると、タクシーは信号待ちで停車した。これは空を飛べないことの弊害だ。人通りの多いところで止まられるのは写真を撮られたりするから嫌なのだけど、こればかりはしょうがない。髪色を外からでも一目瞭然のピンクにしているぼくにも非はあるのだし。それに撮られる前から気に病みすぎるのもいけない。歩行者の倫理観を信じてみようじゃないか。さて、信じるに足る歩行者がどれだけ歩いているのだろう。窓から交差点を覗くと、傘を持ったサラリーマン、ワンカップを持ったOL、路上で寝てるサラリーマン、サラリ…ジャケット着てるだけの人？ OL、ポーズ決めたOL、リーマン、傘を持った大学生、バイクを引いているジャケット、リーマン、大学生、大学生……。正直微妙だ。まぁこの時間にここにいるってことは終電なんてお構いなしの酔っぱらいたちなわけで、ある意味当たり前かもしれない。彼らが酔っていなければ、昼間みたいに落ち着いていれば、なんて思ってはみるけれど、こればかりはどうしようもない話だ。というか彼らからすれば、まだ何もしていないのにぼくの自意識過剰に消費されているのだからたまったものではないだろうな。ふふ、ごめんよ。そんなことを考えていると急に重力がかかった。もちろんこの場合の重力は後ろに向かってかかるもの。つまり青信号だ。景色が後ろへと流れていく。
　窓から覗いた夜の街は、何故だか昼間よりたくさんの人がいるように感じられた。人数は絶対昼間の方が多い。煩さだって全然違う。それなのにどうしてそう思うのだろう。リーマンとOLと若者たち、昼間にも溢れている人ばかりなのに。さっきの景色を何度も反芻して昼間との違いを探す。そして気付いたのは彼らの様子だった。傘を持っている人、寝ている人、バイクを引いている人。あの時間あそこには目に見えた特徴を持った人が大勢いたのだ。人が少ないからこそ、それが目についたのだろう。特徴のある人たち、スカキャラじゃない人たち。そんな人たちを目で追ってしまうぼくは、今でもスカキャラなのかもしれない。

「ただいま～」
　一人暮らしだから返事はないんだけどさ。でも言っちゃうよ。だって一人暮らしなのに深夜に帰ってきたとき挨拶するのって”ぽい”じゃん。この前行った地下アイドルの子のMCでもそういうこと言ってたし。推しと同じことしたいし。
「ああぁぁぁ……」
　そこまで考えて気付いた。またぼく同じことしてる。
　
　自室に入ると同時にベッドに倒れ込む。そのまま丸くなってぬいぐるみを抱きしめればいつものスタイルの完成だ。汗が付くのは嫌だけど、こんな気分じゃシャワーを浴びる気になんて全然なれなかった。
「疲れた…病むぅ……」
　誰も聞いていなくてもついつい言ってしまう、情けないぼくの口癖。病んだのは収録が長引いたからっていうのもある。あんなにきつかったのは久しぶりだ。だけど一番はそこじゃない。さっきの玄関でも、何ならタクシーでも勘付いていたのだけど、まだぼくは昔のままなのかもしれない。何の能力もないスカキャラ。そう思うとすごく不安で、自然と身体が強張ってしまう。抱きしめていたぬいぐるみも表情が分からないくらいに潰れていた。さっきまで穏やかな寝顔だったのに悪いことをしてしまった。
「ごめんね、カービィ」

　ぼくがカービィと出会ったのは小学生の頃だ。お姉ちゃんがやっていたゲームで知って、なんとなくぼくもプレイさせてもらった記憶がある。ただ、ぼくはゲームが致命的に下手だった。だから結局クリアすることはできず、いつの間にか押し入れの奥に仕舞われていた。彼らにはひどいことをしたと思う。ぼくのせいでみんなは夢が見られないまま12年という時を過ごすことになったのだから。
　再会したとき、ぼくは17だった。その頃のぼくは半引きこもりで、ライブハウスと家の往復だけの生活だった。当然毎日暇で、アイドルの批評ブログに多くの時間を費やしていた。それでも暇を潰つぶしきれないときは家にあるゲームを片っ端からプレイしていた。彼と再会したのはその時だ。
　十字キーを入力するとそれに合わせて彼は動いてくれた。8年も放置していたというのに嫌な顔一つしないその様子からは、星の戦士の風格さえ感じたものだった。ぼくを待っていてくれたんだ、そんな考えが頭をよぎった。押し入れの隅で埃をかぶって、それでも諦めずにぼくを待っていたんだ。一緒に世界を救うのを待っていてくれたんだ。それからぼくは一心不乱にゲームに打ち込んだ。攻略本やファンブックを買い込んで全力でプレイした。
　彼が素直に従ってくれたのは嬉しかった。昔は嫌われているんじゃないかっていうくらい言うことを聞かなかった彼も、今はぼくのプレイングにデレデレだった。「もしかしてぼくをぼくだって気付いていないの？」なんて馬鹿なことを考えもしたものだ。その頃のぼくは昔とは性格も体つきも別物だった。でも流石に顔で気付くよな、と思ったのを覚えている。17のぼくはまだ黒髪だったのだ。
　クリアするまでの期間、ぼくの生活は少しだけ変わった。アイドルのライブや批評ブログの合間にカービィをするようになった。ライブ帰りにクレーンゲームでカービィのぬいぐるみを取ったりもした。ゲームの中では彼の下手な歌に付き合ったり、眠ったりして過ごした。世界を救う冒険のはずなのに何故だか放課後みたいな毎日だった。友人のいなかった学校生活よりもよっぽど学生らしかったんじゃないかとすら思う。夢だった友達との買い食いも一応できた。ほら、何の能力もないスカキャラを吸い込むのって見方によっては買い食いみたいなものだしさ。
　そうやってゲームを楽しんだ。楽しんで、楽しんで、悪夢を打ち砕いた。クリアしたのだ。夢の泉にスターロッドは戻り、みんなは夢を見られるようになった。そしてぼくとカービィの冒険は終わった。

　正直なところ、カービィが終わったところで変化なんて何もないと思っていた。まだクリアしていないゲームも、行きたいライブもあった。まだ楽しそうなことだらけだったのだ。だからクリアした日も夕方推しのライブに行った。推しの色のブレードを振って、視線をもらって、「今日は来てくれてありがとうございます！皆さんのおかげで私はここにいられるんです！」なんて言葉にウルっときて、いつも通りに楽しんだ。
　でも帰り際、駅に向かう道の途中でふと思ってしまったのだ。ブレード振るのってカービィのソードみたいだなって。そこが転換点だった。さっきのライブの様子が蘇る。ライブハウスにいた人たちはみんな昼間に何かをしている様子だった。サラリーマン風の人、大学生っぽい人。みんな昼間も何者かなんだろう。個性が、能力があって、生活があって、その上でライブを楽しんでいた。
　じゃあぼくは？学校からも将来からも逃げてブレードを振るぼくはどうなんだ？アイドルの歌に感情移入して、ソードカービィのような気持ちになって、でも中身は空っぽだ。ライブがないときのぼくは何者でもないじゃないか。
嫌な考えは止まってくれず、家にまでついてきた。部屋に戻るとカービィのぬいぐるみがぼくを待ってくれていた。眠たげで惚けた顔。短いけれど長い付き合いのぼくの相棒。でもキミが何度も世界を救ったのをぼくは知っている。
「キミみたいになりたいよ」
　本心だった。可愛くて、愛されて、みんなからありがとうって言われて。彼が帽子をかぶっていれば、マイクを持っていれば、それだけで世界だって救えてしまう。ブレードを持っただけのぼくとは大違いだ。
「どうすればキミみたいになれるんだよぅ……」
　彼のほっぺたを掴んで問い詰めるけれど、眠った彼は答えない。
「ねぇ、ぼくをコピーしたら何が使えるの？」
　帰り際ずっと考えていたこと。何の個性もないぼくには、人のための力なんてないんじゃないか。誰にも手を取ってもらえないんじゃないか。
「ねぇ、教えてよ……。ぼくにはどんな力があるのさ……」
　返事がないまま10分は経っただろうか。この10分で分かったことは二つ。一つ、ぼくにぬいぐるみの声を聞く力はない。二つ、ぼくはきっとスカキャラだ。なんの力もないキャラクターだ。カービィのように何でもできたりもしない。今日見たアイドルのようにもきっとなれない。あんな風に誰かを感動させる力だって……。そこまで考えた時、不意にライブでの彼女の言葉が頭をよぎった。
「皆さんのおかげで私はここにいられるんです！」
　良い言葉だった。ファンがいるからステージにいられる。あんな風に誰かに支えてもらえる立場、ぼくには一生無理だ。じゃあカービィは？ ……悲しいけれどそれも無理。ぼくにはコピー能力なんてない。それにカービィだって誰かがいないと…いないと……？
「……もしかして、キミって僕と同じなの？」
　眠ったままの彼は答えない。でもぼくには不思議と確信があった。ぼくとカービィは似ている。誰かがいないと剣を持てない彼。アイドルがいないと何者にもなれないぼく。なんだ、似た者同士じゃないか。彼が[[rb:真似 > コピー]]で世界が救ったのなら、ぼくにだってできるだろうか。吸い込みはできないから、そりゃ大変かもしれないけど。でも、何もないぼくだから、まだ何かになれたり……なんて。彼の雄姿を思い出し、感じたことが一つある。きっと[[rb:勉強 > コピー]]でどうにかなる問題は取るに足らないものばかりだ。ぼくだってまだ間に合うはずだ。何になりたいかなんて分からない。でも、彼のように人から感謝されたい。必要とされたい。そのために少しだけ頑張ってみたい。
「まずは何になるかを決めなくちゃね」
　ぼくはカービィの公式ファンブックに手を伸ばした。

　次の日、髪をピンクに染めた。星の戦士と同じ色だ。
机の上のパソコンには高認試験と専門学校のサイトが写っている。その隣にはドクターのコピー能力に付箋が貼られたファンブック。カービィにだってできたんだ。ぼくにだってできるはず。彼のように、今度はぼくが世界を救うんだ。
鏡の中の自分に向かって声をかける。
「頼んだよ、カービィ」

　目が覚めると昼過ぎだった。どうやら昨日そのまま眠ってしまったらしい。シャワーすら浴びなかったせいか、身体がギシギシと痛む。起きようと横を向くと、視界に我らが星の戦士が現れた。何故だかいつもより眠たげだ。ぬいぐるみだから年中この顔ではあるのだけど、昨日抱きしめて作ったシワのせいだろうか。
そこで否が応にも昨日の記憶が蘇る。結局自分はスカキャラのままなんじゃないか。そんな考え。たとえ深夜のネガティブなものでも、ぼくには無視できない問題だった。でも視界の隅のカービィがそれは違うと言ってくれている。「さっき見た夢を思い出して」って。
　専門学校に入るまでの夢を見たのは久しぶりだ。いまにして思えば完全に黒歴史だ。よくあんなに風に考えられたなと思わずにはいられない。あんなに息巻いて入ったのに、結局残ったのは髪色だけっていうのはやっぱり病むなぁ。
それでも、あのとき目指したカービィへの気持ちは本物だった。スカキャラでも、自分一人では何もできなくても、それでも世界は救える。何者かになれる。そう信じたこと自体に間違いはなかったと思う。夢に思い出させてもらうなんて思いもしなかったけど、夢の泉からのお礼……なのかな。
　今だって悪いことばかりではない。なんといっても、今のぼくはアイドルなのだ。ライブや収録の度にいろんな姿に変身して、みんなを笑顔にしている。
　それに、もう一人じゃない。アイドルになったぼくにはPサマがいる。[[rb:カービィ > ぼく]]を操作してくれる優秀な[[rb:P > プレイヤー]]サマ。相棒になって日が浅いから星の戦士には程遠い。でもPサマと一緒なら、ぼくの憧れた[[rb:アイドル > カービィ]]に少しずつでも近付ける気がする。
そろそろ支度を始めよう。シャワーだって浴びなくちゃならない。でもその前に、ワープスターを呼ばないとね。

「終電逃したからワープスター呼んだ」 　SNSにそう呟いてから5分。いいねのカウンターはまだ回り続けている。777も912も通り過ぎ、ついには1000を超えてしまった。こういうとき、自分はアイドルなんだと実感する。使い古された構文、言葉の組み換え。でもアイドルが言えば世界で一つの宝石になる。本当に不思議だ。だから自分がそんな存在だということが今でも不意に信じられなくなる。彼らにはぼくが何者に見えているんだろう。 　Pサマが呼んだワープスターはタクシーの姿をしていた。私としては星型で空をひとっ飛びするようなのがよかったのだけど、事務所がお金を出してくれるのだからそんな贅沢は言えない。黄色っていう共通点があるのだから、及第点をあげよう。「ありがとうございます～」なんて言って付き添いのスタッフに手を振ると、彼は満面の笑みで返してくれた。横のPサマの苦笑いが気になったけど、ぼくだってアイドルだ、そんなことで顔を崩したりはしない。こんなに撮影長引かすなよ～って言いたい気持ちはもちろんあったけどね。 　車に乗り込み運転手に行き先を告げる。これであとは自動操縦なんだから便利なものだ。しばらく揺られていると、タクシーは信号待ちで停車した。これは空を飛べないことの弊害だ。人通りの多いところで止まられるのは写真を撮られたりするから嫌なのだけど、こればかりはしょうがない。髪色を外からでも一目瞭然のピンクにしているぼくにも非はあるのだし。それに撮られる前から気に病みすぎるのもいけない。歩行者の倫理観を信じてみようじゃないか。さて、信じるに足る歩行者がどれだけ歩いているのだろう。窓から交差点を覗くと、傘を持ったサラリーマン、ワンカップを持ったOL、路上で寝てるサラリーマン、サラリ…ジャケット着てるだけの人？ OL、ポーズ決めたOL、リーマン、傘を持った大学生、バイクを引いているジャケット、リーマン、大学生、大学生……。正直微妙だ。まぁこの時間にここにいるってことは終電なんてお構いなしの酔っぱらいたちなわけで、ある意味当たり前かもしれない。彼らが酔っていなければ、昼間みたいに落ち着いていれば、なんて思ってはみるけれど、こればかりはどうしようもない話だ。というか彼らからすれば、まだ何もしていないのにぼくの自意識過剰に消費されているのだからたまったものではないだろうな。ふふ、ごめんよ。そんなことを考えていると急に重力がかかった。もちろんこの場合の重力は後ろに向かってかかるもの。つまり青信号だ。景色が後ろへと流れていく。 　窓から覗いた夜の街は、何故だか昼間よりたくさんの人がいるように感じられた。人数は絶対昼間の方が多い。煩さだって全然違う。それなのにどうしてそう思うのだろう。リーマンとOLと若者たち、昼間にも溢れている人ばかりなのに。さっきの景色を何度も反芻して昼間との違いを探す。そして気付いたのは彼らの様子だった。傘を持っている人、寝ている人、バイクを引いている人。あの時間あそこには目に見えた特徴を持った人が大勢いたのだ。人が少ないからこそ、それが目についたのだろう。特徴のある人たち、スカキャラじゃない人たち。そんな人たちを目で追ってしまうぼくは、今でもスカキャラなのかもしれない。 「ただいま～」 　一人暮らしだから返事はないんだけどさ。でも言っちゃうよ。だって一人暮らしなのに深夜に帰ってきたとき挨拶するのって”ぽい”じゃん。この前行った地下アイドルの子のMCでもそういうこと言ってたし。推しと同じことしたいし。 「ああぁぁぁ……」 　そこまで考えて気付いた。またぼく同じことしてる。 　 　自室に入ると同時にベッドに倒れ込む。そのまま丸くなってぬいぐるみを抱きしめればいつものスタイルの完成だ。汗が付くのは嫌だけど、こんな気分じゃシャワーを浴びる気になんて全然なれなかった。 「疲れた…病むぅ……」 　誰も聞いていなくてもついつい言ってしまう、情けないぼくの口癖。病んだのは収録が長引いたからっていうのもある。あんなにきつかったのは久しぶりだ。だけど一番はそこじゃない。さっきの玄関でも、何ならタクシーでも勘付いていたのだけど、まだぼくは昔のままなのかもしれない。何の能力もないスカキャラ。そう思うとすごく不安で、自然と身体が強張ってしまう。抱きしめていたぬいぐるみも表情が分からないくらいに潰れていた。さっきまで穏やかな寝顔だったのに悪いことをしてしまった。 「ごめんね、カービィ」 　ぼくがカービィと出会ったのは小学生の頃だ。お姉ちゃんがやっていたゲームで知って、なんとなくぼくもプレイさせてもらった記憶がある。ただ、ぼくはゲームが致命的に下手だった。だから結局クリアすることはできず、いつの間にか押し入れの奥に仕舞われていた。彼らにはひどいことをしたと思う。ぼくのせいでみんなは夢が見られないまま12年という時を過ごすことになったのだから。 　再会したとき、ぼくは17だった。その頃のぼくは半引きこもりで、ライブハウスと家の往復だけの生活だった。当然毎日暇で、アイドルの批評ブログに多くの時間を費やしていた。それでも暇を潰つぶしきれないときは家にあるゲームを片っ端からプレイしていた。彼と再会したのはその時だ。 　十字キーを入力するとそれに合わせて彼は動いてくれた。8年も放置していたというのに嫌な顔一つしないその様子からは、星の戦士の風格さえ感じたものだった。ぼくを待っていてくれたんだ、そんな考えが頭をよぎった。押し入れの隅で埃をかぶって、それでも諦めずにぼくを待っていたんだ。一緒に世界を救うのを待っていてくれたんだ。それからぼくは一心不乱にゲームに打ち込んだ。攻略本やファンブックを買い込んで全力でプレイした。 　彼が素直に従ってくれたのは嬉しかった。昔は嫌われているんじゃないかっていうくらい言うことを聞かなかった彼も、今はぼくのプレイングにデレデレだった。「もしかしてぼくをぼくだって気付いていないの？」なんて馬鹿なことを考えもしたものだ。その頃のぼくは昔とは性格も体つきも別物だった。でも流石に顔で気付くよな、と思ったのを覚えている。17のぼくはまだ黒髪だったのだ。 　クリアするまでの期間、ぼくの生活は少しだけ変わった。アイドルのライブや批評ブログの合間にカービィをするようになった。ライブ帰りにクレーンゲームでカービィのぬいぐるみを取ったりもした。ゲームの中では彼の下手な歌に付き合ったり、眠ったりして過ごした。世界を救う冒険のはずなのに何故だか放課後みたいな毎日だった。友人のいなかった学校生活よりもよっぽど学生らしかったんじゃないかとすら思う。夢だった友達との買い食いも一応できた。ほら、何の能力もないスカキャラを吸い込むのって見方によっては買い食いみたいなものだしさ。 　そうやってゲームを楽しんだ。楽しんで、楽しんで、悪夢を打ち砕いた。クリアしたのだ。夢の泉にスターロッドは戻り、みんなは夢を見られるようになった。そしてぼくとカービィの冒険は終わった。 　正直なところ、カービィが終わったところで変化なんて何もないと思っていた。まだクリアしていないゲームも、行きたいライブもあった。まだ楽しそうなことだらけだったのだ。だからクリアした日も夕方推しのライブに行った。推しの色のブレードを振って、視線をもらって、「今日は来てくれてありがとうございます！ 皆さんのおかげで私はここにいられるんです！」なんて言葉にウルっときて、いつも通りに楽しんだ。 　でも帰り際、駅に向かう道の途中でふと思ってしまったのだ。ブレード振るのってカービィのソードみたいだなって。そこが転換点だった。さっきのライブの様子が蘇る。ライブハウスにいた人たちはみんな昼間に何かをしている様子だった。サラリーマン風の人、大学生っぽい人。みんな昼間も何者かなんだろう。個性が、能力があって、生活があって、その上でライブを楽しんでいた。 　じゃあぼくは？ 学校からも将来からも逃げてブレードを振るぼくはどうなんだ？ アイドルの歌に感情移入して、ソードカービィのような気持ちになって、でも中身は空っぽだ。ライブがないときのぼくは何者でもないじゃないか。 嫌な考えは止まってくれず、家にまでついてきた。部屋に戻るとカービィのぬいぐるみがぼくを待ってくれていた。眠たげで惚けた顔。短いけれど長い付き合いのぼくの相棒。でもキミが何度も世界を救ったのをぼくは知っている。 「キミみたいになりたいよ」 　本心だった。可愛くて、愛されて、みんなからありがとうって言われて。彼が帽子をかぶっていれば、マイクを持っていれば、それだけで世界だって救えてしまう。ブレードを持っただけのぼくとは大違いだ。 「どうすればキミみたいになれるんだよぅ……」 　彼のほっぺたを掴んで問い詰めるけれど、眠った彼は答えない。 「ねぇ、ぼくをコピーしたら何が使えるの？」 　帰り際ずっと考えていたこと。何の個性もないぼくには、人のための力なんてないんじゃないか。誰にも手を取ってもらえないんじゃないか。 「ねぇ、教えてよ……。ぼくにはどんな力があるのさ……」 　返事がないまま10分は経っただろうか。この10分で分かったことは二つ。一つ、ぼくにぬいぐるみの声を聞く力はない。二つ、ぼくはきっとスカキャラだ。なんの力もないキャラクターだ。カービィのように何でもできたりもしない。今日見たアイドルのようにもきっとなれない。あんな風に誰かを感動させる力だって……。そこまで考えた時、不意にライブでの彼女の言葉が頭をよぎった。 「皆さんのおかげで私はここにいられるんです！」 　良い言葉だった。ファンがいるからステージにいられる。あんな風に誰かに支えてもらえる立場、ぼくには一生無理だ。じゃあカービィは？ ……悲しいけれどそれも無理。ぼくにはコピー能力なんてない。それにカービィだって誰かがいないと…いないと……？ 「……もしかして、キミって僕と同じなの？」 　眠ったままの彼は答えない。でもぼくには不思議と確信があった。ぼくとカービィは似ている。誰かがいないと剣を持てない彼。アイドルがいないと何者にもなれないぼく。なんだ、似た者同士じゃないか。彼が[[rb:真似 > コピー]]で世界が救ったのなら、ぼくにだってできるだろうか。吸い込みはできないから、そりゃ大変かもしれないけど。でも、何もないぼくだから、まだ何かになれたり……なんて。彼の雄姿を思い出し、感じたことが一つある。きっと[[rb:勉強 > コピー]]でどうにかなる問題は取るに足らないものばかりだ。ぼくだってまだ間に合うはずだ。何になりたいかなんて分からない。でも、彼のように人から感謝されたい。必要とされたい。そのために少しだけ頑張ってみたい。 「まずは何になるかを決めなくちゃね」 　ぼくはカービィの公式ファンブックに手を伸ばした。 　次の日、髪をピンクに染めた。星の戦士と同じ色だ。 机の上のパソコンには高認試験と専門学校のサイトが写っている。その隣にはドクターのコピー能力に付箋が貼られたファンブック。カービィにだってできたんだ。ぼくにだってできるはず。彼のように、今度はぼくが世界を救うんだ。 鏡の中の自分に向かって声をかける。 「頼んだよ、カービィ」 　目が覚めると昼過ぎだった。どうやら昨日そのまま眠ってしまったらしい。シャワーすら浴びなかったせいか、身体がギシギシと痛む。起きようと横を向くと、視界に我らが星の戦士が現れた。何故だかいつもより眠たげだ。ぬいぐるみだから年中この顔ではあるのだけど、昨日抱きしめて作ったシワのせいだろうか。 そこで否が応にも昨日の記憶が蘇る。結局自分はスカキャラのままなんじゃないか。そんな考え。たとえ深夜のネガティブなものでも、ぼくには無視できない問題だった。でも視界の隅のカービィがそれは違うと言ってくれている。「さっき見た夢を思い出して」って。 　専門学校に入るまでの夢を見たのは久しぶりだ。いまにして思えば完全に黒歴史だ。よくあんなに風に考えられたなと思わずにはいられない。あんなに息巻いて入ったのに、結局残ったのは髪色だけっていうのはやっぱり病むなぁ。 それでも、あのとき目指したカービィへの気持ちは本物だった。スカキャラでも、自分一人では何もできなくても、それでも世界は救える。何者かになれる。そう信じたこと自体に間違いはなかったと思う。夢に思い出させてもらうなんて思いもしなかったけど、夢の泉からのお礼……なのかな。 　今だって悪いことばかりではない。なんといっても、今のぼくはアイドルなのだ。ライブや収録の度にいろんな姿に変身して、みんなを笑顔にしている。 　それに、もう一人じゃない。アイドルになったぼくにはPサマがいる。[[rb:カービィ > ぼく]]を操作してくれる優秀な[[rb:P > プレイヤー]]サマ。相棒になって日が浅いから星の戦士には程遠い。でもPサマと一緒なら、ぼくの憧れた[[rb:アイドル > カービィ]]に少しずつでも近付ける気がする。 そろそろ支度を始めよう。シャワーだって浴びなくちゃならない。でもその前に、ワープスターを呼ばないとね。

閲覧数187
いいね！4

ブックマークに追加

投稿した作品

世界ラジオの日
にじさんじ鈴谷アキモイラ

イラスト コミュニケーションサービス[pixiv(ピクシブ)]

pixivへようこそ

夢見る泉の物語

大石ハツ

投稿した作品

この作品の前後に投稿された作品

イラストコミュニケーションサービス[pixiv(ピクシブ)]